春、自然の摂理の廻りゆくなかで | 風の音が心に響いて...

風の音が心に響いて...

日々心地よくありたいと願う気持を込めて..、
感じたままを書き綴ってみました

昨年書き始めた左衛門記、しばらく続きは書いてないけど、その中で僕が初めてバンドを組んだメンバーのひとりが、このあいだ亡くなった。
左衛門記には、彼のことをそんなに詳しくは書いてないのだけれど、僕が初めてバンドを組み、初めてのオリジナル曲を一緒に創った男。ビートルズが好きで、よくジョンとポールを気取って毎日楽しく過ごしていたことを思い出す。

彼は、その頃流行っていたフォークソングが好きだったように思う、中学2年生の時同じ組みになり、たまたま席が近かったことで僕と知り合い、バンドを始め、高校3年間を面白可笑しく一緒に過ごした。

絵が好きだった彼は、やがて芸大へ進みそこで彼との音楽活動は終りをつげる。その後一緒に演ることはなくなったけれど、大学では軽音の部長までやって、酒と音楽にどっぷり浸かることに。。
今となってはそれが短命への分かれ道だったとは思いたくないけど、それくらいまったく飲まなかった彼の変わりようには、当時びっくりだったことも思い出される。

その後、彼が結婚して京都へ戻ってからしばらく、グループ交際ならぬ家族交際でよく遊んでいたけど、家庭が壊れ始めた頃から距離を置くようになり、その後お互いにいろんなことがあったせいでかれこれ20年近く疎遠となっていた。その間にもなにやらややこしいことになっている状況とかが聞こえてはいたけど、それでも会うこともなく、年が明けて、いま僕がやっているバンドの事や音楽のことなどもあって、久しぶりに訪ねてみようかと思いながらそれも果たせずにその日が来てしまった。

家族同士で付き合ってた頃、彼は酔っぱらうと、「お前はいいよなぁ~」と、よく言っていた。
何がいいのかわからないけど、一緒にバンドをやっていた頃、とにかくグイグイと引っ張る僕に、みな翻弄されていたことだけは何となく覚えている。誰がリーダーとか決めてたわけじゃないけど、第一期音楽三昧を堪能し、それでも前へ前へと進もうとしていた僕は、あ~しろこ~しろとうるさく言っていたんだと思う。

そういうふうに、お前に振り回されたよと笑って言ってた彼だったけど、酔って出る本音以上に、僕に対するコンプレックスのようなものを感じた。家庭のことで僕がキツく言って以来疎遠になったことも、昔のようには言われたくない、彼のプライドからのものだったのかもしれない。

逢ってやってほしいとのお母さんからの連絡で出かけた病院、以前から悪とは聞いていたけど入院は初めてだった。久しぶりにどんな言葉を交わすのか、どんな笑顔を見せてくれるのか楽しみだった、、
それは普通に、お見舞いのはずだった。

僕を見て懐かしそうにされたお母さん、表情が少し複雑だったけれど、それでもまだ、お見舞いにきた自分のまま、、そのまま彼の前へ立った。

昔とそんなには変わっていないように見えた彼の顔、ただ静かに寝ている彼を見ているだけの僕。
驚いた以外に、なにを思うわけでもなく、病院の方が彼を連れて行くまで、しばし2人だけの時間を過ごしていた。

またいつか話したり、一緒に音楽が出来るかも知れないと普通に考えてたのに、、昔、音楽の、人生の恩師だった人をなくしたことを思い出しながら、お前もかよ~ということだけが頭をめぐっていた。
もう少し後だったら顔も見れなかった、なんでこのタイミングなんだと思うほど、こうやって最後を見せてくれた彼の優しさ、、
音楽人生の黎明の時期、ぼくにとってのポールだった彼に感謝すると同時に、、、
そこまでいけずせんでもえ~やんかと、帰りのクルマで苦笑いするしかなかった。

こういうことがあっても、もうおかしくない年齢なのかなという思いと同時に、彼らの分全部、
みんな背負ってますます頑張らないとなぁと思った。。