E=MC^2に、Y=1/Xの倫理的解釈をプラスして考えることができる。Mは、無い扱いにすると、慣性系について話しが成り立たなくなる。だから、無視できそうだが、無視できない。

遠い過去、或いは、近い過去に、在るはずの物が、無かったという仮説が成立する時、質量Mは、完全に無視されていない。また、この時、質量Mが無いと見做された時期には、エナジーは、質量保存の法則によって、他の物に移された状態で、現実に存在したことになる。

そういう意味でわたしは、人が予想する以上に近過ぎる過去に、地球が無かった可能性について否定することはできないと、語ったことがある。

倫理的な解釈と物理的な解釈という見方をすると、狭義領域のこととして物事を見た時に、物理学の先生というのは、物理学専門の現場作業員としても見ることができる。理学専門分野の先生からは、仕事の出来、不出来について、不満が出ていることについては、わたしも、大凡理解している。

倫理学の先生としては、善悪二元論を軸に、このように解釈したいところだ。


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