確かに、此度の出陣の支度は各御家人等にとって大きすぎる負担だった。
軍備、馬具、食糧、馬のえさ当等すべて御家人各人が自らが用意した。
ましてや今回の戦いは自分達の本領を遠く離れた都や西国にまで及んでいるのである。
その出陣の負担は今までの坂東近辺で行なわれた戦いに比して桁が違いすぎるのである。
中には負担は数年以上かかってやっと蓄えたもの、いや財産の全て吐き出している御家人もいる。
恩賞が出るか出ないかは出陣した御家人たちにとってはそれこそこの先、生きていけるかいけないかの問題にまで発展する場合すらある。

範頼は目を閉じた。

そのまぶたに二人の勇者の姿が浮かんだ。
先陣の功を目指して命を落とした河原兄弟の姿が。

その後から、この戦いで命を落としたものの名や姿が思い浮かぶ。
さらに、貧しい暮らしの中で必死に出陣の支度を工面した各御家人たちの陣中の必死の節約の様子。

が、その御家人達の姿に混じって、嘆き悲しむ養父の妻の姿もまぶたの奥に浮かぶ。

坂東から出陣した者達と彼等に討ち滅ぼされた者たちの家族の涙
それがまぶたの裏に交互に浮かぶ。

その迷える大将軍の耳の奥に出陣前に聞いた兄頼朝の言葉が蘇る。

「軍を率いるものには、その命令の一つ一つに重みがある。
軍に従うものの功名手柄を、家産を、そして何よりも命をあずかるのだからな。
そして夫々に連なるものの命運も・・・
六郎、そなたにはその重さがわかるようじゃ。
将たるものの責の重さを知るそなたであればこそ
戦場に向かうわしの御家人をそなたに託すことができる。」

範頼は瞠目している。
養父の妻の悲しむであろう事実は受け入れなくてはならない。
彼女はこれから先、自分が行なおうとしてくことを決して許しはしないだろう。
義母は自分を恨むだろう。その結果自らを養い育ててくれた大恩人である養父が困惑し、
養父すら自分を悪しざまに思うかもしれない。
下手をすると養父が自分の敵に回るかもしれない。

だが、自分は大将軍である。自らが率いた者達の全てを引き受けなければならない。
自らの命令に従い、命すら自分に預けてくれるものたちのことを。
そして彼等を守り、彼等の利益になることを第一に考えなければならない。
他の誰からどのように思われようと、どう恨まれようとも・・・

大将軍源範頼は決意した。
今回の首渡しを院に申し入れることを。

この範頼の決心に土肥実平は満足し、都の人々の思惑をよく知る中原親能は困惑した。
同じく都のことに通じ始めた義経も困惑しつつも兄の決心を受け入れた。

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範頼が土肥実平の提案を聞いてまず思い浮かべたのは養父藤原範季とその養父の現在の妻の顔だった。
養父もそうだろうが、養父の妻はまずこのことを行なう事を絶対に許さないであろう。
それを行なえば養父の妻の想いに背くことになる。養父の妻ということは範頼の義理の母にも等しい。
なぜならば、それは養父の妻の身内に関わることだからである。

土肥実平の提案どおり首の引き回しが行なわれた場合、範季の妻ー平教盛の娘の兄弟達の首が引き回されることになるのである。
自分達の兄弟の首が引き回されるということを範季の妻は深い悲しみと怒りをもって受け止めるはずである。
そしてその夫である養父範季はそのことをどのように受け止めるであろうか・・・

範頼が重苦しい表情を浮かべているのを土肥実平は怪訝な顔をして見つめている。

「蒲殿、今回首渡しは是非ともなされなければなりませぬ。
お父上が平治の合戦で受けたこの屈辱をお忘れではありませぬでしょうな。」

と土肥実平は迫る。

「お父上だけではありませぬぞ。兄上方お二人もです。
中でも中宮大夫進殿(朝長)は、埋葬された墓まで暴かれて首を都に運ばれ獄門にかけられましたのですぞ。」

そのように迫られて範頼の表情はさらに暗いものになった。

自分もその無念さが痛いほど分かる故に、今回のこの措置を悩んでいるのである。
養父の妻がこの先どのような苦しみを味わうかをたやすく予想できるが故に・・・

「蒲殿」
土肥実平はさらに続ける。

「こたびのこの戦いは、吾等の勝利でなければならぬのです。
恩賞を有利に受けるためにも。
東国の者達は、自らのまかないで出陣し、命を賭けて戦いました。
それがいかほどの厳しいまかないであるか蒲殿もご存知でしょう。
恩賞無くばこの者達、そしてその家族や郎党達は飢えて死にまする。」

「・・・」

「ましてや、此度の戦いで命を失ったもの、体を損なったものがおりまする。
かような者達は、恩賞を信じて命を惜しまず戦ったのでございまするぞ。」

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土肥実平の提案はこのようなものである。
今回討ち取った平家の将たちの首を大路を渡らせ、さらに獄門にその首をさらすということ
を朝廷に奏上するべきであると。

確かに謀反人として処断されたものの首は槍の先に刺され、首には謀反人の証である赤札を下げらて大路をねりあるかされた上、その後暫くの間はその首が獄門にさらされる。
これは平治の乱で信西入道が謀反人として処断されて以来、謀反人として死したものたちに必ず行なわれる措置である。
現に、ついこの前も木曽義仲やその一党の首をかくのごとく扱われた。

今回、平家もこのような処置を行なわれるべきだと土肥実平は主張するのである。
鎌倉の立場からすれば、平家一党は謀反人でなければならない。
先の帝を拉致したてまつり、三種の神器と強奪した謀反人であると。

その証が今回の首の大路まわしと獄門さらしである、というのである。

それがなされなければ、平家は謀反人ではないということになる。
謀反人でないものを討ち取ったと見なされれば、下手をすれば「私の戦い」とみなされかねない。
今回宣旨を受けて戦っていたとしてもである。
さらに今回の戦いでは鎌倉勢は「三種の神器」を奪還しそこなっているという失点がある。
今回の戦いが公の戦いであり、なおかつその公の戦いに勝利したということにならなければ、その後の「恩賞」が鎌倉勢にとって不利なものになる。

それゆえに此度の平家は必ず謀反人としての扱いをしなければならない。その一つの手段が首の大路回しなのである。

それに、首を引き回すことによって、「平家は敗れた。鎌倉勢が勝利した」という印象を人々に与えることができるのである。
その印象は今後の畿内や西国への鎌倉勢の対処に大きな影響を与えることになるのである。

雄弁に首の引き回しを主張する土肥実平。
しかし、その実平に対して義経や中原親能が異議を挟む。

「院が、そしてその近臣がこのことをお許しになられますでしょうか・・・」
と義経は土肥実平に問いかける。
土肥実平は無言である。
「此度の戦も、戦には反対、そして和平を進むべしとおっしゃれるの方も多数おられました。
その方々はまだ平家との和平をあきらめておられませぬ。
和平を望む方々は、おそらく今回の件に関しては大反対されましょうな。」
と中原親能。
確かに、義仲と違い平家は安徳天皇と三種の神器を擁している。
ここで、平家の態度を硬化させたくないという空気が朝廷や院近臣の中にもに多分にある。
首の大路回しを決行すれば、平家はますます頑なになる。そのことを和平派は怖れている。
朝廷の最大の望みは三種の神器の安全な帰京なのである。和平という手段をまだ失いたく無い者達が多数いる。

しかし実平はこのように主張する。
「反対されようとなんだろうと今回の大路渡しは行なわなければなりませぬ。」
義経や中原親能が懸念を言い立てても土肥実平は自らの意見を曲げない。
「・・・・」
今度は義経らが沈黙した。

土肥実平は今度は範頼を見た。
範頼はどこか浮かぬ気な顔をしている。

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