古い羅針盤 2025 第三巻
本書は、2025年の一年間に書かれた思考の記録を、新たな視点で再編集したものである。
老い、身体、不安、お金、社会、国家、共生、宗教、死。
これらは本来、切り分けて考えられるものではない。
生活の中では、常に絡み合いながら現れる。
当初は「生命」「健康」「億り人」といった分かりやすい分類で整理してきたが、
書き進めるうちに、それだけでは収まりきらない
主題がはっきりしてきた。
そこで本書では、
文章そのものを書き換えるのではなく、
読み取るための枠組みを改めて与えるという方法を選んだ。
本書は、答えを与える本ではない。
むしろ、老いの中で人が何を考え、
どこで立ち止まり、
どこへ向かおうとしているのかを辿る記録である。
最初から順に読む必要はない。
関心のある章から拾い読みしてほしい。
これは完成された思想書ではなく、
一人の生活者が世界と折り合いをつけ直していく過程を
そのまま残した一冊である。
『生存としての金』
副題:成功より、撤退の技術
金は「夢」ではなく「不安の代替物」である
経済は個人を救わない
それでも人は、金に意味を与えようとする
この巻は「第二巻(心と不安)」の延長線上に書きました。
不安が内面なら、金はその外側の処方箋という位置づけです。
まえがき
金は、不安の翻訳である
人はなぜ、これほどまでに金の話をするのだろう。
老いよりも、死よりも、国家よりも、
私たちは日常的に「金」に触れている。
それは通貨という物体ではない。
安心の約束であり、未来の担保であり、
ときに自尊心の証明でもある。
だが、金は本当に安心を与えているのだろうか。
第一巻では「身体」を扱った。
第二巻では「不安」を扱った。
本巻は、その延長線上にある。
不安が内面の揺れだとすれば、
金はその揺れを外部に固定しようとする試みである。
投資、成功、億り人、自己責任。
これらの言葉は、いつのまにか
倫理や思想よりも強い現実味を帯びている。
しかし、その語りの奥には
「失敗への恐怖」
「取り残される不安」
「価値を測られることへの怯え」
が、静かに潜んでいる。
本書は金儲けの本ではない。
経済指南でもない。
むしろ逆である。
成功を語るよりも、
撤退をどう考えるか。
増やすことよりも、
失わないという態度。
金を目的にしないという選択。
それらを通して、
現代人の「生存」の輪郭を描こうとする試みである。
金は安心を約束しない。
だが、私たちはそれでも金を必要とする。
その矛盾の中で、人はどう生きるのか。
本巻は、その問いのためにある。
第Ⅲ章|働くという現実
まえがき
努力は報われるのか。
この問いは、
時代ごとに姿を変えながら繰り返されてきた。
昭和的成功神話と、
現代の流動的な評価社会。
働くという行為の意味は、
本当に変わったのだろうか。

