「顔にだまされるな」

と言われるほどやっぱり顔は重要なんだなあ、と最近思う(面食いなだけに・・・)。

どうしても最初はその人の顔の造作に目がいってしまうので、その人の中身や実力で判断しよう!と思ってもなかなか難しい。


そういや安倍首相だって支持者の過半数は女性らしいし(男性だけの支持率を見ると非常に低いらしい)、やっぱり顔がいいと得な気がする・・・オジサンぽくないし、あのヒト。


全然関係ないけど、安倍くんは、ゴールデンウイークにアメリカに行くって何かのHPで見たけど、まさかこの前の小泉くんみたいにD.C.の後遊びに立ち寄ったりしないよねえ・・・。あれは5年目のお疲れ様ケースだし(しかしプレスリー家族の前でのはしゃぎ振りは、見ていてかなり恥ずかしかった・・・。CNNのアナウンサーも苦笑いしてたし・・・)。

やっぱりどう考えてもこんなに支持率低下しちゃってる中で、政治の中心である東以外(例えば西の観光地とか・・・)に立ち寄るようなアホなことはしないと思うけど・・・。

とにかくあんまりニヤケてる所は見たくなーい。


それにしても彼は「産む機械」発言厚労大臣をかばっちゃったりとか、何となく顔が甘めマスクの人は詰めも考えも甘ちゃんなのかしらとか思ったりもする。


そうだ、顔が良いのは得だけど、やっぱり人間「顔つき」なんだ!

きっと顔には、その人の生き方が顔に出てくるんだろう(と信じたい)。


最近仕事で好みど真ん中な端正な顔立ちの人に出会って、思わず誘惑に負けそうになることが多いので、きちんと気持ちを引き締めてしっかりしてかなくちゃ・・と思った次第でした。

何となく、閉塞感が強くなると読みたくなる詩がある。


それは時によって

谷川俊太郎の「さようなら」だったり、

新川和江「わたしを束ねないで」だったり、

茨木のり子の「自分の感受性くらい」だったりする。

宮澤賢治や萩原朔太郎も好き。 他にもたくさん。



そして、それをそっと朗読してみると、ごちゃごちゃだった頭の中がシーンとして、一瞬すっきりする。



よるになったらほしをみる

ひるはいろんなひととはなしをする

そしてきっといちばんすきなものをみつける

みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる


何という美しさ!(関係ないけど↑の詩を読むと、矢野顕子さんの歌の印象が強くて、ウッカリ歌いそうになる自分がいる・・・・)。







駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい自分で守れ 

ばかものよ



叱られることのありがたさ。茨木さんが亡くなってもうすぐ1年になりますが同じ時代を少しでも生きられて良かった。





わたしを区切らないで

,(コンマ)や.(ピリオド)いつくかの段落

そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

こまめにけりをつけないでください 

わたしは終わりのない文章

川と同じに

はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩


どんなにスタックしても、ブルーでも、自分で自分の可能性を区切らないようにしよう、と思う。

旦那が出張中に、異性の旧友が出張でこちらに来て仕事が早く終わったので遊びに来てくれた。


もともとその友人を通じて、旦那と知り合って旦那と同じ研究室仲間。


そんなわけで、せっかくなので有休を取って、1日街を案内しました。



それで翌日帰ってきた旦那に、ニコニコとその話をしたら、

「いくら、自分が知ってる友達とは言え、ぼくだって異性の友人と2人きりで出かけたりしてないんだから、気分良くない」

と非常に不機嫌になられた・・・。
















小せえーオトコだな。




と思った。



そういう発言自体、旧友や私に対して失礼だなあと思うんですが・・・・ヘンかな。