長崎純心大学准教授の石井望先生が、尖閣諸島は中国の領土でなかったことについての新事実を発見され、1月28日(月)、福岡の天神にあるアクロス福岡にて、資料説明会が開催されました。
中国明王朝の公式文書「皇明実録」には、元和3年(1617年)4月に長崎代官村山等安の使者である明石道友を福建省の官僚、韓仲雍が尋問した時の問答が記録されています。この中に、沿岸から約40キロメートルにある「東湧島」をはじめとする6つの島を明示し、これらの島々より外側は、「華夷の共にする所なり」として公海であると記しています。つまり、中国の沿岸より約40キロメートルにある「東湧島」などの島より外側は、明の支配が及ぶ海域でない事を明石道友に伝えているのです。この問答の内容は、8月に皇帝へ上奏されています。
尖閣諸島周辺に明王朝の支配が及んでいないことは、尖閣航路と呼ばれる中国大陸と琉球を結ぶ航路においては、中国人が自らの手で船を操ることができなかったことからも明らかです。中国人が羅針盤を操作するのは台湾海峡までで、その先は琉球人の船員と交代したことが多数の中国の文献にも出てきます。中国人は尖閣諸島の海域の地理についてあまり詳しくなかったようです。
冷蔵庫がない時代、真水は2、3日で腐ってしまうため、真水を補給することができる島嶼の存在は航路を定めるときに重要視されてきました。大陸と琉球を行き来するにあたって、尖閣諸島の存在もまた重要視されてきた歴史があります。尖閣諸島は、琉球文化圏としての歴史ある島です。
尖閣諸島は、国際法からみても明らかに日本の領土です。そして、石井先生の発見により、尖閣諸島は歴史的にも中国明王朝の支配が及ばない島々であったことがより明らかとなりました。石井先生は、「日本は尖閣の領有権について国際法でも勝ち、歴史資料でも勝つ。日本の完全勝利である。」と明言されます。そして、尖閣諸島は明確な日本領土である事を如何に発信していくのか、宣伝戦の時が来ていると指摘されます。
中国が領海侵犯を繰り返し、しばしば領空までも犯すようになった今日、尖閣諸島は日本の領土であることを堂々と語ることが誰にでもできる日本になっていかねばならないと思います。
※石井望先生の発見は、1月21日付読売新聞夕刊、1月22日付産経新聞にも掲載されています。