課題を見つける力。それが課題発見力。
これが最近、自分の中でより大きくなっているのではないかと感じる。
それこそ社会人の駆け出しの頃は、課題って何かを考えることがとてもパワーを必要としていた。
でもいまでは、課題認識と解決方法があふれ、正直手が足りないと感じることの方が多くなっている。
そもそも課題とは、あるべき理想の姿とのギャップだ。
それを考えると、あるべき姿が様々な経験を通して描ける様になったことが一つの要因でもある。
ただ、今回は課題を整理、深掘っていく上でとても重要なことを整理しておきたい。
端的には、概念をより正確に構成要素を適切に切り分けながら認識することだ。
そのとき、自分が認識している目の前の状況を言葉でどう表すかがとても大切になる。
無駄な誤解と意識のずれは思わぬ誤解と手戻り、時に大きなトラブルにつながるのは当たり前だが、課題を深掘ろうとした時にその対象の構成をいかに捉えられるか認識しているかしていないかでは大きな差がある。
そうは言っても、始めから細部に入っては行けない。
経験上、全体像や全体の大きな構成要素を意識した上で、細部に落としていくというプロセスが必須だ。
アウトプットとしては、ある程度大きな構成要素で全体のイメージを描き、必要に応じて順次細部に落としていくイメージだ。
自部署を中心に据えた業務やシステムの全体像、またはビジネスプレイヤーの全体相関図、時に市場や業界全体の登場プレイヤー全体関連図が、その全体イメージにあたるだろう。
それらを物流、商流、情報流、プロセスの流れなどに落としていくのが細部への落とし込みのイメージだ。
ただこれを肌感覚で身につけるのはそんなに簡単ではない。
自分で課題が何かをうんうんうなって考えたり、人と議論してどうしても人との意識が合わず、それがなぜかを考え、ぐいぐい議論をドライブするということを繰り返さないとなかなか身に付きにくいのではないかと思う。
そうすることで人の頭にある構成要素と自分の頭にあるそれとにずれがあることに気づくことができる。
それら一つ一つが自分の引き出し、バリエーションになるだろう。
※得てして、天才には非常に難しい領域だろう。
天才は多分無意識に、概念の階段=論理をすっ飛ばす。
だから圧倒的なスピードと発想の飛躍が生まれているんだろう。
それが天才たる所以でもあるが、ひとっ飛びに超えた歩幅にまさか間があるとはなかなかに気づきにくいものだ。
そういったものの積み上げの解決策は、現状の”改善”施策になるだろう。
以降は、最近の自身の所感で経験は不足しているが備考として記載しておきたい。
上記の施策は当然、あくまで現状に対する改善だ。
大きな驚きはほぼなく、多分確実な成果につながる。
でも最近自分がチャレンジしたいのは、大きな驚きだ。
でもそんな飛び抜けた答えは、多分課題の一つ一つに対する答えからは生まれない。
それが、クリエイティビティとか創造性という領域だろう。
これは先の課題発見からの流れではなかなかに生まれないものらしい。
頭の使い方が全く違う。
意識して切り替えるようにしている位だ。
発想の仕方としては、多分、課題というか大きな問題意識は持っておいて、こうしたら「もっとワクワクする。」そんな気持ちを一番のベースにいろいろな他業界、他の知識を使いながら、「自分だったら・・・」「もっとイケてるのは・・・」「あそこのあれを利用して・・・」というような声に従って解から迫るのが、重要なんだろうと最近は思っている。
遊び心と、自分が創ってやる!という熱い気持ちが大切だ。
そのときはうまく行かなかったら・・とか、現実的か・・・といった視点はほんとにスパッと捨てる。考えては行けない。
一人で創造から実現までを担うのは、この頭の切り替えをあるタイミングでしなければ行けない。
それは多分必須だろう。
それなりのストレスはたまる。
何しろ、前フェーズでは後フェーズの自分を、後では前の自分を否定するようなものだから。
でもトライしてみると気持ちはなかなかに新鮮で面白かったりもする側面もある。
現在のサービスが形になることを祈って・・・
これが最近、自分の中でより大きくなっているのではないかと感じる。
それこそ社会人の駆け出しの頃は、課題って何かを考えることがとてもパワーを必要としていた。
でもいまでは、課題認識と解決方法があふれ、正直手が足りないと感じることの方が多くなっている。
そもそも課題とは、あるべき理想の姿とのギャップだ。
それを考えると、あるべき姿が様々な経験を通して描ける様になったことが一つの要因でもある。
ただ、今回は課題を整理、深掘っていく上でとても重要なことを整理しておきたい。
端的には、概念をより正確に構成要素を適切に切り分けながら認識することだ。
そのとき、自分が認識している目の前の状況を言葉でどう表すかがとても大切になる。
無駄な誤解と意識のずれは思わぬ誤解と手戻り、時に大きなトラブルにつながるのは当たり前だが、課題を深掘ろうとした時にその対象の構成をいかに捉えられるか認識しているかしていないかでは大きな差がある。
そうは言っても、始めから細部に入っては行けない。
経験上、全体像や全体の大きな構成要素を意識した上で、細部に落としていくというプロセスが必須だ。
アウトプットとしては、ある程度大きな構成要素で全体のイメージを描き、必要に応じて順次細部に落としていくイメージだ。
自部署を中心に据えた業務やシステムの全体像、またはビジネスプレイヤーの全体相関図、時に市場や業界全体の登場プレイヤー全体関連図が、その全体イメージにあたるだろう。
それらを物流、商流、情報流、プロセスの流れなどに落としていくのが細部への落とし込みのイメージだ。
ただこれを肌感覚で身につけるのはそんなに簡単ではない。
自分で課題が何かをうんうんうなって考えたり、人と議論してどうしても人との意識が合わず、それがなぜかを考え、ぐいぐい議論をドライブするということを繰り返さないとなかなか身に付きにくいのではないかと思う。
そうすることで人の頭にある構成要素と自分の頭にあるそれとにずれがあることに気づくことができる。
それら一つ一つが自分の引き出し、バリエーションになるだろう。
※得てして、天才には非常に難しい領域だろう。
天才は多分無意識に、概念の階段=論理をすっ飛ばす。
だから圧倒的なスピードと発想の飛躍が生まれているんだろう。
それが天才たる所以でもあるが、ひとっ飛びに超えた歩幅にまさか間があるとはなかなかに気づきにくいものだ。
そういったものの積み上げの解決策は、現状の”改善”施策になるだろう。
以降は、最近の自身の所感で経験は不足しているが備考として記載しておきたい。
上記の施策は当然、あくまで現状に対する改善だ。
大きな驚きはほぼなく、多分確実な成果につながる。
でも最近自分がチャレンジしたいのは、大きな驚きだ。
でもそんな飛び抜けた答えは、多分課題の一つ一つに対する答えからは生まれない。
それが、クリエイティビティとか創造性という領域だろう。
これは先の課題発見からの流れではなかなかに生まれないものらしい。
頭の使い方が全く違う。
意識して切り替えるようにしている位だ。
発想の仕方としては、多分、課題というか大きな問題意識は持っておいて、こうしたら「もっとワクワクする。」そんな気持ちを一番のベースにいろいろな他業界、他の知識を使いながら、「自分だったら・・・」「もっとイケてるのは・・・」「あそこのあれを利用して・・・」というような声に従って解から迫るのが、重要なんだろうと最近は思っている。
遊び心と、自分が創ってやる!という熱い気持ちが大切だ。
そのときはうまく行かなかったら・・とか、現実的か・・・といった視点はほんとにスパッと捨てる。考えては行けない。
一人で創造から実現までを担うのは、この頭の切り替えをあるタイミングでしなければ行けない。
それは多分必須だろう。
それなりのストレスはたまる。
何しろ、前フェーズでは後フェーズの自分を、後では前の自分を否定するようなものだから。
でもトライしてみると気持ちはなかなかに新鮮で面白かったりもする側面もある。
現在のサービスが形になることを祈って・・・





ご参考までに。