NHKスペシャル「医療再建」の感想 | 労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

日本政府はここ約20年間ほど続けてきた医師養成数制限の政策を改め、来年度の医学部定員を増やすことを決めました。ですが、実際に医師数が増加するまでには10年近い年月が掛かり、それまでの間を現在の医師数で乗り越えていくためには、何らかの工夫が必要です。

その前提に立って、NHKスペシャル「医療再建」について考えていきたいと思います。


執行部研修会から帰宅してテレビ欄を見て初めてこの放映があることを知ったので、録画する余裕がなくて見ながら取ったメモを手がかりにしての感想です。

解決しなければならない医師の偏在として、「地域による偏在」、「診療科による偏在」、「昼と夜の偏在」の3点が取り上げられていました。

番組前半では、臨床研修医制度のことが議論されていましたが、この制度は研修医からは複数の診療科を研修することで選択の幅が広がったというプラス面があるという意見もある一方、東北地方や北海道の医師からは地方の医師不足の原因になっているという意見が出されました。医療が受けられなくなることは地域で生活していくことが困難になることであり、地域の崩壊を意味するということを根室市の方が述べていました。

研修医の側も、税金を使って勉強してきたのだから医者として社会に貢献したいと考えている人はいるけれど、国の方針がしっかりしなければ研修医は振り回されてしまう、国がイニシアティブを取るべきだという意見のようでした。


診療科の偏在については、自由開業・自由標榜を許しているのは先進国では日本だけで、他の国では規制を設けているということで、ドイツの例が紹介されました。

ドイツでは各地域に家庭医が配置され、医師1当たり3000人程の住民を受け持っているそうです。家庭医が日常的な診療を行ない、専門的な治療が必要なケースは適切な医療機関を紹介するという形になっています。家庭医も専門資格であり、開業するにはその地域の認可が必要で、地域ごとに定員もあるということでした。家庭医は、休日診療への参加も義務付けられています。

日本でもそのような制度をとるとしたら、家庭医がどの地域でも採算がとれるような保障が必要だろうという意見が出されていました。


イギリスでは、日本よりも早く医療崩壊が進み、診察は半日待ち、ガンの手術は1ヶ月待ちという状態に陥っており、2000年から医療改革が行なわれました。医師を1万人近く増員し、保険局が医師の適正配置を行なうということを基本とし、保険局は各医療機関から報告を受けて10年先まで見越して医師が偏在しないよう調整し、医大や専門医認定機関に指示を出しているということでした。

地方の病院で働いている医師は、自分の希望に沿った配置ではなかったが、小さい病院でも希望していた技術は学べているので不満はないということでした。


昼と夜の偏在という問題は、偏在というより医師数が足りないために夜間の体制を厚くできないということであると私は思います。夜間の体制を厚くするためには、一つの医療機関に医師を重点的に配置して夜間の診療に当たる医師数を増やすという対策が考えられており、その例として奈良県の医師適正配置プロジェクトが紹介されていました。

脳内出血で救急搬送された妊婦が19の医療機関から受け入れを断られて死亡したことをきっかけにしてこのプロジェクトは始まったそうですが、情報収集しようとしても病院からはなかなか回答がなく、各病院が疾病ごとの患者数を把握していないという事実が明らかになりました。そのため、県の職員が個別訪問で調査を行ない、まずは脳卒中について患者分布の推計と対応可能な医療機関の分布を照合し、奈良市で脳外科医が不足していることが判明しました。対策として、センターを設置してそこで365日24時間の対応ができるように医師を重点配置する計画を立てましたが、各病院の医師を説得することに大変苦労しているようでした。番組内では、今計画がどの程度まで進んでいるのかまでは語られませんでした。各病院をつぶしてよいのかということと、地域医療全体をどう守っていくかということの折り合いがついていないのではないかと感じました。


この番組では、厚労省の担当者、医師会の代表、中央社会保険医療協議会委員、WHOの職員というコメンテーターの他、多くの勤務医、研修医、開業医、患者の方々が参加していて、一つ一つの意見にはいいものがあったとは思うのですが、番組全体は今一つ漠然としたままで終わったような気がします。

それは、必要なところに必要な医療を提供するためのグランドデザインを提示するべきだということをどなたかがおっしゃっていたのですが、それに対して具体的に答える言葉を行政がまだ持っていないためではないかと思います。

奈良市が行なっているようなプロジェクトを全国的に行なうためには、医師の一人一人の自己犠牲精神に頼るのではなく、いっそほとんどに医師を公務員化するなどの思い切った対策が必要なのではないかと思います。