「被害者を刺したのは、キッチンで、ですか」

「違います。寝室です」

「でも、あなたが倒れていたのは、キッチンですよね」

「和江が私を追いかけてきたからよ。刺したのは、寝室です。それから携帯で警察に通報しようとしたけど、出血がひどくて、そこから先は覚えていません。実際の出血もひどかったけど、精神的なショックで、気を失ってしまったのだと思います……」


 取調べは、朝の十時から夜の八時まで続きました。病院を退院してから私は拘置所に移され、取調捜査官に尋問されました。

 捜査官は二人いて、ひとりは田所という若い刑事。おそらくはまだ、三十代前半でしょう。一見しただけでは、インテリの好青年という印象でした。もう一人は矢田という中年の刑事でした。大柄で今時珍しい、黒ぶちの眼鏡をかけていました。

 二人とも刑事というより、普通のサラリーマンのように、私には見えました。物腰も、思っていたよりは柔らかいものでした。威嚇されたり、乱暴されたりということもありませんでした。私が女性だから、あるいは、マスコミがこの事件に注目しているからソフトな印象の刑事たちを付けたのか。そのあたりのことは、判りませんでした。


「私、冬眠体質みたいなんです」

「何だって?」

 田所が少しぎょっとしたように、私を見据えました。

「ロシア人の血が、少し流れているみたいなの。だから冬眠体質なのね。病院にいて、それからずっと拘置所に閉じ込められているでしょう。どんどん太っちゃって。もともと太りやすい体質だから。……朝から晩まで取り調べでしょ。ストレスが溜まっちゃって」

 田所は、押し黙っていました。

 私には二面性があって、心の中では常に冷静で醒めた自分がいるのですが、それを気取られまいと、表面的にはどういうわけか、必要以上に饒舌になってしまいます。しかし私が喋ったことを、刑事たちは決して否定したり、嘘だと決めてかかったりはしませんでした。これは私の過去の経験から言えば、例外的なことでした。

 私が何か喋ると、必ず相手はそれを否定します。あるいは強い猜疑をじっとりとその顔に浮かべて、黙り込んでしまうのが常でした。私はこの取調室で、はじめて最初から最後まで自分の告白を聞いてくれる相手に出会ったようなものでした。しかしそれでも、私の告白に対して刑事たちが、日増しに受身になっていくのがわかるのでした。


 尋問をするのはおもに田所のほうで、矢田はそれを聴きながら、パソコンで供述書を作っていきます。その間に、田所の質問が途切れてしまう時間が、日数を重ねるうちに多くなってきました。そうすると、私も黙り込むしかありません。

「……包丁は?それはキッチンで?」

 長い沈黙のあとに、突然田所が質問を再開します。

「いいえ。その日に和江が出刃包丁を持ってきていたんです。支離滅裂な言葉とともに、それを振り回したんです。私と彼女は、揉み合いながら寝室まで行き、和江が私の腕や腹部に切り付けてきました」

「それで、刺した?」

「はい。殺されると思い、その包丁を奪うと、相手に切り付けました。それからキッチンに逃げたんです……」


 そこから田所は、どういうけか質問を中断させ、再び黙り込んでしまうのです。この沈黙が、相手を消耗させるための作戦なのか、それとも単に、私があまりに感情を誇張して喋るので、困惑気味の反応を示しているにすぎないのか、そのあたりも不明でした。

入院から、六日が過ぎました。


 病室のある二階の入り口には、「関係者以外 立入禁止」の張り紙が、取り付けられていました。ドアの外にはマスコミが、常時、五、六人はいるようでした。私は次第に、自分の引き起こした事件の異常さを、否応なしに外側から理解させられるようになりました。

 


 夜更けにふと眼を覚ますと、個室の片隅に、見知らぬ男が一人、椅子に腰掛けていました。ここに入ってきたのを、見た記憶は、ありませんでした。他の患者の付き添い人が、居場所がなくて所在なく、そこにいるのだろうと、最初は思っていました。

 だがよく考えて見れば、ここは個室なのです。自分に関係のないものが、勝手に出入りする筈がありません。――大量に投与される注射と薬のために、まともな思考が奪われていたのかもしれません。

「誰なの」

 しばらくして男に声をかけたが、返事はありませんでした。部屋の片隅にはめ込まれ、蔵われている物体のように、男は身動きをしません。だが眠っているわけではなく、私のことを窺い、観察していることは明らかでした。 小柄ながらもがっちりした、年配、おそらくは六十近くでしょう。肉体に較べて小作りな顔は闇夜に白々と浮いて、どことなく不気味でした。


 私は枕元の、ブザーを押しました。やがて、看護婦が現れたので、私は眼の前にいるあの男は、誰なのかと訊きました。

「この人は刑事さんですよ」

 看護婦は、そう答えました。「富永さんは、付き添う人がいないので、病院から、特別にお願いしたんです」

「完全介護の病院なんでしょ、ここは。そんなこと、ありえないわ」

 顔の痙攣が治まらない、傷跡も痛む、私はそう口走りました。今すぐに、あの男に、出て行ってほしい。すると、黒い塊が立ち上がりました。何も答えないまま、刑事は部屋をでていきました。


 その日から、一日四交代くらいで、部屋にいる刑事が入れ替わりました。彼らは基本的に、ただ凝っと、座っているだけでした。向こうからは話しかけたりはしませんでした。

 二十四時間、私を見張っていたということです。

 刑事に部屋から出て行くように病院側に訴えても、聞き入れてはもらえませんでした。携帯電話のメールが見たくて、返してくれと言いましたが、「証拠品として押収されている」という刑事の返事でした。後でわかったことですが、家宅捜索もこの時進められていたのでした。この六日間で、強制捜査が行われ、おそらくは逮捕状がもう出てしまったということなのだなと、私は察知しました。


 十五日午後十時、世田谷署に置かれた捜査本部は、緊急の記者会見を開いた。席上、岡安信弘・捜査第一課長は、「第一通報者を逮捕した」と発表した。罪名は殺人。事件の際に一緒にいた金融ブローカー(三六歳。被害者の夫)の男性は、現在行方不明となっている。このためにほとんどのマスコミの関心は、第一通報者であるSMクラブ勤務の女性(二九歳)に寄せられている。金融ブローカーの男性は、六本木と池袋に数件の風俗店を経営しており、そのうちの一つであるSMクラブで第一通報者の女性と知り合い、愛人関係になったと思われる。



 

 これが、その当時、ネット上で流れた記事の一部です。自分の起こした事件が、マスコミの記事に載るというのは、全く奇怪な経験としか、言いようがありません。

 私は今でも毎日、起きるとすぐに、朝刊の三面記事の載っている頁を、開きます。そして、その部分だけを、時間をかけて、丹念に読むのです。この三年のあいだ、その習慣を、――いやもうそれは単に習慣ではなく、私にとっては沈痛な無言の儀式を――欠かしたことは、一度もありません。 今でも、何も身に覚えがなくとも、自分の名前がそこに載っているのではないか、ふっとそう思っては、新聞を開いて見るのです。


 愛人の妻を殺害 世田谷区 29歳女性を逮捕

 愛人の妻を殺害して死体を床下に隠したとして、世田谷区は十八日、豊島区池袋の金融ブローカー、小山田静雄容疑者(36)の愛人である富永由衣容疑者(29)を、殺人と死体遺棄の容疑で逮捕した。

 調べでは、小山田、富永の両容疑者は10日午前1時10分頃、自宅で小山田の妻の頭部を棒状のもので殴ったうえ、ナイフで刺殺し、台所の床下収納庫に遺棄した疑い。小山田静雄容疑者は、現在行方不明となっている。



 

 これは、新聞発表された記事です。私は、小山田の愛人であり、同時にSMの「パートナー」であるということから、当時は「愛憎関係と肉欲のもつれ」などという、派手な見出しで、写真週刊誌にまで、私の事件は取り上げられたのです。


 結果的に、無罪を言い渡されたのですが、マスコミが私のことを、これほどまでに大きく報道する必要があったのか、――私は今でも、そのことに、疑問を感じています。しかし憤りは、現在はありません。自分の過去を、どこか俯瞰しているような、冷めた、乾いた眼で眺めています。

 三面記事を毎日丹念に読んでいればわかることですが、意外なことに、私のようなケースは多いのです。

「逮捕」という見出しと同様に眼につくのが、「無罪」の文字なのです。「無期判決確定」などの記事も、もちろんありますが、「無罪」の記事はそれと同じくらい、いや、もっと多いのではないでしょうか。証拠不十分であったり、捜査段階の自白には信用性がないとして、無罪になってしまうという記事を、私は数多く、眼にしてきました。


 

 この三年のあいだ、私はこれといった定職に就かず(就こうとしてもできなかったというのが正しいのでしょうが)、お金がなくなれば、またSMの仕事を始めたりして、だがそれも結局は長続きせず、一日のほとんどを自宅で、本を読んで過ごしました。

 そしていつもこの疑問が、私の裡から離れなかったような気がします。冤罪事件ならば、なぜマスコミはそれを報道したのか。事件を通過した、これらの「生き残った人たち」はその後、どんな人生を送っているのか。

 


 三面記事というもの、――あれは、言ってれば、欲望の不完全な縮図です。そこでは成就されなかったさまざまな欲望が、曖昧な、捻じ曲げられたかたちのまま放り出されている。

 その欲望が、完全に成し遂げられていれば、つまり犯罪として人目に触れることなく遂行されていれば、新聞に載ることがなかったわけですから、そういった意味では、完全な欲望のかたちをとっているものは、一つもないわけです。

 その中途半端さ、痙攣的な未熟さといったものに、私はどういうわけか、強い関心を惹かれるのです。

今回は、私が捕まった日のことを書こうと思います。


 自分の書きたいことを、思いつくまま、断片的に書いていくやりかたですので、書かれてある内容の時間が前後してしまうこともございます。今後も内容に矛盾があったり、とりとめがないことを書き連ねてしまう回もあるかもしれません。もともと、恣意的な性質の手記です。どうぞお許しください。


 大部屋から個室に移った翌日、まるで待ち構えていたかのように、私のいる病室に担当医が来て、こう告げました。

「警察が話を、訊きたいと言っている」

 私は、今は躯がきつくて、とても話しに応じられる状態ではないと断りました。その時、脇腹と左腕を刺され、手術してからまだ、二日しか経っていなかったのでした。出血が多かったために、腕には点滴の針が差し込まれ、運の悪いことに、生理も始まっていました。 

 しかし、医師は私の返事を、廊下にいる警察の人間に報告しようとはしませんでした。何とか事情聴収に応じて欲しいと、執拗に迫ってきました。

「大部屋から個室に移らないか」ともちかけてきたのは、医師のほうからでした。私は入院費が嵩むのが心配で、大部屋のままでかまわないと返事をしました。すると医師は、

「差額は病院側が負担するから」という、少し驚くような提案をしてきたのです。それで私は、個室に移ることになったのでした。

 結局、私の承諾を得ないまま、不意に枕もとのスタンドをつけられました。夜の八時過ぎ、消灯時間をわずかに過ぎた頃でした。二人の男が個室に入ってきました。一人は白髪頭で、短身猪首。もう一人は四十歳くらいの、ほっそりとした、まるで歌舞伎の女形のような優男でした。二人とも名乗ろうとはせずに、ベッドから少し離れたところに立ったまま、眼だけでこちらに会釈をしてきました。そのやり方が独特だと、私は思いました。


(まるで、囲いを解かれた獣を見る眼だ) 

 私はそう感じました。意思の疎通ができない獣を、これからどう扱ってやろうかと、遠巻きに窺っているような、冥い眼――。

 私は今更のように気付かされました。個室への移動と警察の事情聴収は、段取りがあらかじめ、仕組まれていたものなのです。大部屋では、事情聴収はやりにくいので、おそらく警察からの要請があり、病院としても他の患者への迷惑になると考えて、個室移動を打診してきたのでしょう。

「これは任意の捜査なので、話したくないことは話さなくてよい」という主旨のことを、優男が早口で告げてきました。それで私は、まだ自分に逮捕状が出ているわけではないことを知って、少し安堵しましたが、逆に名乗らないまま尋問をはじめようとする男たちに、腹が立ってきました。

「人に何か訊きたいのなら、あんた達、名前くらい言ったらどうなのよ」

 私がそう言うと、優男のほうが、

「私は山口というもので、世田谷区の警部をしている。こちらは、警察署長の木島さんだ」と、やっと答えました。

 それにしても、刑事とばかり思っていたら、警察署長と警部とは、いったいどういうことなのでしょうか。この事件は、そんなに大きく取り沙汰されているのか、私は訝りました。入院してから、いやそれよりもずっと以前から、新聞もテレビも見ていませんでした。外で何が起きているか、まったくわからない状態でした。

「富永さん(私の姓です)、いったい何があったんですか、正直に言ってくださいよ」

 木島署長がそう言いました。もうすでに、お前は逮捕されているんだといわんばかりの、容赦なく詰るような口調でした。私は怒りで、眩暈がしてきました。

「殺されると思ったのよ、和江に――」

 和江というのは、小山田の妻の名前です。

「それで、刺したの」

 警部のほうがそう言い、何かを促がすように、署長に目配せをしました。小さく署長が頷き、手に持っていた茶封筒の中から、絵葉書を取り出して、私に手渡してきました。

 葉書の表面には、フランス人形を描いた油絵が印刷されていました。下のほうには、「小山田和江。個展。蓼科画廊。ご高覧をお待ちしています」という文句、そして画廊への簡単な地図が印刷されていました。

「和江って、画家だったの。はじめて知ったけど」

「違うよ。彼女は眼医者をやっていたんだけどね、結構、暇だったみたいね、その個人医院」警部が答えました。「それでこういうことを、趣味でやっていたわけですよ。その個展の最初の日付を、見てごらんなさいよ」

 私は言われるままに、日付を見ました。十二月十日から十五日まで。十二月の、十日――。


「ねえ。事件のあった日なんだ。おかしいでしょう。被害者は個展の初日、画廊に顔を出す予定だったんだ。ところが、主催者なのにその会には出席しないで、あなたと小山田のいるマンションに行っているんだ。どこか、不自然だよねえ」

「被害者?和江は、死んだの」

「やめようよ、そういう、――は」あとのほうの声を笑わせたために、警部が何を言ったのか。聴き取ることができません。囀るような笑い声で、女の嬌声を思わせるものでした。


 私は、手渡された絵葉書を丹念に眺めてみました。絵としてはひどいものでしたが、殺された和江の作品だと知ると、その描かれたフランス人形からは、俄かに、不気味な魅力が発散されてくるようでした。 凝っと見入っているうちに、神経の先端が探られて、迫り出されてくるような感覚にとらわれました。自分を支えてくれる力を暈されてしまいそうで、危ない気がしました。