標題の件、考える力はある程度個人のマインドであるし、経験をベースにした非常に重要なスキルだ。

「考えることができる」
そう聞いたとき、考えることができない人ほどその意味が分からないだろう。
「え?自分いろいろ考えてるし。」と。

でもそのレベルの話ではないことに自分で気づけてないことが本当に大きな差である。

人の言っていることでなく、課題を自分で発見できるだろうか?
それを実態と結びつけて、それらの課題の関係性や背景、原因を考えてみたことはあるだろうか?
課題をグルーピングしたり、論理的にみることで見えていなかった課題を新たに見つけるという思考回路は働いているだろうか。
課題にはその根源となる事象があるという意味が分かるだろうか?

思いつきで行動して、早いことがいいと自己満足していないだろうか?
もしやその後に起こった幾多のトラブルは、自分が予測ができなかった責任ではないのであろうか?

思いつきで行動すると一見、エネルギッシュで行動力があるように見えるかもしれない。
しかし、それは全体を見据えた上での行動でないと、本当にリスキーだ。

なぜなら、それが別の事象とつながっていたりした場合、あなたのそのよかれと思った行動が、そのまま別の課題を引き起こすことになることがあるからだ。

行動が早いと思っている人間は、気をつけたほうがいい。トータルで早く大きな成果をあげている人は少なくないことを知った方がいいかもしれない。

人間一番危険なのは無知だ。
日本は特に横並びの文化がひどい。

出る杭はたたくというか足を引っ張りたい人種がすくなくない。

なぜそれをするか。

変化が怖い。
つまり、現状の甘い汁を逃がしたくない。自分が相対的に評価が下がるのを避けたい。
うまくいくかどうかわからないのに無駄かもしれない労力をかけたくない。

そんな心理が透けて見える。

いま自分はIT企業に勤めている。

世のイメージは革新にチャレンジし、変化を起こすことを使命というか、楽しみにやっていく人種であるかと思いきや、中身はとても古き残念な日本企業な感じだ。

空気がそうだ。

トライに対して前向きな議論ができる人がいない。
勉強しようという意思が弱い。
謙虚に学ぶ姿勢がない。

妬み、嫉み、保守的、数値に弱い、非論理のみの世界。
ユーザー志向をうたっているが、そういう視点でマーケットを見、サービスを考え、組み立てるべく勉強、思考を回すことができる人種にはあったことがない。
そして、Webに偏った知識に”のみ”にすがる姿勢。
壁があったらすぐに思考停止する弱腰と知能。
仕事というものに対する常にマイナスなオーラ。

未熟なのはいい。
でもできないならできないなりに、謙虚に前向きな姿勢はほしい。
それにできなければ怒られるくらいの緊張感は持ってほしい。

いつまであなたのできなさ加減にやさしく付き合ってほしいのか。
そんな甘えというか、無知がまかり通るのは本当に会社としての循環機能を殺してしまう。

世にブラックといわれる企業は数あれど、労働に見合った賃金が与えられないなどの法的に問題があることはどうかと思うが、答えるべき役割に見合わない場合には遠慮なく、要求すべきだと自分は思う。

何も暴力を使うのではない。

向上の余地が見えない。
やる気がない。
空気を悪くする。
知識がないくせに、大きな態度のやつは本当に循環すべき対象だ。
でも多くの場合、まさか自分ではないと思っている。

そんなときにぜひ自問してみてほしい。

「あなたしかできない発想・アウトプットを出せてますか。」

その会社でしか使えないような”知識”はだめだ。
もしそれしかないとしたら、早くそれを吐き出すべきだ。
それは勝負ポイントには全くならない。
一生をその会社のそのポジションで過ごすのでない限り。

知見といわれるレベルまで昇華された経験であれば価値がある。
でも、あるシステムの仕様を自分だけが理解している。
そういうのはなんか違うということに気づいてほしい。
何の価値もない。




「ともに動く。」
これは自分が仕事を通して、やり遂げたいことだ。
今の企業では自分ができることは自らのアウトプットを見せてやることか。
自分にとってのチャレンジと経験を積み重ね、ぜひとも次につなげる場にしていきたいと思う。
それもなぜそうすべきなのかは彼らには理解することすらもしないのだろうが。