
最近では、恵方巻きならぬ恵方ロールケーキなるものまで登場して、縁起もののイベントも多種多様かつ和洋折衷取り入れて、四季折々に真に賑やかな時代になったものです。
季節で一番寒く厳しい時期を節分とし、それを経て立春としたのも、いよいよ気持も新たに春を待ちわびる生き物本来の持つ生命力の力強さを感じます。そして巡る季節のなか、善く生きたいと思いながらも背負ってきた罪を祓いながら、過去を過去のものとして常に前向きに生きようとした日本人の心根が、季節ごとに縁起をかつぎ、心機一転の改心の情として節分なる儀式としていまも残るのでしょう。
100年に~の不況などと言われ、世間ではどうにも拭えない不安が吹き荒れてますが、これもまた人間が積み上げてきた罪でもあるのではと思います。
世の中がどんどん合理的になって、損得勘定なるものの考え方に傾倒するなか、本来徳を得るための行いが省かれて、ただ得すること、自然やひとを顧みず己一人の幸せに執着する。
ただ、ひとが幸せのために頑張ることはなにも悪い事ではなく、懸命に生きようとする力でもあるのですが、その視野の狭さが気になります。
なんだか愚痴っぽくなってますが、頭で考える得をする方法じゃなく、誰もが心の底に持っているはずの、我心以外の道徳心。動物でさえ、必要以上には貪らないのを見るとき、この道徳心無くしては、ひとは動物以下になってしまうような、そんな気がして恐くなる時があります。
寒さも和らぎ、季節が春に向うと思うだけで少し心が温かくなるのもひとなら、誰かと苦労を分ち合って助け合いながら生きれるのもひとだと思います。
心を合わせて出た音を感じるとき、音楽本来の素晴らしさをも感じるものです。
ただ辻褄が合ってればいいわけではありませんし、机上の計算では幸せは手に入らないものだとも思います。節分に祓うべきものとは、ただ犯した罪や己の役だけではなく、、、
そういった自分勝手な我心なのかも知れないと思いました。
久しぶりに書くにはちょっと重い感じですが、音楽の事や日々の中で善く有りたいと思いながらも思いどおりにならない葛藤、ややもすると傲慢になりがちな気持を戒める念いで書いてみました。
大好きな季節、春を心ゆくまで感じるために...、
勇躍前進、ますます笑顔でまいりましょう(^^)