
大好きな事が、これまでになく恵まれた感じで前へと進み始め、その中で頑張れる幸い、それに対するひとの言葉や評価には本当に感謝に堪えない、いよいよ自分らしさを発揮できることが何よりも嬉しく思っている、そして、僕の好きな季節がやってきた。
どこまでも高くて、蒼さも一段と増した抜けるような青空。
なのに気持が、どうしたことか穏やかになっていかない....。
まるで実感がなかったようなこの夏、感激もひとしおだった夏前のあのライブから、ますます高まる充実感とともに、いろんなことが自分の中で変化したことも、何でも出来るかのような、、期待感だけが先走った感じのままに大好きなこの時期を迎えてる。
ようやく感じるままを音に重ねられるようになったこと、気持を同じくして奏でられる音の一体感の心地よさ、どれもこれまでにない心の高まりを音に映せている感じが嬉しいぶん、そうはいっても簡単には高みに留まってはいられないひとの心の脆さと、心深くに横たわっている自我とでもいうものだろうか、そんな不安定さを併せ持った自分との声なき会話が、、、
待ちに待った、染みるはずの蒼い空を見上げることを少し嫌がってるように思えてならない。
何かが足らない、、、そんな感じがしてならない。
あるひとのブログにあった「愛と感謝」という言葉。
その言葉は遠い昔から何をするにもひととして必要最低限だと感じていた言葉。
たとえ伝わらなくても、作為無しに常にあるべしと思えてた心根。
いい格好な言い方をすれば、無私でいいんだとも思えていた。
なのに、実際はいろんなものを欲しがる自分も確かに存在する。
それは、それでいいんだという眼差しや、了解を意味する笑顔。
みずから鼓舞する事無く、存在さえも薄くてもいいやと思えてたのも、今まではそういう気持に包まれていたからなんだということを、この1年思い知らされてきたように思う。
いつも元気に、その使命を果たすために自らを奮起し、、
まるで起き上がりコブシのように挫けずやってこられたのも、
その力の源泉をもらっていたのだと思う。
ひとりでいいやと思い始めて、心の限りに音楽に没頭出来たことで今があるのも否めない事実。
すこし複雑な心境でもあるのだけれど、満ち足りないことがこの先どれほどの力をくれるのかは、僕にもわからない。
この大好きな季節の空の蒼さがふたたび、目に、心に深く染みることが叶うのなら、、、
それはまた一歩、新たな自分を見出す事にもつながるのかなぁと今はただぼんやりと思いながら、
乾き始めた風をうけて、もうひとつの本音のようなものを書いてみました。
最近リハーサルが待ち遠しく、感情が突き抜けるのはその時だけなのかと...、
潔く、男心と秋の空といきたいものです。
。。。