8月29日、福島県大野病院事件の控訴を福島地検が断念したという発表がありました。
私も控訴取りやめ要望署名へ協力し、ここでもご紹介しておりましたが、本日周産期医療の崩壊をくい止める会から署名への協力のお礼のメールが届きました。個人情報に関わらない部分をご紹介します。引用部分は青で表記します。
福島県立大野病院事件 無罪確定
周産期医療の崩壊をくい止める会
周産期医療の崩壊をくい止める会福島大野病院事件の署名活動にご協力くださいました皆様
8月20日に、第一審無罪判決が言い渡されました。
8月28日に、6873名分の署名と意見書を、法務省・法務大臣保岡興治殿、最高検察庁・検事総長樋渡利秋殿、福島地方検察庁・検事正殿に送付しました。内訳は医療従事者5302名(うち医師3875名、看護師331名)、非医療従事者1571名です。
8月29日、福島地検が控訴断念を発表、無罪が確定しました。
当会の活動にご理解ご協力くださいました皆様、ご署名をいただきました皆様に深く感謝申し上げます。ありがとうございました。皆様の声があったからこそ、本事件の真の問題点を世に問うことができたのです。
当会は今後も、周産期医療をはじめとする、医療の崩壊をくい止めるため、このような事案の再発防止、混乱した医療現場の患者と医療者との関係の再構築など、様々な問題に真摯に取り組んでいきたいと考えております。
署名の内訳を見ると、やはり医師の方の署名が多かったようですね。非医療従事者の方からの署名は医療従事者の3分の1くらいですが、この短期間で集まったことを考えると関心の高さがうかがわれます。
刑事被告人とされていた医師が裁判の重圧から解放されることになったのは喜ばしいことですが、まだ多くの問題が残されているように思います。
「週刊金曜日」8月29日号では(地検の控訴断念はまだ明らかになっていない段階での発行)、医師逮捕をきっかけに加速した産科医療の崩壊、遺族が受けた事実無根の中傷、医療機関の情報公開の不十分さなどの問題を指摘しています。
長文の記事ですので、ここでは産科医療崩壊の部分だけを取り上げてご紹介したいと思います。
なぜ「大野病院事件」に世間の注目が集まったのか 軸丸 靖子
週刊金曜日 8月29日号(716号)
(前略)
大野病院事件で崩壊が加速したという産科の実態も少し見てみよう。
厚生労働省のまとめでは、周産期医療の拠点となる「総合周産期母子医療センター」は全国に七四施設(今年五月下旬現在)。比較的高度な医療を行なう「地域周産期母子医療センター」は同二三七施設(同四月一日現在)。すべて稼働中となっているがあてになったものではない。
東京都だけ見ても、総合周産期母子医療センターの一つ、都立墨東病院が〇六年一一月から分娩の新規予約を受けていない。地域周産期母子医療センターの都立豊島病院も、医師不足のため〇六年九月から分娩を休止中。大学病院でも数ヵ所が分娩制限をしている。
「お産難民リスクが高い」ことで有名な横浜市では、民間病院の分娩休止でここ数年さらに厳しさが増した。横浜市立大学医学部付属市民総合医療センター(市大センター病院)ではいま、妊娠四週六日で分娩予約が埋まってしまう。生理が遅れたらすぐ予約しなければ間に合わない。
四週以内に市大センター病院に駆け込んだ女性(三二歳)は、「あらかじめ『産むならこの病院』とリストアップしていたから何とか間に合った。私より生理予定日が三日早かった人は、診察を受ける前に予約できませんよ、と言われていた」。
一方、昨年五月に夫の転勤のため妊娠五ヵ月で鹿児島から横浜へ移ることになった三○代の女性は五つの病院で門前払いを食らった。「予定日を聞かれては『あー、ダメですね』と言われた。産む場所がないことが信じられなかった」。おなかにはもう赤ちゃんがいるんだから覚悟しなきゃいけないと、鹿児島に一人残って出産した。「少子化対策と言いながら産む場所がないなんておかしい」といまも憤る。
市大センター病院総合周産期母子医療センターの高橋恒男部長は「一度休止された産婦人科の再生はまず無理。もう遅い」と指摘する。一人医長ではいまの患者のニーズには応えられない。かといってチーム医療ができるような医師数をまとめて派遣できる医大はないからだ。
医師だって、もうこれ以上は頑張りようがない。
月に何度当直しても勤務時間にはカウントされない。夜中にタクシーで駆けつけても交通費すら出ない。過労死しても労災認定されない。都立病院では数年前まで当直手当が数千円だった。時給に直してみたら二六〇円だったという。「それで患者に何かあれば『医師が悪かったんじゃないか』となるのでは、無理はできない」(横浜の産婦人科勤務医)。医療は金と人手がかかるという認識が、日本では社会にも行政にも政治家にも圧倒的に足りないのだ。
福島でも産科医療崩壊はもうそこまで来ている。大野病院事件のあと、一〇人いた一人医長を六病院に集約した。産婦人科医がゼロになった地域もあるが、大学病院にも教授を含めて一三人しか残っていない。月に一〇日も当直する意志がいるなかで、新たに外に派遣する余裕はない。新規入居局者はこの五年で四人だけ。人手は減る一方だ。
地域の病院はおろか、大学病院からも産婦人科が消える日が来るかもしれない。
今回の無罪判決で崩壊のスピードは少しはゆるまるかもしれない。だが、と佐藤教授はいう。
「もう一〇年はもたない。事件があってもなくても、産科医療の崩壊は止められなかっただろう」
うちのセンター病院の産婦人科医は5名、年間の分娩件数は846件(平成18年データ)です。分娩予約は当院の産婦人科外来に通院中であることを条件に妊娠12週目から予約可能となっています。分娩予約ができる限界は妊娠34週で、予約数が多い場合は受け入れられない場合もあるとお断りしています。帝王切開にも対応しています。
記事で紹介されている産科の状況とはかなり隔たりがありますが、その要因には産婦人科医の献身的な勤務と、助産師からの評価が高くて多くの助産師が定着しているということが挙げられると思います。自然分娩を最大限に目指すことをモットーに、きめ細かい妊婦指導と小児科と連携した産後ケアが、助産師を志す人達の理想と合致しているようです。指導が厳しすぎると妊婦さん自身には敬遠される場合もあるそうですが……(それから、もう病棟が古いので、アメニティの部分で他院に劣るというのも否めないところ。でも、指導をきっちりしてもらった方がお産の時に楽だということで、リピーターになってくれる妊婦さんもいらっしゃるそうです)
そうは言っても、やはり医師が5人で当直を回すのはきつく、いくら助産師さんが増えても分娩受け入れを増やすのはもう限界だということです。だから、一人医長なんてとんでもない!と思いますね。お産は時間を選べないものですから。
頑張っているうちの医師や助産師のことを考えると、まだ産科医療は崩壊から引き返せる可能性が残されているのではないかと思いますが……やはり、記事にもありますように、社会にも行政にも政府にも、医療に関する認識を徹底的に変えさせないとダメなのでしょうね。