2017年1月22日、帰国・帰宅。 | 滋賀・高島の機屋・サダ杉岡のブログ

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滋賀の高島という地域で機屋をしている今年53歳の男のブログです。
仕事のこと・家族のこと・日々の日常で感じたことなどを綴っております。
大したことは書いておりませんが、それでもよろしければご覧ください。

クアラルンプール空港の夜。


飛行機が遅れているような、そんな気がして確認したところ・・


出発時間が2350から0430に変わっていること


ゲートが今いるところから変わっていること


等に気づき、あわてて当該ゲートに向かったのが21日の深夜。


道理で・・


どんどん、人がいなくなるなあと思っていました。


向かったゲートそばには、既に仮眠するのに良さげな場所は余っておらず、結局わたしと平山氏はもといた場所で寝ることにしました。




きれいな空港で、立派なのですが。


こんなに、居ることになるとは思いませんでした。


胸騒ぎがしていて


ジャンパーを、預け荷物にしておらず本当によかったです。



マスクをすると、ある程度の寒さはしのげます。




リュックサックを枕にして、そこそこ本気で四時間ほど、眠ります。



一時間寝ては起き、回りの様子を見て、そしてまた寝て。


もともと外は30℃あり、寒くはないので、毛布もなにも配られませんが、寝るための空いている場所が多くてよかったです。


時計が0330になり、平山氏を起こし、ゲートチェックインに向かいます。


春節の、赤い提灯の飾りつけが、寝起きの目にはこんなに寂しげに映るのか、という印象です。



ここの空港は、ゲートチェックインに際してまた荷物チェック(二回目)をされるので、今日などは、よりによって買った水を没収され、これ以降は買う場所が与えられません。


列に並んだあと


係員の前で500mlの水ペットボトルをイッキ飲みして、係員の女の人にうなずいてもらう、という深夜ならではのおかしなやり取りのあと、無事ゲートイン。


あまり待ち時間なく、搭乗。





いやいや、本当に大変でした。


風呂も入っていないので、顔がテカテカです。





わたし自身、飛行機ではあまり眠らないのですが、今回は軽食のあと、照明も早めにおとされ、有無を言わせず就寝タイムになったこともあり、眠りにつくことにしました。


こんなに


機内が一体化して、睡眠に向かうことはとても珍しく思えました。




静かな機内なので、余計にまたよく寝られたという感じです。



ちゃくりくの二時間前ほどに、食事タイムとなりました。


珍しく、パンを食べました。



ことのほか


普通の食事が美味しく思えました。


11時過ぎ、関西空港付近へ。





なんとか、11時半過ぎに着陸。



昨日の出航予定時間から、約12時間をかけて着いたので、まるでヨーロッパあたりから帰ってきたような疲れた気分です。


関空からはるかで京都へ。




まあ、ここでもまたよく寝れました。




日本国内にいることの携帯電波の状態を含め、安心感はやはり半端ないものです。



大阪の街並みを見つつ・・




京都へ。


京都駅でご飯を食べるつもりが、もう早めに帰ろうか、ということで連絡よくのれた湖西線でそのまま、高島市まで。






湖西線で座れたのは本当に有り難かったです。




だんだん人が減っていくのに逆行して・・



だんだん雪が増えるのにビビりつつ、琵琶湖が見られる安心感を得ます。






旅のお供の平山氏は、日本国内に帰ってくるとすっかり、携帯ゲームの虜となります。



海外ではあんなに輝いていたのに。


若い人にとって


携帯ゲームよりも面白いことがないような、日本の今の現状が良くないのかな。


などと思いつつ、車窓を眺めます。





おいおい。


雪、多すぎやろ。





これでまた、明日から降るとか・・


嘘やん。


そんなことを思いつつ


帰宅。



ご飯も味噌汁も美味しかったです。


昼寝したあと、夕食に。


お刺身、美味しかったです。




ごちそうさまでした。


下の子が、ジャカルタで夢に出てきましたが、実物は少し髪が伸びていました。




上の子も、同様に夢に出てきました。




彼らのいるところが、わたしの帰る場所なのかもしれません。


今回もタフな旅でしたが、そういうことを理解することができた、貴重な機会だったのかもしれません。


明日から普通に仕事。


それもまた、有り難いことですが。