◼️母になること②◼️ | ■絨毛癌日記→臍帯血移植日記■

■絨毛癌日記→臍帯血移植日記■

◆絨毛癌日記◆
余命宣告は合計3回されましたがお陰様でセカンドオピニオン先にて寛解。3年の治療でした。
寛解2年目に採血にて芽球が!治療関連骨髄系腫瘍と。
これからどうなることやら




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子供が出来ないという事実も
ここまで闘病したことで踏ん切りがつきました

もちろん落ち込んだ日もあるし
泣きくれた日もある
やるべきことをし、いろんな副作用をも乗り越えたからこそ
結果、手術を受ける覚悟ができた

命を取るか、子宮を取るか
まで行ったからこそ
決断出来たんだと思う

もし もしも赤ちゃんがいたとしたら
その子の命か 自分の命かと問われたら
もちろん経験したことはないけれども
自分の命を差し出す人間でいたいなと思う

日にちが経った今
やっと 心の整理も 諦めもついて
少しずつ現実を受け入れることが出来ている
もちろん今も昔も
世のお母さんはすごいなと尊敬しています

まだ治療しているので
身体が痛い日、気分が悪い日
眠気に襲われる日ばかりです
もし、小さい子がいたのなら大変だったと思います
気兼ねなく、治療出来ることに感謝しています

両親も娘のわたしからみても
あんまり まともだと思えないし
身内も親族も交流がないし
小梨で良かったんだなと 今だからこそつくづく思います
わたしがした思いを 誰にも経験させたくないし
やっぱり血を引いているからこそ
これで良かったんだなと思います



数日前、母親が
死んだ祖父母があんたを守ってくれてるから
病気が治るのよ 的なことを言ってきた

正直、何言ってんのコイツと
気持ちが萎えた

意地悪でもなく、嫌味でもなく
実際問題、わたしが死にかけてたこと
見てもないくせに

病院に押し掛けてきたときと同じ


今更ながら
一緒に闘病してきました!
一緒にたくさんの事、乗り越えてきました!
みたいな顔されても困るし
何もしてないくせに 図々しいわって気持ちがある
大阪で入院してる時 両親共
1度も来なかったくせに
父親、なんかもってのほか
思い出しもしなかったくせに
心配してたとか今更ながら
図々しいにも程がある


話が逸れてしまってごめんなさい
また落ち着いた時に、ゆっくりと書きますキョロキョロ


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