ブログって
何を書いていいか分からないのだ。
反対語である何を書いてはいけないか、は凄くわかるのに、何故なんだろう。
書いてはいけない事が分かっているにも関わらず、書いていい事は分からない。
ムジュンしている。

事の発端は、ある人がもっともらしい事を言ったのである。

「三ヶ月以上毎日更新したブログサイトは、人気になる可能性が高い」

なんとなく確かにそうかもしれないと思わせるものがある。
残念な事に、実際の根拠となる事実自体は伺えなかったが、まあそうだろうなあと感じるだけの説得力がある様に感じたのである。

しかし

しかしである。そんな事はそもそも分かっているし、三ヶ月も毎日書くのはなかなか出切る事ではないと思うのである。
結果、私には無理だ。

というかそもそも私がブログをはじめたのは、文章を書くことが嫌になって、活字を見る事すら嫌でしょうがなくなったから、そのリハビリをしようと考えたからなのである。
他人の目に触れないただの日記でも良かったが、「他人の目に触れるかもしれない」という緊張感があった方がいいだろうと考えたのだが、実際、なにひとつ緊張感を感じないから不思議だ。
これが、実際不特定多数の目の前で書くとなると、もの凄い緊張感があると思うのだが……。
ともあれ、そういう理由だから、まあ実際は人気がどうとかはどうでもいいんだけど。

しかし、以下のブログサイトである。
http://ameblo.jp/moja-toneken/

偶然というかなんというか、ちょっと見てみる機会があったのだが、
なにやら、よく分からない声優さんのブログらしいが、注目すべきは今月である。
どうやらラジオの企画だかなんだかで、一ヶ月毎日更新しなきゃ罰ゲーム的な事をやっているのである。
なんだか友人にブログを書かせたりと卑怯な事を行っているが、私の注目しているのは。
毎日書く事で、技術は向上するのか
という事。
嫌々であろうがなんであろうが、毎日書くというのは凄い事だと私は思う。
それを一ヶ月という短い期間ではあるが、続ける事で、文章で魅せる技術に向上が見られるのか、という事である。
だって彼は、一応職業がら他人に見せ、受け入れられる為に書いているといっても過言ではなかろう。
どだい、ブログに限ったことではないが、短いストーリーで人に面白いと思わせるのは大概まず表面である。中身はそんなに重要ではない。
一発ギャグに中身はいらないし、すべらない話は中身より話術が重要であるように、
文章もそんな感じだと私は考えている。
だから、上記のブログの主も今月の終わりには今以上に面白くなるのだろうかという事なのだ。
それがもし今以上にならなかった場合は……私はブログを書くという行為の意味を失う。
他人の行動で結果が分かるのは、とっても楽で興味深いよね!!


急に思いましたが、イザナギとイザナミの子作りの会話ってね。
お互いの身体の構造を尋ねあって
「私の体には一つだけ足らない所があります」イザナミ(女)
「私の体には一つだけ余っている所があります」イザナギ(男)
 
「私の余っている所と貴女の足らない所をあわせてみたらどうでしょう?」イザナギ(男)

的な感じだったと思うけど、すっげえ間接的なようで直接的な、考えているようで雑な感じがしますね(個人の感想です)
あわせてみたらどうか? って発想がね、学術的ではなくて最早願望的、つまりあわせたいんだよ感を感じるんですよね。

それは置いといて。

詩人のインタビュー的なものがテレビでやっていた。
詩を書くっていうのは、書く、ではなくて書き留めるなのだと。
自分の想いを書くのであれば、一回しか書けない、それ以降は嘘になる。
実際は感じた事を書き留めるのである。
つまりアクティブ(能動的)ではなくパッシブ(受動的)だ。と語っておりました。

うーん、確かにそうだと思うんだけど、なんだろう、いまいち釈然としない。
完全なるオリジナルってのは世界に存在しない。
何かの模写を組み合わせてオリジナルが出来るんですけどね、彼は、オリジナル、個を否定したい訳じゃないと思うけど、
なんか、根本的な考えから私と違う様に感じた。一回話しをしてみたいけど、名前も忘れちゃったw
確かにね、作家でも言える事なんですよ。経験してきた事を重ねて、考えてきた想いを重ねて、作品の骨組みが出来る。
でも、私が言いたいのは、物書きってのは、基本的に嘘つきであって、それは人間自体嘘を付く生き物であるからこそであると思う。
そして、詩人もまた、嘘つきだと思う。
だから、嘘を否定する詩人や作家は信用できない。
嘘の無い人間って、単純でつまらないと思う。
タイトルの通りなんですよ。
書くのも読むのも見るのも無理だ……。
頑張って頑張って描写をしようにも、なんだろう、ピタっと止まってしまうんです。
恥ずかしいとかじゃないんだよね。
思うに、自分自身が、「これは何が面白いんだ」って思って書いてるから、つまらないんだと思う。
で、結果箇条書きみたいな文体になってしまう始末。
元々三人称でやってきたのに、一人称でやろうってのにも無理があったんです。
でも、自分はコレなんだ! って出来る範囲を自分で決め付けるのはもったいないし。
どうしたもんかなあ……。