YINGYANG"TOTAL ECLIPSE"リリースパ^ティー 10/23 表参道VELOUR
やっと来た 週末
最近
人生が忙しい
忙しいって事はいい事だ
何やっていいにか解らず
ただただ テレビばっか見ていた時よりはマシだ
昨日久々に再開した兄貴こと
INGENIOUS DJ MAKINOと朝まで飲んでた
時間、金なんか関係なくなる
まあ それが俺の悪いところでもあるが
EGOも言ってた
やっぱりマッキンさん(DJ MAKINO)に会うと、BAD MINDを心の隅に置いとける
BAD MINDなんてあんま無いけど、ちょっとの不安や不満のこと
今日は俺達YINGYANG"TOTAL ECLIPSE"リリースパ^ティー 10/23 表参道VELOUR
もし、ストレス溜まってたり、誰かと別れたり
誰かが嫌いになったり 自分が嫌いになったり
そんな
嫌なことがあるのなら
今夜は絶対に来てくれ
俺達でよければ朝まで付き合うぞ。
ソウルを癒しに
俺達を祝いに
是非
来てくれ。
まってる。
ONE
案
色んな所から
色んな仲間から
アルバムリリースへの賛辞を貰う
素直に嬉しいし
ありがたい
本当にありがとう
アルバムリリースしようが
酒飲み過ぎようが
未だ世界は変わらず
東京は渋滞している
いつもの満員電車
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた人間達
ここでは呼吸さえクオンタイズ
と
かなりボーっとしてる高校生男児
寝癖だらけの髪
服は制服ではなく
この季節にして黒ダウン
彼と俺の顔の距離
約5センチ
周りを全く気にしない彼は
至近距離でおもむろに彼の鼻に人指し指を突っ込んだ
またか
先日も自らの鼻シットをそこら中の女にマーキングよろしくつけまくってた 超雄がいたが
ただ こいつは違った
鼻に指を突っ込んでいるが 奴の神経は確実に奴が見てる携帯にいっている
つまり 鼻ほじりはメインじゃない
新聞読みながら飲むコーヒーの様なもの
しかも 奴の鼻の下辺りに 俺のカバンが
野郎 全て掻き出す気らしい
あからさまに鼻がふくらみ
まるで少し大きな なめこみたいになっておる
何 人前で鼻をなめこにしてんだ、、
奴の指が 競輪選手達がトラックを回る様に
鼻の中でサイクロン
石臼で引かれたゴマみたいものが 奴の鼻からパラパラ
鼻が崩れる山のように破片を撒き散らしだす
カバンよ
アーメン
と
野郎 指を引き抜いた
そして 天使が マナの木の種を 聖地にまくかのように
指にこびりついたスワッグを綺麗に投下
動けぬ俺
見ることすら出来ぬ スワッグの行方
そして 野郎は満足気に 伝説のガンマンが更なる伝説をうちたてと後 自らの銃口から立ち上る煙を吹き消すように
スワッグだらけの指を一吹き
私は全てを見ていた
スワッグはあたり一面に広がった
しかも
野郎に取って あくまでも携帯画面がメインであり
それらの所業は全て 奴に取ってなんの意味を成さない
状況の被害者
奴が携帯をしまう
また携帯を取り出した
と
再び あの指が 運命を挽く為に 水車を回し始めた
私は目から必死のビームが出ることを願っていた
人刺し指
説
謎に休日の今日
久しぶりに地元を歩いてみた
地元といってもガキの頃少し住んでて 最近戻っただけだが
と
いかにも寂れた一軒の床屋を見つけた
IWASAKI とだけ書かれた看板
赤と青のクルクルcandyみたいなものは無い
ちょうど髪を切りたかった所
美容院嫌いの俺はよく床屋に行く
浮ついた兄ちゃんに髪を切られるのが嫌いで
綺麗なお姉さんだとドキドキして顔がむくみだすからだ
床屋は大概 無口なおじさんが割烹着みたいな服を着て 淡々と髪を切る
そんなのを想像して中に入る
じいさん ばあさんが三人程待っていた
やはり地元の床屋
若い奴らこんな所にはいない
じいさん達から 老人が自分達のテリトリーに入った若者に向ける独特の嫌な空気が場を支配する
と 思いきや
どうぞ と席を開けてくれた
身だしなみを整える前の人間は不思議と紳士で スワッグがある
どうせ岩のようなおじさんが切ってるだろうと受け付けにいくと
案外オシャレな四十過ぎ位の茶髪の似合う お姉さんがいた
おばさんという雰囲気ではない
姉さん
シャンプー無しですが いいですか
俺
近所だから大丈夫です
なんとも落ち着いた感じ
軽くジャズもかかっている
老人達は楽しそうにおしゃべりしたり
髪を切った未来の自分を想像して テンションが高い
まるで俺が好きだったHARLEMの床屋みたいだ
順番もすぐに来て
やはり床屋
お姉さんはバリカンを器用に使いこなし
互いに気を使いながら 地元の話で盛り上がる
うるさくない会話
しゃべり過ぎず 静か過ぎず
髪型も理想のスタイルに
今まで色んな所で髪を切ってきたが
ここが一番いい
いい床屋見つけた
案外 地元に隠れた名店があるもの
しかも安い
つい向こうの時の癖でチップを弾みそうになる
静かな休日
久しぶりに地元を歩いてみるのも 悪くないかも
髪型も決まったところで
10月23日 土曜日 表参道velours "BLACK CANDY" YINGYANG NEW ALBUM "TOTAL ECLIPSE"リリースパーティー
オシャレして遊びにおいでな
ONE
INGENIOUS DJ MAKINO
夜風が大分寒くなってきたこの頃
なんか、人肌が恋しい
お陰で
通り過ぎる女(年齢問わず)95% ストライクだ、、
こんな時代に生まれた俺達
ファミコンをしり
ゲーセンのゲームが実際に家で出来るようになったときに死ぬほどあがり
それと同時に何かを失い
テープに必死に録音して、RAP STARに憧れ
毎回レコーディングした曲をCD-Rに焼いて家の持ち帰り
自分の可能性と限界の狭間でもがいていると思えば
USB CARDで簡単に曲を持ち歩くようになった
今回は俺達YINGYANGのアルバムのトラックの中でも
一際 存在感を放つ
TOTAL ECLIPSE内の
トラック6 ANGEL VS DEVIL
トラック13 THANK YOU SOUL MACH
のPRODUCER
北九州 802代表
INGENIOUS DJ MAKINO
との出会いについて語らせてもらう
ある日
うちのエンジニアであるYASU2000が
スカイプでDJ MAKINOこと、マッキンさんと話すことになった
相方ISHーONEは何度か話したことがあったが、俺は無かった
九州で、しかも北九州、やくざのメッカ小倉で、昔はかなりの悪さをしていたらしいとの事だけは聞いていた
やくざになっただの、 あれやっただの、その伝説は神格化されていた
当時お、ニューヨークから日本へ帰国したばかりの俺
相当、生意気だった
ただ、 自分ひとりで創る音楽に疑問と限界を感じていた
だから、ニューヨークライフを満喫していた俺に
相方から、毎日
SAGGA もう日本に帰ってこないと、ダメだ、 I NEED YOU BRO FOR OUR FUTURE
この一言で 女も、子犬も置いて帰国した
俺も 孤独な音楽の限界に気付いていた
、
そんな中
スカイプでマッキンさんと話した
俺
初めまして
マッキンさん
おう、SAGGAか、初めて話すね ずっと話したいと思ってたよ
俺
あざす
マッキンさん
今度 家にくるんやろ?(北九州ツアーを組んでくれていた)
俺
はい、宜しくです。
マッキンさん
正直こんな人が家に来ると思ったら、構えたよ。
(NYで俺がリリースした1STアルバム”SION"の内側ページにロン毛で、タンクトップで調子こいた俺の写真あり)
それから、10分くらい話したっけ
そしたら、マッキンさんと話したことある奴等はわかると思うけど
なんか、攻撃意思や、自分を大きくみせようとか、
格好つけようとか
いい奴ぶろうとか
なんか、初めて話す人間との間で
少なからず、よく思われたいと思う感情を持っていた自分が
なんだか
小さく見えた
そして同時に
この人(マッキンさん)にはかなわねえなって思えた
それは負けとか、勝ちとか、
どっちがすげえとかすごくないとか
強いとか、弱いとか
そんな事じゃなくて
恐れでもないし
なんていうんだろう
この人は
優しいな
俺のことを認めてくれている
さんざん生意気で、格好ばかりつけている俺の音楽を必死に感じてくれている
って
俺は思った
人生で初めて先輩と素直に呼べて
素直に感謝できる大人に出会った瞬間だった
SCAR FACEじゃないけど 従うのではなく 慕う
初めて慕い、ついて行こうと思った
それから、
おれの日本での1STアルバム”CASA DE SAGGA"の”TIME IS SMILING”
JP STATE OF MINDにも入ってた”EVERYDAY"
ISHの”LIGHT'S UP THE NIGHT" 今度配信される”MR.AUTUM"
EGOのBREAK THE SILENCE の総MIX、”NO REACTION"
今度俺のKERBEROS第4弾"FUCKIN WORLD"にもトラックを提供をしてくれている
INGENIOU DJ MAKINO"STREET INDIGO"@KING BEAT:
http://www.king-beat.com/index.php?main_url=%2Fg_album_detail.php%3Fps_alid%3D100003975%26
チーム802FLAVAの筆頭でもある
詳細は:http://www.myspace.com/ingeniousdjmakino802flava
ブログ:http://truth-is-deep.syncl.jp/
俺達MCより言葉の力が半端なし
人生の兄貴かつ、最高の仲間だ
そして今週末いよいよ
TEリリースパーティーで、TKY上陸
俺の兄貴と一杯やりたいヘッズ達
バーボン片手に飲み明かそう
『Black Candy vol,5
-YINGYANG 1stALBUM-TOTAL ECLIPSE
-release premium party!!!!』
DESIGN BY YOU-SEE FROM FLOAT JAM AKA SINGLES
GUEST MC に EGO,TAO,FRG,FUKK,
and HARUKA a.k.a DIAMOND GIRL。生Straight Cash!!!!!
DJ:
INGENIOUS DJ MAKINO
DJ MASTERKEY
DJ YUKIJIRUSHI
DJ OKEN
DJ PINOPAZOOKA
待ってるぞ。
ONE
さし
日曜日 透き通った空気が 昨日の深酒を癒やしてくれる
人もまばらな電車
俺の前に立つ
五十歳位のおじさん
と
後頭部に
赤い物を見つけた
マグロの刺身だ
何故だ
何故マグロが
おじさんの
後頭部に
様々な状況を想像してみる
が
ジェルバリバリのセットされたヘアーにマグロの刺身片がつく経緯
食べ散らかしすぎだな
HOW TO EAT JP FOOD
カテゴリー: 小説/詩
その国の食文化を知ることはその国の人間を知ることにもなる。
世界には様々な人種が様々な食文化を歴史とともに培ってきた。
物の食し方は本来個人の自由であると私は信じているが、ここでは私の働いていた日本食屋に食べに来ていたお客様の少し変わった食し方を書かせていただく。
私があるSOHOにある蕎麦屋ではたらいていたとき、ほとんどのアメリカ人は温蕎麦というか、スープに入っている蕎麦を頼む人が多かった。
しかし、ある夏の日にきた40歳ぐらいの白人男性がざる蕎麦を頼んだ。
私が、今日はとても外が暑いからざる蕎麦は最高だと思います。 と彼に告げると。
彼も、 やっぱり夏はざる蕎麦だね!!
と いかにも食べ慣れてる感があったためにとりわけざる蕎麦の食べ方について説明もしなかった。
私の店のざる蕎麦は日本でもよく見る様に、 大きな四角いお盆の上にめんつゆの入ったとっくり、横には薬味を入れた小さな小皿、そしてとっくりに入っているめんつゆを入れるコップ状のお皿、 そして冷たい蕎麦が四角い竹製の棚に載っているといった具合だ、
そして私が出来上がった蕎麦を持って行き、軽く会釈してフロアーを見渡してると、 ざる蕎麦を頼んだ彼は、
まず薬味をすべて蕎麦の上に直接ぶちまけた。
え、 新しい食べ方だなと私が興味津々で見ていると、おもむろにすべての麺つゆも蕎麦の上に直接どばどばかけ始めた。
おかげでお盆はつゆだく状態のべちゃべちゃ、肝心の蕎麦にはたいして味がつかず、薬味も麺つゆのお盆のプールでゆらゆら。 そして、彼は豪快に麺だけ食べ始めた。
きっと彼は初めてのざる蕎麦だったが、私との通っぽい会話でいまさら初めてとは言えなくなっていたのだと思う。私は勇気を出して
ユニークな食べ方ですね、通常はこのコップに麺つゆをいれて、薬味と混ぜて、麺をつけてだべるんですよ、と最大限相手が気を悪くしないように努めて教えてあげた。
彼も、昔こうやって食べると習ったんだが、だまされたかな、と笑顔で返してくれた。
続いて必要のなくなった蕎麦湯の説明もしてあげ、とりあえず新しい麺つゆと蕎麦湯を割ったものを出してあげた。
おいしいスープだねと喜ばれた。
たまに蕎麦湯を説明不足でお客に出すと、
なんだこの白いどろどろした汚いお湯は。 腐ってるのか、とかいわれる。
そして蕎麦を茹でたお湯で栄養価が高いから食後に余った麺つゆと食べるとスープになるし、血がさらさらになる効果もありますと長々と説明してやっと納得していただける。
確かに蕎麦湯は日本人の子供だってよくわかっていない。
次に私が働いてた寿司屋ではなかなかすごいお客様がたくさんいた。
ある人はウナギのかば焼きのタレが大好きらしく、醤油は使わずにすべての寿司にかば焼きのタレをかけて食べていた。アメリカ人はテリヤキソースといって、甘辛い日本のこのタレが好きな人が多い、特に黒人は寿司ネタを全部焼いてくれという人までいた。
もちろん、鮭、マグロ、ホタテ、ぐらいはOKだが他のネタは焼けません勘弁してくれと頼み込む。
アトキンスダイエット(タンパク質はとるが炭水化物はとらないダイエット法)が流行った時なんて、手巻き寿司の米無し、つまりネタを海苔でまいただけのものや、マグロ寿司の米無し、と注文され、それはマグロの刺身でいいんですかってことになる。
すべてマヨネーズで食べる人もいれば、寿司をナイフで切ってフォークで食べてるヨーロッパ系の人もいた。
まーそんなお客さんばかり相手にしているわけではないが、それでも私の店では日本ではありえない巻きずしが山ほどあった。
カリフォルニアロールは日本でも有名で、あのアボカド、カニカマ、とびっ子を裏巻(米が外側で海苔が内側に入る巻き方)でまいたものだが、こんなのは本当にかわいいものだ。
例えばアメリカ人から絶大な人気を誇るはドラゴンロール。
裏巻きのロールの中にウナギのかば焼きときゅうりが巻かれていて、外側にはアボカドのスライスを竜のうろこのように何層も積み上げさらにその上からまた、かば焼きのたれをかけて、さらに上にいくらをのっけたもので、長さも25CMぐらいある。 かなりいかついロールだ。
次はレインボーロール。 裏巻きのなかに、マグロ、鮭、うなぎ、たい、すずき、はまち、と何種類も巻き込み、外側には同じように様々はネタを虹色に巻きつけてある。いろんな魚の味がするが、案外悪くない。
また中国産のソフトシェルクラブ(丸ごと揚げてやわらかい殻ごと食べれる蟹)を一匹まるまる揚げて天むすのように一本の巻き寿司になったスパイダーロールというのもある。巻き寿司の直径は15CMぐらいになるがこちらも相当美味。
まだまだこういった日本ではありえない寿司が山ほどあるが、味はどれもうまかった。ただ、ほとんどのアメリカ人たちは箸を上手に使いこなしていた。
食文化はさまざまな場所で、様々な形に姿を変え、環境に適応し、人々に愛されている。オリジナルも素晴らしいが、新しい土地で、新しい感性にそって姿を変えた日本食を私は愛してやまない。 私もそのように進化していきたいと思う。
詳細: http://www.myspace.com/saggayingyang/blog#ixzz12OV1jBBT
光達
こんな時間に何を書いているのか
明日いや、本日
皆もわかっているだろうけど
YINGYANG
NEW ALBUM
”TOTAL ECLIPSE"
発売
自分に一体何が出来るのか
ガキの頃からずっと考えていた
きっと
そう
きっと
自分がこの世に生まれた意味があるはず
ただ、音楽が好きで
CDで聞いてたミュージシャンに憧れ
強制されたルールが嫌いで
本当は人が好きなのに
馴れ合いが、
嫌いで
弱いくせに強がって
出来ない事を出来ると豪語し
出来なくて自分を疑った。
誰からも愛されたいのに
くだらない見栄や
独りよがりの強がりで
自らを締めつけ
誇りとい名の鎧をまとい
わがままに生きることが美学とだと信じて
何も見えなくなって
酒や
その他のモノに溺れては
朦朧とした意識の中で
現実から逃げていた
俺は
世界を憎み
世界におびえ
それによって力を漲らし
止まらずに
突っ走ってきた
壁なんてぶち当たりすぎて
気付けば自分で壁を作り
自分自身が嫌いになった
才能ある仲間は
日の光を浴びているのに
いつまでも意固地な自分は
暗闇の中で自分を
なんでも理由をつけて正当化し
愛されたいのに、愛される術がわからず
ただ、寂しく格好つけてた
気付くと一人になってた
初めて
自分はダメだ
何にも持ってねえと感じたとき
肩の荷が下りて
純粋に音楽と向き合えた
そうしたら
音楽が
自分の武器から
自分を優しく包むモノに変ってた
俺は
本当に音楽が好きだって事に気付いた
一人でいるときも
女といるときも
仲間といるときも
俺は
音楽とずっと一緒だった
音楽が俺に仲間を与え
生きる意味を与え
自分の存在意義を与えてくれた
音楽に出会っていなければ
きっと
俺は今 ここにいなかっただろう
最初は 相方と二人奏ではじめた俺達の音楽
意味が解らない
生意気
時に世界が俺達の音楽を無視し
たくさん人がいるクラブで
俺達二人だけが笑っていた
お客の白い目が俺を突き刺しても
相方だけは勝気に
俺のバースを歌ってた
それが
少しづつだが
評価してくれる人間が増え
一人 また一人と仲間が増えていった
俺達は
何もかわっちゃいない
これからもきっとそうだろう
生意気で
上下関係が嫌いで
嘘が付けず
どこにも属さず
ただ、自分達が
いいって思える音楽を
俺達のやり方で
解ってもらうように必死に作る
ヘッズ達
俺達の音楽はどうだろう?
好きになってくれたかな。
俺達は ここで いつまでも 音を作っている
そう
いつまでもかわらず
頑固にひたむきに、まっすぐに
ONE
HIPHOP HISTORY AND US
いよいよYINGYANG NEW AKBUM
”TOTAL ECLIPSE"
10/13 全国一斉同時発売
ヘッズ達、LADY達の期待を超えた作品になっていると思っている
嫌いだというなら真摯に受け止めよう
ただ、
俺達は
日本人として、世界を相手に絶対に負けないレベルのアルバムを作りたかっただけだ
予約してくれた人達に
本当に感謝している
まあ 発売まで少々時間があるので、
また、俺の昔話に付き合ってくれ
カテゴリー: 小説/詩
海外で外国人であることが強い武器になる事がある。自国での評価や有名無名問わず、少しのコネと大きな自信さえあればどんな奇跡だって起きる。
そのころ私はハーレムのプロジェクトの一室にオフィスを構えるIMR(INTERNATIONAL MUSIC RELATION)という会社に所属していた。
私たちをスカウトしたシェラー・カペンターというビッグママのように大柄な女性はその美貌?を利用しアメリカの様々な音楽関係者と通じていた。
モリクミ(あのオペラ歌手)のような大柄な体系、誰もが幸せにならざる得ない元気いっぱいの笑顔はアフリカから渡ってきたアメリカ系黒人にはたいそう人気だった。
ある日、私と相方ISH-ONEとでいつも通り制作活動に没頭していると、シェラーがいきなり。
さあ 今日はアップステート(ニューヨーク北部)でライブがあるからおしゃれしてきなさい。 あと色々あるから、時間だけは明けとくようにね。
と、まあいつも通りの会話をして、おしゃれな服など持っていなかった私たちはいつも通り、白Tシャツに裾が破れたダボダボのブルージーンズ。どうにか格好つけてのグレーのハンチングでまとめていざアップステートへ。
普段乗る地下鉄のMTRとは違ったMETRO NORTHという日本でいえばロマンスカーみたいな電車に乗り込み、久々の遠征に私たちは小学生のようにはしゃいでいた。
ついたのはアップステートの名前すら思い出せない小さな町、2階建てぐらいのアパートがいくつも並んでいて、その一角にある小さなレストランやバーが立ち並ぶ繁華街、デズニーランドを思わせる装飾が町中にあふれ、なんとも愉快な音楽が流れ、大半が黒人の子供たちが走り回り一種のお祭りらしかった。
そして、その繁華街の真ん中あたりに設置された特設のステージが私たちの仕事場だった。
私たちの前に白人系のJAZZバンドが演奏し、客をそれなりに盛り上げてくれてほとんどが黒人の観衆(子供から大人)はなかなかのテンションだった。
そして私たちの番が来た。
黒人の若干しゃべりには自信のありそうな黒人の30代の男のMCが
さあ みなさんおまちかね、こいつらは日本人だが中身は俺たちよりも黒人のYINGYANGだー。準備はいいか? いくぞー!!
歓声があがり、どのお客よりもシンプルな格好の私たちをみて皆好感と初めての日本人ラッパーに興味津津で私たちを笑顔で迎え入れてくれた。
日本語と英語を混ぜて歌う私たちのラップが新鮮らしく最初は物珍しそうに見ていた観客だが、やはりさすが黒人、乗れるビートに乗れるフローなら言葉なんか関係ない。
私たちの30分のライブは大成功で終わった。
横で見ていた私たちのマネージャーのシェラーも大満足で、笑顔でハグしてきた。
ライブ終了後、黒人の5歳ぐらいの小さな男の子や女の子たちが私たちにサインを求めてきた。
正直これが私にとって初めてのサインとなった。
男の子のスニーカーに、女の子のTシャツにSAGGAと大きく慣れない手つきで書いた。
こんなにスター扱いされたのが初めてで私も相方もなんとも言えない気分に浸っていた。まわりの大人たちも私たちとシェラーのトリオが珍しくも、なんか嬉しいようで、
日本人と黒人とが一緒に何かを目指すのは素晴らしい私たちの文化をそんなに愛してくれるお前たちが大好きだ
とほめてもらって、もう最高の気分だった。
そのあと、シェラーから
これからパーティーがあるからいい子にしなさいよ。 ほらえり直して、笑顔を忘れずにね。
え、これからパーティー?聞いてないけど、まーいっか。という感じでシェラーのつれらるまま、私たちはなんかミュージアムのようなパーティー会場に連れていかれた。
中に入ると、目が覚めるくらいのものすごく大きなシャンデリラが何個もあり、4-5人が座れるくらいのきれいなシートをかけられた丸テーブルにはものすごくおしゃれをしまくっている黒人の金持ちそうな男女今日だけは世界は自分のためにまわっているといった顔で楽しそうに、黒人特有の気どりとともにひしめきあっていた。
シェラーも革ジャンを脱ぐといつ着替えたもか、真赤なドレスを太陽神アポロの生みの母親のように着こなしていた。
周りにはビュッフェスタイルの御馳走がたんと並べられていた。シェラーに連れられ自分たちの席に着くと、シェラーが
ほらおなか減ってるでしょ、チキンいっぱい食べなさい。 私にもチキンいっぱいもってきてね。
いわれるまま私たちは相当腹が減っていたので、白い大皿片手に、ローストビーフ、サラダ、チキンの丸焼き、フレッシュジュース、マッシュポテト、チョコレートケーキ、、などなど食べ切れないほどの食事を自分たちのテーブルに並べた。
そして、司会者のような人がステージ上に現れ、
今回はHIPHOPミュージアムのオープニングセレモニーへみなさんようこそ。HIPHOPとは、、、、、、と話し始めた。
ヒップホップミュージアムのパーティー?
なんで私たちが呼ばれているんだ。 ま ただ飯だからいいか。
と、なんかすごい場所にいる自分たちに驚きながらその人の話は対して聞かずに、食事をしていた。
そしてアメリカの音楽業界の重鎮たちが次々紹介されていった。何々レーベル社長、プロデューサー、ビートボクサーやコメディアン、よく見るとどれもテレビで見たことのある人々ばかり、 なんかすごいパーティーに呼ばれたな、シェラーはすごいコネもってなーと相方と関心しつつ目の前の皿を空にしていたそのときだった。
日本から、 素晴らしいラッパーの二人が来てくれています。さあみなさん拍手を
YINGYANG!!
はい? チキンほおばる私にシェラーが肘でこんこんとして、
JUST SMILE!! (笑顔 笑顔) と促してきた。
相方と私は一瞬何が何だか分からず 口をくちゃくちゃやりながら、起立し、とりあえずいわれるまま、いままでやったことのないくらいの笑顔でとりあえず周りを見渡た。汚い白Tシャツに穴のあいたジーンズで。そして着席した。
おい、呼ばれたぞ、なんで、今日はなんか、、、すごいな、
そして、だいぶ酒がはいてき私たちに、パーティーは歓談タイム、そこらじゅうで、あるものは自分の有名さを楽しみ、またあるものはどうにか力あるものと仲良くなろうとビジネスカードを伸ばし、きれいな女性たちは有名プロデューサーに抱かれる自分を想像して興奮していた。
一人の金持ちそうなおじさまが私たちに話しかけてきて、 ラップを聞かせてくれと言われたので、場違いは承知の上でフリースタイルを始めた。
最初は日本語のラップにとまどっていたおじさまも次第に首を振り始め、そしてどこからともなくものすごくうまいビートボックスが入ってきた。
そして私たちは楽しくなってしまい、ついつい15分ほどフリースタイルをしてしまった。
若干おじさまは疲れていたが、私たちの後ろでやたらうまいビートボックスをしてくれていた長身の黒人の青年とハグして握手した。 その彼が、
お前たち最高だな、すごくいいぞ。、、、、、、、、、 、、、、、
あれ、私はこの人をしってるぞ、
そう彼こそはビートボックスの神、ダギーフレッシュでした。
最高だった。 この日はなにもが最高で音楽の神が私たちにご褒美をくれたと私は思っている。
少しのコネと大きな自信、これが海外で成功の秘訣ではないだろうか。
ZOO YORK
アルバム発売まで
あと
2日
なんか結婚式の前の新郎の様な心境だ
まあ
結婚してないが
これから書く話は、食事中の方は
絶対に
読まないほうがいい
言ったぞ
読まないほうがいい
かまわぬというツワモノは
まあ
任せよう
カテゴリー: 小説/詩
人生は楽しく明るいほうがいい、きっとそれは本人の生き方、考え方で明るくも暗くもなるだろう。 もういい加減連続テロのせいにして弱くなる体を酒でさらに毒す生き方や、自分の不幸を神のせいにするのにも飽きた私は気分一新、クイーンズから離れマンハッタンのダウンタウンに引っ越した。
ま簡単にいえば女が変わったって事もあるし、平和で刺激のないアストリアに嫌気がさしたからだ。
SOHO近くにあるいわゆる日本人街、イーストビレッジに住むこととなった私は、あまりの交通の便の良さ、街の活気に驚いていた。
一歩外に出れば世界中の様々なレストランがあるし、バーも嫌ってほどたくさんあった。週末の夜ともなれば家の周りは酔っ払いであふれ、明け方にはそこらじゅうにおう吐物が散乱して鳥がたかっていた。
そんな中でも朝日は神々しく私を清め、近所の日本系パン屋でパンでも買ってコーヒー片手に世界一の都会の疲れた新鮮な空気を横隔膜の運動によって細胞の中に取り込んでは、この街への愛着を深めていった。
そのころ私のレコーディングスタジオは相方の家でも私たちに会社のオフィスでもあったハーレムのプロジェクトの15階の部屋だった。
そこはまさにニューヨーク最下層の人々が住む場所で、昼間から飲んだくれ路上で寝てるやつ、何かのドラッグで頭がおかしくなり、ただ叫んでるやつ、そんな輩を横目で笑いながら信号機で懸垂筋トレやってる筋肉脳みそ、 とりあえず何でもおかしな人々がいっぱいいた、
実際私たちもそこで馴染んでいたから傍から見たら私たちのほうがアジア人の変なのがいるなーと思われていたに違いない。
ある日、いつも通りプロジェクトのオートロックをパンチ一発であけると中から何とも本能的に嫌悪感を感じる誰もが知っている匂いが漂ってきた。
ん、 、、、 んん、、 人が、成人男性が、、
目の前で脱糞中だった。、、、、
いかつい編みこみヘアーした少しやせ気味の黒人男性が 開いた瞳孔で私をにらみつけ、
見てるんじゃない、プライベートタイムだ あっちにいけよ。
ってエレベーター前でなにしてる。。。 私は15階までいくからエレベータ待ってるんだと伝えると、
くそ、 デリカシーのない奴め、 といわれるもこれほど説得力のない言葉ははたして世界中どこを探してもない気がした。
クラック(コカインの生成途中で生まれる不純物を固めたもの)中毒者は一様にトイレが我慢できないらしい、
そのせいか、ここのエレベーターはやたら小便くさい、
それにはすでに慣れていたのでエレベーター乗る際は常に壁から離れて立っていた。
しかし、大のほうは、しかもライブで、いやー匂いがきついし、視覚的のもきつい、スタジオで食べようと思っていたピザのピースが一瞬で賞味期限切れたように感じた。
ドラマはそれだけではなかった、 エレベータがやっと1階についたと思いきや中から制服きた警察官が6人ほど恐ろしく緊張した面持ちで出てきた、
このビルは夫婦喧嘩やいざこざなどがしょっちゅうあるから警察などみなれたものだが
今回は結構シリアスな事件があった成果どの警察官の顔もものすごく緊張し、なにかやりきれないせつなさがただよっていた が、
エレベーターでた瞬間に右側にはしゃがみこみ、いきんでいる男性、左側にはみけんにしわ寄せたアジア人のボーイ、立ち込める悪臭、
警察官は1度ちらっと彼をみて から、もう1回すごい勢いで2度見し、
な、 何をしている、ここはロビーだぞ、
脱糞男 SIR、 すいません、腹の調子が悪くて、
警官 わかるけど、ここはだめだろう、
警官2 捕まえるべきか?
警官3 とりあえず けつを拭く紙だ 誰かティッシュ持ってないか
警官4 ハンカチしかない 、、、
私 あ、ティッシュありますよ。 はい
警官2 サンクス、 ARE YOU OK?(大丈夫か)
私 SOSO (あんまり 大丈夫じゃないけど、まーまーです)
とりあえず脱糞男が自分のモノを処理するまで警察が見守り私はそのままエレベーターで15階へ向かった。
もっていったピザはDJのやすくんにあげました、、
私はやっぱりこの街が好きであります。 この街の未来に幸あれ。
TWITTER: http://twitter.com/#!/SAGGA_YINGYANG
詳細: http://www.myspace.com/saggayingyang/blog?page=2#ixzz1239sLddw
男達の戦い
YINGYANG FREE DL
”WHO GONE THERE"
好評頂き、
誠に感謝
AND
今日は浦和BASEでこの曲、ライブてやらしもらう
酒を酌み交わしに来てくれ
http://firestorage.jp/download/bd076c935f52b22cd099e615382ef365f49b0746
最近書いている俺たちの昔話
ここでの俺の意見はあくまで、その当時の感情だ
青臭いし、なめている野郎の感覚
今の俺の気持ちも書きたいが
その当時、感じたままを書かせてもらった
NEW YORK LIFE STORY -男たちの戦いー
カテゴリー: 小説/詩
この前、は私のニューヨーク連続テロ事件の体験を書かせていただいた。本当にあのようなことは二度と起きないことを切に願う。
体も心も弱り切った私にあるものから一本の電話が入った。 相方のISH-ONEからだ。
ISH
SAGGA調子はどうだい?最近だいぶ落ちてるらしいじゃないか? んでそんな時にいきなり悪いが夏に
日本に一回帰らない?
SAGGA
あー体も心も最悪だよ、日本か、まーいい気晴らしになりそうだしうまいもん食いに帰ろうか。
そんな感じで久しぶりに日本に一時帰国することが決定した。
アメリカのジャンクフードににも飽き果てていた私は久しぶりに平和な故郷の風に当たり、夏祭り、花火、いろんなものが恋しくなっていたので相方の誘いにひどくよろこんだ。
相方はいつでも俺の支えで俺の事を誰よりも理解してくれていた。
成田空港について最初に感じたのは日本のにおい、よく日本は醤油くさいとかうどんの汁のダシのにおいがするとか外国人は言うけれど、まんざら嘘でもなかった、
醤油とたばこが混じったようなにおいが私の心につんと突き刺さり同じ文化、言語を共有する人間に囲まれるのはなぜか私を落ち着かない気分にさせた。
海外生活が長かった私は、海外では異文化の中にいていつでも特別視されていた反面何をしてもたいがい許されてきたが、自国では人々の私の人間性に対しての態度はひどく冷静で厳しかったように感じた。
海外に住んでいたことがある人なら誰でも感じる同国民に対してのシンクロと怯え、行動パターン、思考がにているからこそ感じる恐怖感だ。
しかし、テロ以降だいぶ頭がおかしくなっていた私は、日本は平和だなとひとり関心していた。
神奈川にある昔家族で住んでいたマンションに大学生の私の弟が一人暮らしをしていたので、そこにこれから3か月ほどとまることとなる。
酒好きの俺に似て弟も相当の酒飲みで毎晩弟とその友達がうちに遊びに来ては潰れていった。
焼酎の空いたボトルでサグラダファミリアが出来ていた。
そんな生活をしているうちに私の心の病もどうにか快晴に向かっていった。
ある8月の日、相方からB-BOY PARKというMCバトルのイベントにでようと誘われ(フリースタイルバトルで審査員の判定により勝ち上がっていくMCの試合)
ニューヨークで鳴らした腕試しも兼ね二人で出場することとなった。
予選の場所は川崎のクラブチッタ、参加費500円とられて、その時点からなんかこの大会おかしくないかって大会に対しての不満が出てきた。
参加者は総勢400名ほど、いかついギャングスターラッパーからドレッドのラスタまでいろんなMCがいた。
そして参加者そろって楽屋に入る前に2列に並ばされて外で1時間ぐらい待たされていた時のものものしさといったらなかった。
みんな敵みたいな感じでガンつけまくるラッパー、仲間とだらだら余裕かましているラッパー、私と相方はSEEDAと一緒に近所のビルの間でまったりしながら周りを見ていた。
そんな中俺らの列の横にネズミぐらい小さなヨークシャテリア(犬の種類、今では当たり前だが当時はこのミニヨーキーはあまり日本にいなかった)がきれいなおねえさんに連れられてキャンキャン言いながら私たちの横を通っていった。
血気盛んなMC達もその犬のあまりの可愛さにみな 超かわいくね、 やばいね、超ちっちぇーとかなんだかみんな仲良しになってしまった。
そして狭い楽屋スペースに400人つっこまれ、係りの人が参加者の点呼とりまーす 、、、、
ってMCネームで点呼取り始めた。
MC サガ、 はい! MC なんとか、 はい!
でもたまにありえない名前のMCとかいて
MC ナウシカ、 ハイ、、
みんなそいつの顔みて ナウシカだってーマジでないっしょとか、
MC ダブルドラゴン、 え、ゲームっすか、
MC ウエッサイドライダー、、、まんまじゃんとか
MCネームでそいつの人間性とかセンスとかわかっちゃうから面白点呼になってしまっていた。
たまに返事に気合入りすぎて、 MC パープルヘイズ 、 アーーーーイ
、、、、
周りが しーーんみたいなね。
とりあえず一回戦始まったけど、1対1での1分間づつのバトル何で初戦が200戦もある。 2分かける200戦=400分 +審査時間で7時間近く待つことになる、だんだんみんな疲れてきて、なんだこれみたいなね。審査員も適当になってきて、コメントがよくわからなくなる。
でまた2回戦が100戦、3回戦が50線 4回戦で25人、まー細かく言えば370人ぐらいだから、5回線目でラスト10人決まり本線出場みたいなね。
前の晩弟と朝まで飲んでいた私には相当きつかったがリアルゴールドのんでどうにか乗り切った
。結果は私も相方も初出場で本戦出場!! やりました。
日本のラッパーたちのフリースタイルをどうこう言うつもりはないが結構おしゃべり調子が多くフローもなにもないように感じた、もちろんそれが日本のHIPHOPの当時の形だったんだと思うけど、2002年、私たちも若すぎた。
とことんまでDISをさせていただいた。言葉の通じないアメリカで黒人のお客さんを沸かすには最低限のフロー、声質、勢い、態度(ATTITUDE)が必要だったから、なんか物まねの薄っぺらいフリースタイルにひどくがっかりし怒りすら覚えた。
本戦では私達以外はすべて常連の名前が売れてる人たちでMS クルー アイスバーン、妄想族、優勝はKANで準優勝が般若だった。
私たちは無名の新人、日本にお客さんもいない、まー負けましたな。
でもなかなか楽しかったし、私の心の病気もだいぶ良くなった、
しかし日本のラーメンがうますぎて、くいすぎで太ってしまった。
健康になった証拠と自分に言い聞かせ日本を満喫しました。
やはり故郷は私に優しかった。久々の花火は世界を照らす光のようで、また暗く沈みきった私の心に線香花火が優しく光を落した。
暑い日本の夏、それは若者の情熱が世界を照らす光でもあると感じた。
ニューヨークの摩天楼が私をまた呼び出した、そろそろ帰ろうあのリバーブだらけの煙の街へ
詳細: http://www.myspace.com/saggayingyang/blog?page=2#ixzz11xGABkXE



