夜の公園。
SaeraのLondonそこかしこ

えっ、夜じゃないじゃんて?
いえいえ、6時回ってるので夕方ですよー。
イギリスは緯度が高いので夏は10時ぐらいまで明るい。
逆に昼は2時半で真っ暗なんて事もある。

夏時間の今は、日差しを求めて人々がここぞとばかりに公園に出かける季節。
28度まで上がった真夏日のこの日、白ワインとチーズとクラッカーを持って
友達と連れだってウチの近くの公園へ。

外で飲む白ワインがおいし~~。
SaeraのLondonそこかしこ

なんだかんだで9時頃までだらだだら。
まさにBlurのPark life ってかんじ。
 

そして日も落ちてきたのでそろそろ公園の外へ。
外に行く途中に花がいっぱい咲いた区画に。
SaeraのLondonそこかしこ

なんかモネの睡蓮をイメージしたような区画で、ステキ。
脚本を書くにあたって最後の詰めの作業で
「いろんな人に読んでもらってアイディアとか、台詞の言い回しを聞いた方が良いよ」
と教授言われて、いろんな人にお世話になった。

特にお世話になったのが、大家さんのパートナーのマイケル。
72歳のじいちゃんなんだけど、この人の人生が凄いんですよ。
正に、事実は小説より奇なり。

完全なるヒッピー。しかも高学歴。
若いときは船乗りで、1950年代の神戸や横浜を知っていて
その後カリブ海の島でカジノディーラーに転職してエルビス・プレスリーやら
ショーン・コネリーやらの一流の客を相手にしていた。
その後イギリスに帰って60年代から70年代にヨガの教室を開いていた。
その頃そこに出入りしてたのがビートルズ!ジョージ・ハリスンとは特に仲が良かったらしい。
そして演劇に目覚めて演劇の名門大学に通い、その後パートタイムで講師を務める。
その頃のクラスメートは今ではロイヤルシェイクスピア劇団でリア王をやっている大物俳優。
それでも役者としては芽が出ず、木目のフロアー修繕会社を立ち上げて、
演劇学校時代の友達の口コミでいろんなセレブリティーの家のフロアを手がける。
で、その頃から物件を買っては転売し、4つの物件を持つ大家として生計を立てて今にいたる。

ふわぁ、ざっと書いてもすごいなぁ。ある意味、作家の頭では描けないような人生を
歩んできてらっしゃる。

60年代から70年代のいろんなイギリスのセレブリティーの裏話が聞けたけど、
それはやっぱり有名人だからと特別扱いしないで普通に接していたマイケルじいちゃんだから
聞けた話しなんだろうなぁと思った。

ジョージ・ハリスンに神戸と横浜の話しをしたら、
「僕たちは日本に行ったけどキッチンしか見ていない」と言って熱心に旅話を聞いていたそう。
有名な話しだけど、来日の際はあまりのフィーバーぶりで、空港から車でホテルに行ってキッチン経由で
ホテルの部屋に行き、公演日までそこに缶詰で、公演日はまたキッキン経由で武道館に行って、
講演してまたキッチン経由で部屋に帰って、次の日帰国・・というスケジュールだったらしい。

はぁ~~~。正に有名税って感じ。

マイケルじいちゃんのようんな人に出会えるのも私の運のうちなのかも知れないけど、
じいちゃんの昔話はかなりインスピレーションになって、脚本執筆に良い刺激をもらいました。

ニューヨークに居たときの大家も博士号持ちのヒッピー女性だったけど、
大家にはこうゆう人って多いのかしら・・。


やっと。やっと終わりました2学期の提出課題が。
先月出したのを含めると6つの課題を抱えていた私。

先週頭の締め切りで、残り4つの課題を提出しました。
SaeraのLondonそこかしこ
「ブラックコメディー映画の脚本(最初の34ページ)」 (約4000文字)
「この脚本執筆における批評論文」 (2500文字)
「エッセイ 日本の携帯小説と電子書籍の今。そのイギリスでのビジネスチャンス」 (4100文字)
「出版会社の研修レポート」 (3000文字)

はふぅうう。 前回提出分を合わせたら軽く3万文字は書いていた私。
今回の課題はこんなに分厚い。

SaeraのLondonそこかしこ

でももっと凄いのが最後の1週間のツメの作業で印刷した量!
ドン!
SaeraのLondonそこかしこ

.....ほぼ全部脚本なんだけど、はぁ。すごいなぁ。
裏紙でバリバリ使います。

はー、今学期は成績上がるかしら。脚本はかなり頑張ったのでA、欲しいなぁ。
教授は20回ぐらい「良いよこれ!」って言ってたから取れるかなぁ。う~~ん。

この5ヶ月お世話になった資料の一部。
SaeraのLondonそこかしこ

さぁって。少しリフレッシュして、今度は卒業制作に取りかかります!