DOCOMOのCMで、AKB48の前田敦子が、過去の自分と共演しているCMがある。

あのCMを見ると、感慨深いものがある。

もし、本当に夢を叶えた自分が、夢に向かって頑張る自分に会えたなら、どんな事を思うだろうか…。

一年先の自分が全く見えなくて、不安に震えながら、夢を追った頃が僕にもあった。
あの頃の自分は、今の自分に何を問いたいと思うのだろうか?
今の自分は、あの頃の自分に何を教えてやるのだろうか?

あの頃の自分へ…

今も僕は、ギターを弾いています。
今も僕は、歌を唄っています。
今も僕は、ステージに立っています。
今も僕は、いつまでも大切にしたいメンバーとバンドをやっています。
あの頃、お金も時間も無くて、やりたくてもできなかった、自動車競技を、今はやっています。
今まで出会った、どんな人よりも、僕を大切に想ってくれる人が、今はそばにいます。

それでも、今もまだ、とても満足できる人生を手に入れる事はできていません。
今もまだ、あの頃と同じように、がむしゃらに努力しています。

Crystalが再結成して、初めて曲を書いた。
この一週間、本当に頭がパンクしそうなくらい、色々な事があって、色々なタイプの人間を見て、熱が出そうなほど、色々な事を考えた。

そんな今だからこそ、どうしても唄いたい曲を書いた。


誰かを想う気持ちは、どこまでも、綺麗で雑じり気が無く、純粋でありたい…
そんな思いを込めた曲、今だから唄いたい。Crystalの曲を聴く人、全てに伝えたいメッセージを込めた曲。

明日はCrystalのリハ。 この曲が採用される事を願う。

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年末年始に、懐かしい人と関わり、昔を思い出す。

年末、いきなり数年ぶりに、かつて東京でやっていた、The Punch Rockersのボーカルから電話があった。 懐かしい話に華が咲き、年始にそのバンドのドラマーが、今年春に結婚する婚約者を連れて来てくれた。
3回メンバーチェンジしたThe Punch Rockersで、不動のメンバーだった僕とボーカルとドラム。
彼らと闘った日々を思い出し、今を思う。
当時、まだギタリストとして活動していて、女性ボーカルのINFINITYというバンドをしていた僕は、ベースと折り合いが悪く、僕が持って行ったブッキングの話を、ベーシストに無視されてしまった。
それでもライブがやりたかった僕は、自分のソロプロジェクトとして、The Punch Rockersを立ち上げた。
1995年12月、初めてのライブは、市川CLUB GIO。500人キャパの会場に、客5人という洗礼の船出だった。
その後1997年3月に、元Concerto Moon、現グランロデオの長井一郎氏と一緒に企画したライブで、同じ会場をほぼ満員にしたが、1997年12月に正式なメンバーを定めて活動してからは、なかなかベーシストに恵まれず、目黒ライブステーション、池袋サイバー、新宿ロフト、などで活動するも、常に苦戦を強いられた。
それでも、ツアーで帰った岡山ペパーランドでのワンマンで60人を動員したり、Concerto Moonと共に再び岡山ペパーランドでやった時には計130人を動員したり…と、年末年始に電話したり会ったりした二人とは、色んな場面で喜怒哀楽を共にしてきた。
今、そのメンバーの中で、現役で活動しているのは僕だけだ。 当時ギタリストだった僕は、今はボーカルとなって活動している。
これからも、限界まで活動していくつもりの僕は、Crystalのメンバーと同じように、かつての その二人のメンバーにも最大の敬意をはらっている。
彼らに、これからの僕の活動を見守っていてもらいたいし、機会あれば、いつかはThe Punch Rockersで音源に残せなかった曲を、音源にしてみたい。