2018年11月11日、日曜日。 | 滋賀・高島の機屋・サダ杉岡のブログ

滋賀・高島の機屋・サダ杉岡のブログ

滋賀の高島という地域で機屋をしている今年53歳の男のブログです。
仕事のこと・家族のこと・日々の日常で感じたことなどを綴っております。
大したことは書いておりませんが、それでもよろしければご覧ください。

明日、下の子が9才になります。


先週水曜日、上の子が13才になりました。


それらを兼ねて今夜。


市内のアレルギーケーキの先駆者であるFamille(ふぁみーゆ・ファミーユ)さんで予約していたケーキに入刀をさせていただきました。


我が家にとって馴染みの深い、豆腐クリームのケーキの味に、ヨメが「わたしが作ってきたケーキの味とやり方で正解やったんや、よかった。」とポツリと漏らした台詞。


互いが互いをおもいやり、その結果が奇跡的に正解を導く。


これからの人類の存続の鍵のようなヒントを見た気がしました。


そんな一日。


朝は6時に目覚ました。


もう少し寝たかったのですが、子どもたちがキャッキャ言ってるのに、寝られるわけがなく。


朝食。


梅干し、味噌汁、玄米ご飯。


そしてなぜかレバー。


ごちそうさまでした。


午前中、うとうとしながら、同じく留守番の上の子と話しをしながら、時間を過ごします。


こういう時間が、わたしの癒し。


これがあるから、仕事を頑張れる気がします。


昼食。


無理を言って、赤いきつねを作ってもらいました。


カレーライスとともに。




赤い星が、先週の上の子の誕生日の名残。


わたしがいなかったのは、親として痛恨です。


赤い星のあと、赤いきつね。


ごちそうさまでした。


またうとうとしたあと、12時を周り、所属していた高島青年会議所のイベントが行われるということで、市内今津の高島市民会館へ。


山本昌さんの講演会!


実はわたし、大卒後の4年ほど、愛知県の機屋さんで仕事をしていて。


名球会に居られることはスゴいことですけど、それ以前に山本昌(広)さんはレジェンドなんです。


わたし自身、神奈川県にすんでいたこともありまして。


茅ヶ崎のご出身で、なおかつ愛知県のチームにおられた昌さんには、親近感を勝手に抱いていました。


(顔が似ている、ということもよく言われたりします。あと三代目魚武濱田成夫さん、レイザーラモンRGとも似ているので他人と思えない)


楽しみにしていた講演会。


トラブルがあったら国に帰れなかった日程なので、敢えて申し込まなかったのですが、昨日、青年会議所の後輩の人たちに聞いたら、「空きがあります」とのこと。


名球会に所属している人の講演会が、無料で、高島市内で聞ける!


そんなチャンスは滅多にない。


一流の人の話は、どのみちでも繋がる何かが、必ず、そこにあるはず。


なので


本当はうちの子達と来たかった。


でも、上の子は「恥ずかしいから」となぞの理由でお断りに。


こういうことなんだろう。


機会を逃すということは。


我が子であっても、首に縄を連れて来れない時代。


半分喜び、半分忸怩たる思いで、講演をお聞きすることにします。


高島市民の方々より、よそのまちからの一般市民の方が多かった気がしました。


よその方の方が、このイベントの魅力をわかってらっしゃる。


高島市の良いところも、きっと同じようによその方のほうがご存じなのでしょう。


こういう「良い」イベントを発信できていないこと


こういう「機会」を逃すこと


こういう「現状」がまさに今の高島なのだろうと思います。


確かに忙しい時期です。稲刈りも終わり、農業的には一服の時期。法事もあるし、秋ならではのスポーツのイベント、文化的なイベントもたくさんあります。


(食だって美味しい。)


そのことに、大事な教えをいただける機会が負けてしまう。


それが今の高島。


見ていてツラいけど、こういうことを受け止めた上で、まちづくりをしていくしかありません。



個人的に、おそらくミヅホ工芸さんの作品だろうと思われる、イベント看板がツボでした。


ナゴヤ球場時代。


堅田高校出身・都裕次郎投手が在籍していたときのデザインである、水色に近い青と、赤が使われているデザインが美しい。


グッジョブです!


進行、岡本顕典くん。


うまく進行されていて、ハラハラはしましたが、よかった。



杉橋理事長に代わり、松本副理事長が登壇され、会を代表して挨拶されました。



高島青年会議所が50年を迎えたこと。


それでこういう事業ができること。


高島青年会議所はこんな組織だ、ということ。


若い力が集まって、細々と活動していること。


松本くんは、いつでも本当にきちんと伝えようとしています。


その辺りが、今までの理事長が出来なかったこと。また、しなくてもよかったことをせざるを得なかった事情があるにせよ、すべてをかぶり、やってくれている、ということに、素直に感銘を受けました。


他のメンバーさん方も、懸命に動いている。


感銘しました。もっともっと、協力しないといけませんね。


講演会の様子は、撮影NGなので、写真はありませんが。


素晴らしい話をしていただきました。


山本昌さんは言いました。


「プロ入りしてすぐのキャンプ。当時主力の小松辰夫選手、鈴木孝政選手などの投球を見ていて、無理だと思った。」と。


その結果、数年を経て、自分にあった変化球を見つけ、それを活かして成績を残せるようになったと。


その土台を作ったのは、日々の努力だと。


・補欠の状態が続いた中学校二年の自分は、ある日、夜寝る前のランニングを始め、それをずっと続けた


・すると三年の引退前の大会で投げる機会ができて、好投することができた


・高校のときは、打ち込まれた試合のあとで、先輩の誘いで、学校に早く行って走ることを始めた


・その結果、二年のとき、先輩の投手と揃って好投が出来たが、最後は自分のせいで負けてしまい、悔いが残った


・結果として、そのランニングなどを続けて培った力が、今の自分を支えているのでは、と考えている


というような、私たちの知らないような話ばかり(ほかにもたくさん)をしていただき、同時に、子どもたちにも非常にためになる機会となった気がします。


これ以上書くと、良くないのでこの辺で。


すべてにおいて、野球の話だと思って聞くも良し、人生そのものだと思ってさらに深く意味合いを探すもよし。


良いお話でしたし、帰って子どもたちに聞かせようと思います。


山本昌氏、ありがとうございました。


青年会議所の皆さん、とにかくお疲れさまでした。


これからも、こういう活動を続けていって欲しいです。


その事自体が、貴重な資産になるはずです。


まちにとっても、ひとにとっても。


今は実りが見えなくても、そのうち結実すると思います。



駐車場で、同級生の伊妻さんに会ったので、彼女が当たったサインボールを記念に撮らせてもらいました。



「名球会」という字が美しい。


拝見させていただき、ありがとうございました。


帰宅。




おやつを食べて。





一息。


それから、昼寝。


休めるときに、休みたい。


夕食。


下の子とヨメが出掛け。


上の子と二人で食べます。

 
巻き寿司。


美味しかったです。


ごちそうさまでした。


続いて。


下の子とヨメが帰ってきて、ケーキカットに。


ふぁみーゆさんのケーキの箱。


撮影する下の子。




それを撮影するわたし。




やはり、とてもキレイにケーキを作られていまして、感動しました。


卵、小麦、乳を使っていないケーキ。


作っていただけて、とても嬉しいです。




上の子も。



下の子も。


11月生まれ、おめでとうございます。



わたしも、お相伴をさせていただきます。


豆腐をメインにしたクリームは、とても爽やかでした。おそらく米粉のスポンジは、わりに しっかりしたお腹へのたまりかた。


美味しかったです。


ごちそうさまでした。


日曜日も終わり。


明日から、また頑張ろう。