昔、文京区の根津にいた頃、ひょんな事から、立川談志師匠と顔見知りになった。
僕は談志師匠のマンションの隣のマンションに住んでいた。
朝、けっこう早起きな師匠とよく会い、「おはようございます」と挨拶すると、「おうっ!」 と気さくに返してくれた。
街でバッタリ出会うと、気軽に声をかけてくれた。
その談志師匠が亡くなった。
一番大好きだった街の思い出が一つ消えた。
立川談志師匠のご冥福をお祈りいたします。 合掌
僕とオヤジは、子供の頃から 野球と釣り で繋がっていた。
 
オヤジは、医師をしていた祖父が、サイドビジネスで設立したバス会社を、長男から引き継ぎ社長を勤め、今年退職し、今は会長を勤めている。
その会社の後継の話が数年前に出たが、僕は継がなかった。
その為、祖父・叔父・父と継がれた会社は、僕の代には人手に渡る事になる。
 
オヤジは自分が会長を退いた後には、3代引き継いだ会社が人手に渡る事を無念に思っているだろう。
そのくらい僕にもわかる。   それでも、一度も無理やり継がすような事は言わず、黙ってこの結論に至った。
オヤジと釣りに…随分久しぶりだ。
 
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子供の頃、オヤジに何度も連れて来てもらった道を、僕が運転して、子供の頃釣りに来た時の思い出話をしながら、釣り場へ向かった。  
2年前に手術してから、一段と老化したオヤジと釣座を並べて釣をする。
老化しても、やっぱり釣りのテクニックはオヤジが上だ。
釣りも野球も、オヤジから教わった。
しかし、オヤジが本当に教えたかったのは、仕事だったのかも知れない。その道を、僕は選ばなかった。
バス事業に将来性は無い。  オヤジが僕の年齢だった頃、約150台保有していたバスは、今は約半数の75輌にまで減った。
会社の衰退と共に、オヤジも小さくなった。野球と釣りが、親子の架け橋。 
僕は、オヤジのように、真っ当な生き方はできないだろう。
 
ちなみに釣果は…
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今年もあと1ヶ月半を切った。

なんとなく自分で、長生きできる人間じゃない事がわかる。やりたい事を残しちゃいけない。
今年やり切れなかった事を、来年はもっともっとやろう。
今年リリースするはずだったCrystal Emblemのアルバムをリリースしなきゃ。
同時に、ソロ作品も作りたい。

車も…来年はもっと突き詰めていきたいから、備北サーキットで毎年シリーズ戦が行われている、「軽四耐久レース」に参戦するため、チームを結成した。
これから、来年の開幕戦参戦に向け、急ピッチで準備を進めていく。
いま、1日が24時間では足りない。
命を削ってでも、やりたい事をやり切りたい。
こんな時、一番自然にエモーショナルな曲ができる。経験上、1日が24時間では足りない時に、いい曲ができる。
とりあえず、来年一年は生きていたいかな。