ひとりの男が偉大な聖者にたずねた。
「私は裕福で世間的には問題ないのですが、どうしても心が落ち着きません。
心の平安を見つけて、幸せを得たいのですが、それにはどうすればよいでしょうか?」
聖者が言った。
「ある人間に見えないものが、ほかの人間にはよく見えるものだ。
私はおまえの病を治す方法を知っているが、それは通常の治療法ではない。
それでもやってみるか?」
絶望している男は言った。
「どんなことでもする用意はできています」
聖者の助言はこうだった。
「その方法とは、旅に出て、世界でいちばん幸福な人を捜し出すことだ。
その人を見つけたなら、彼の着ているシャツをもらって、それを身につけなさい。
それがこの病の治療法だ」
男は、その後すぐに、世界でいちばん幸福な人を捜す旅に出た。
幸福な人はつぎつぎと見つかったが、彼らは口をそろえたように、こう言った。
「私が幸福なのは事実だが、私より幸福な人がいます」
こうして、何年にもわたって、多くの国を旅したあげく、男はついにだれもが「世界でいちばん幸福だ」という人の住む森にたどりついた。
森までくると、森の奥の方から大きな笑い声が響きわたってきた。
男は笑い声のする方向へ足をいそがせた。笑い声の主は、森のなかの小さな広場に座っていた。
「世界でいちばん幸福な人というのはあなたですか?」
と男が聞くと、
「そのとおりだ」
と彼は言った。
男は自分自身について話し、旅の目的について説明したあと、
「この病を治すには、あなたのシャツを着ることが必要なのです。どうか、それを与えてください」
と頼んだ。
世界でいちばん幸福な人は、じっと男の顔をみつめて、それから大声で笑いはじめた。彼は、笑って、笑って、笑いつづけた。
笑いがおさまったあと、男が言った。
「私が真剣に頼んでいるのに笑うなんて、あなたはおかしな人だ」
「そうかもしれない」と幸福な人は言った。「しかし、おまえがちょっとでも注意して見たなら、私がシャツなど着ていないことがわかりそうなものだがね!」
なるほど、よく見ると、聖者は腰布(ルンギ)をまいているだけだった。
男は、途方に暮れてなげいた。
「それでは、私はどうすればよいのでしょうか?」
すると、世界でいちばん幸福な人が言った。
「どうもする必要はない。達成しがたい何かのために努力することが、おまえの望みを達成するために必要な修行であったのだ。
意をけっして急流に飛び込む人は、自分のなかの驚くべき力を発見して、川を横切ってしまうものだ。
おまえの病はすでに治っている」
そう言うと、彼は頭にまいたターバンをほどいて、顔をあらわした。
それは偉大な聖者その人だった。
驚いた男が言った。
「あなたでしたか! それなら、なぜあのときそう言ってくれなかったのですか?」
聖者は微笑みながら言った。
「おまえには用意ができていなかった。だから、一定の準備が必要だったのだ。その試練を通過するなかで、治療薬がもたらされたというわけだ」
*師は探求者の用意ができていないのを見て、体験をつみかさねる旅にいざなう。
そして、その旅は世界をひとまわりして、またスタート地点に戻ったところで完結する。 (続く)
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