7月21日。
安曇野の上高地へ行って来ました。
私がずっと行ってみたいと思っていた場所の一つでした。
朝8時頃、自宅を出発。まずは、沢渡(さわんど)駐車場を目指します。
沢渡駐車場から上高地まではマイカー制限をされているので、シャトルバスに乗り換え。
バスに揺られる事、約30分。上高地バスターミナルに到着。
現地には上高地散策マップもありますが、前もって、上高地の情報や散策の為の地図を用意していきました。
標高が高いからか、日差しは強かったですが、それでも平地より涼しさは感じました。
『上高地』
長野県西部の飛騨山脈南部の梓川上流の景勝地となっています。
中部山岳国立公園の一部ともなっており、国の文化財(特別名勝・特別天然記念物)に指定されているそうです。
標高は約1,500m。全域が松本市に属しているとの事。
「かみこうち」の名称は、本来「神垣内」の漢字表記だが、後に現在の「上高地」の漢字表記が一般的となったそうです。
「神垣内」とは、穂高神社の祭神・「穂高見命(ほたかみのみこと)」が穂高岳に降臨し、この地(穂高神社奥宮と明神池)で祀られていることに由来しているそうです。
穂高連峰や槍ヶ岳の登山基地ともなっています。
上高地は、飛騨山脈(北アルプス)の谷間(梓川)にある、大正池から横尾までの前後約10km、幅最大約1kmの堆積平野との事。
かつて岐阜県側に流れていた梓川が焼岳火山群の白谷山の噴火活動によってせき止められ池が生じ、そこに土砂が堆積して生まれたと考えられているそうです。
狭義にはこの平野のうち、観光名所として知られる河童橋の周辺だけを指す場合もあるそうです。
この高度でこれほどの広さの平坦地は、日本では他に例が少ないとの事です。
(参照:Wikipediaより)
いさ、散策に出発です!!
森林の中、暫く歩いて行くと・・・。
あの有名な場所に。
『河童橋』
上高地バスターミナルから歩いて5分位の所にあります。
最初の橋はいつ頃架けられたのか定かでないようです。
河童橋はかつて梓川の両岸から木材をせり出すように架けられた跳ね橋でしたが、明治43年(1910)に吊り橋となったそうです。
老朽化に伴い、昭和5年(1930年)、昭和32年(1957年)、昭和50年(1975)と架け替えられているとの事です。
現在の橋は平成6年(1997年)に架け替えられた5代目の吊り橋だそうです。
小梨平にある上高地ビジターセンターの入り口付近には、架け替えで取り外された2代前の河童橋の欄干が設置されているとの事です。
「河童橋」という名前の由来には、「その昔、ここに河童が住んでいそうな深い淵があった」とか、「橋のなかった時代、衣類を頭にのせて川を渡った人々の姿が、河童に似ていた」など諸説あるそうです。
芥川龍之介(1892年~1927)が、昭和2年(1927年)に発表した小説『河童』のなかで、上高地や河童橋が描写されていることで、その名が広く知られるところとなったとの事。
架けられた時期も、なぜ河童橋というのかもわからない謎の多い橋ですが、上高地の象徴として人々の心に印象深く刻まれています。
(参照:上高地公式HPより)
河童橋から見た穂高連峰。
今までにTVや写真、雑誌などでは何度も見たことがありましたが、初めて実際に見て、自然の雄大さに感動しました。
河童橋を渡り、暫く歩くと、人盛りが。
多くの方が写真を撮っていましたが、ここから見る穂高連峰もとても素敵でした。
この先は、もう一つの目的、穂高神社奥宮を目指し、散策。
穂高神社奥宮に行くには2ルートあるのですが、行きは、河童橋から梓川の右岸沿いを上流方面へ徒歩1時間強のルートで行く事に。
『岳沢湿原』
上高地バスターミナルから河童橋を渡り、木道が続く梓川右岸遊歩道を明神方面に15分ほど歩いていくと、岳沢湿原があります。
岳沢より流れ来る筋と善六沢が合流するあたりに広がる小さな湿原との事です。
サワラやチョウセンゴヨウなどの原生林に囲まれ、 どこまでも透き通った清らかな水が見られます。
湿原の上には展望ウッドデッキが設置されており、絶好の撮影ポイントとの事。
正面に見える六百山(標高2,450m)と立ち枯れの木、澄んだ湧水が何とも趣のある風景を創り出している。光が射し込む朝方は、特におすすめとの事です。
(参照:上高地公式HPより)
この写真は展望ウッドデッキで撮影。とても心落ち着く場所でした。
更に密林の中を歩いて行きます。
それにしても、水がとても綺麗です!!
暫く歩くと、梓川と川辺が見えてきます。
この近くに、穂高神社奥宮が鎮座しています。
少し長くなってしまったので、続きは別エントリーにて。