凄く大衆が怖いと思った。
私はどちらかというと外見より中身を重視するタイプです。
だから、言葉そのものより、その中身を重視してます。
でも、こういう場でのスピーチは自分の言葉じゃない事は、皆分かってると思ってた。
スピーチライターの書いた台本を、演じて読み上げるものだって認識してた。
例えば舞台は、第3回公演のときと、第4回公演でセリフ同じじゃん! って言う人って居ないんじゃないかなあ。
平和祈念式典って、「変わり続ける」必要ないと思う。
毎回同じ事やって、同じこと言うくらいで良いと思う。
だって、その方が、「変わらないもの」の方が記憶に残るんじゃないのかな。
重要なのは、この場合気持ちだけだから。

そんな事より。

そんな表面的で形式的な言葉から、中身を批判されるんだ、って思うと、凄く怖くなった。
自己紹介とかも、「おい、●●社の面接のときと同じじゃないか!」とか言われるんだろうか。
別に、その時の心情としては必死かもしれないのに、そんな批判のされ方したら、もうどうしていいか分からない。だってさ、自己の人生観や価値観は変わってないのに、毎回同じこと聞かれたり、同じテーマに対してコメント求められるたびに、コロコロ中身替えなきゃいけないのか、って思うと喋れなくならないだろうか。
怖いです。世の中も人間も、怖いですね。
自分の人生に、意味や価値が無い。と思っている方、その通りです。
正しくは、貴方がそう思っている以上は、そうなのです。
神は居ると思いますか? 居るとすれば、それはあなた自身です。
あなたは、世界の全ての意味や価値を定義する権利があります。
あなたは、自己の内外の世界に干渉し、変化を与える権利があります。
その気になれば、奪う事も出来るでしょうし、生み出す事も出来るでしょう。
だから、もし、人生になんの意味も見出せない時に遭遇したら、
それはあなたの脚本が悪いだけ。
今すぐ書き直してしまえばいいんです。
もし、辛くてどうしようもない瞬間に遭遇した場合は、チャンスです。
面白いストーリーに悲劇は付き物、とびっきり面白い美談を創ってください。
前向きに生きろとは言いませんし、死ぬなとも言いません。
今を生きろとも言いませんし、堅実に生きろとも言いません。
あなたは、これまで多数の命や権利を奪ってそこに居るのだから。
悲観的になる必要はありません。あなたは神なのですから。
悲観的になったほうが、演出として面白いならそうしてください。
楽観的な世界観は、刹那的な面白さですから、長く楽しむ為には、悲観的な方がいいかもしれません。
だから、あなたのそのとびきり面白い世界が一定の成果を成した時。
その話を少しだけ、私に話してくれませんか?
私はいつまでも待ってます。

もう一度言います、あなたは、あなたの世界の神なのです。
すべては、あなた次第なのです。あなたに権利があるのです。
思い通りに世界の事象を変える事は出来ませんが、
それ自体の意味や価値は、あなたが定義する事が出来ます。
あなたの人生において、起こることすべてを定義し、それらをあなたの人生の一部として
形成する、あなたの物語の創造主。
私は、楽しみに待ってます。





ふと、そう思ったのである。
構成作家とかやってみようか。
テレビ、ラジオのバラエティ番組作成とか、燃えそうでしょ?
今まで見てきたから「面白い事を言ったり行ったりしなくていい」という独自の理論も生まれたくらいである。
要するに「面白気な雰囲気の演出」さえできていれば、そんなに面白い事しなくても、面白く思えるものだ。
この辺りは、詐欺師のセールストーク理論に通づるものがあるように思える。
実際に価値があるかどうか、という事はさして重要ではないって事。