屋敷の中のあるざわめきが少し落ち着いてから範頼は兄から渡された書状に目を通す。
小山四郎朝政、下河辺庄司行平など野木宮の戦いを共に戦ったものたちもあれば
あまり聞いたことのない名まである。
大小の御家人たちの名があまた記されている。

書状を閉じる。
そしてそっと座を立ち屋敷の中を歩く。
主の出陣が近いということで屋敷のあちらこちらに明りが灯され
多くの者達が忙しく立ち働いている。

異様な興奮を湛えながら自らの胴丸の手入れをするものがある。
そう、この屋敷には範頼に従って共に出陣するものも少なくない。

不意に赤子の泣き声が鳴り響く。
その声は瑠璃の侍女志津の部屋の方から響いていた。
この年生まれたばかりの志津の子が泣いていたのである。
様子を窺うとそこには赤子をあやす志津の夫藤七の姿があった。
その傍らで赤子の兄である新太郎が気持ち良さそうに眠っていた。
藤七もまた此度の上洛軍に加わる。
彼の主の佐々木秀義の子たちが上洛するからである。

しばらく屋敷の中を回った後、例の甲冑の前に座り再び書状に目を通す。

その夜範頼は夜具の中でまんじりともせずに一晩を過ごした。

翌日範頼は兄頼朝に面会を乞うた。
兄は範頼の為に忙しい時間を割いてくれた。
範頼のたっての願いにより他のものを遠ざけ二人だけで話しができるようにしてあった。

「兄上、戦の支度ありがとうございまする。」
と範頼は兄のはなむけに礼を述べる。
「うん。」
兄は満足気に返事を返した。
「しかしながら、今の私には無用のものになりそうな気がいたしまする。
兄上、私には大将軍をつとめあげる自信がございませぬ。」

そう言って範頼は兄を見上げた。

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一方退出した範頼はある種の気分の高揚を感じていた。
兄から託された軍に加わる武将達の一覧が記された書状がやけに重い。
その書状を開いてみる。
よく見知ったものもいれば、顔を全く知らぬものもある。
この武将たちが範頼、そして義経の軍に従うのである。
書状を見つめているうちに範頼の心の中にある重苦しさが入り込んできた。

高まる気持ちと少しの心の重さを背負って馬に乗り我が家へと向かう。

館に戻ると出たときと様子が違う。
どこかにざわついたものがある。

愛馬をつなごうとして厩に向かうと、そこに異変があった。
いつも愛馬をつないでいる場所にすでに堂々たる栗毛の馬がつながれていた。
そしてその隣には、見事な毛並みの葦毛の馬。
さらにその奥にもう一頭つながれている。
これらの馬は奥州でもめったにお目にかかれないほどの逸物である。
下人がわななきながら馬の世話をしている。

母屋に戻ると郎党たちや侍女たちが興奮した様子で
「お帰りなさいませ。おめでとうございます。」
と挨拶をする。

奥に入ると、寝殿の中央に甲冑が飾られていた。
見事な鍬方がしつらえられた兜。
そして札がしっかりしている紫裾の鎧。
さらに、その隣には黄金作りの太刀が置かれている。

このように見事な甲冑を今まで見たことがない。

甲冑の隣には舅の安達盛長と妻の瑠璃が控えていた。

「婿殿、此度のご出陣おめでたく存知まする。」
そういって迎え入れた舅に対して範頼は呆然としながら礼を返す。
「これらの出陣に必要なものの支度は全て鎌倉殿の志でございます。ごらんなさいませ。見事なものですぞ。数万の軍を率いる大将軍にふさわしき逸品ばかりでございます。」
そう言って、錦の直垂を範頼に差し出す。

範頼は呆気に取られたという体でその錦の直垂を受け取り、まるで他人事のように自分が身にまとうことになる見事な甲冑を見つめていた。

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