脱力もそうだが、楽譜をよく見て、というのもよくある注意の一つだろう。
楽譜を見る、読むことは実はとても難しい。
まず単純に、書いてある情報全てを把握することが困難だ。間違い探しゲームと同じように、人から指摘されれば、何故こんなものが…となることが多い。人間は見たいものを見たいように見てしまっていることが多いように感じるが、演奏は結局のところ人間のすることなのだから、もしかしたらそのままで良いのかもしれない。
それを完全に避ける必要があるのならば、現代なら簡単だ、AIか何かに画像を読み込ませて情報を箇条書きで出してもらえば良い。もちろんAIが演奏すれば良いなど全く思わないが、そもそもこのように情報のみを完璧に知ろうとする行為、もしくは読み落としを過剰に悪いことと見なすこともまた危険なように私は思う。作曲家への最大限の尊敬は当然だが、書いてあることを全て知っていること、表現していることが全て正義ではない。
そもそも、書いてある情報には優先順位が確かに存在する。そして、箇所によって意味も異なる。全てのfが同じ大きさなどと言う人はいないだろう。
ただ、だからと言って自分が見たいものだけ見ていればいいわけではない。自分が見たいものだけ見るのであれば、白紙の楽譜に全て自分で書けば良い。
そうすると、「自分はどう楽譜を読むか」という姿勢、バランスが大事になる。
そしてそれはどういう演奏をしたいのかという問いに繋がっていくだろう。
まあ、天才はきっとそんなことも全く考えずただひたすらに素晴らしい演奏をするのだろう。