日付が変わり、2時半をまわったころ、食べ物が配られました。

わたしから見れば、待望の食べ物。
寝てる人が7割、いやそれ以上。ビールも飲みたかったし、食べたかったし、起きていて良かったと思いました。

食べ物は、アイスクリームかと思ったらまさかのパイ、しかもカレー味のパイでした。
また、残念なことに、ぬるいビンタンビールがよくあう。
ごちそうさまでした。
うとうとしていたものの、五時くらいから、窓を開けて閉めない人が居て、眩しくてCAさんに言って閉めてもらいました。
ところが、そのCAさんは他の窓は閉めない、結果他の席が眩しくてまわりがざわつき、でもその人たちは閉めろとも言わない、当事者の人も閉めない。

日本人は「ええ人」が多いのですが、とにかく言わずに我慢する人も多いし、意外と、自分のしていることにも気づかないことも多いように思えます。
デンパサール便だったこともあり、30代くらいの、比較的、自由に生きていそうな女性が搭乗者で多かったのですが、遅れて乗って来た人もおおむねそんな感じの人たちでしたし、あまり他の人のことに構わないという感じ、ありありです。
「飯なんで座席角度もどしてください」
と三回言っても、前の人に無視されたのはわたしです。

残念。
「何がオモイヤリの国 日本だ、ぷんぷん」
ということで、狭い中食べた朝の食事はこんな感じでした。

ごちそうさまでした。
まあ、すったもんだあって、朝8時30分過ぎ、帰国しました。
比較的近いところに降ろしてもらったみたいで、歩いて荷物を取りに行きます。

眠い。

わたしも荷物チェックで確認をして頂き、同行の平山くんも確認をしていただき、テロ関連の取り締まりは相当厳しくなっているようです。
女性職員さんにより、カバンの外側と、布の間も熱心に見ていただきましたし、わたしの恥ずかしい私物の荷物たちも熱心に見てもらいました。

特に平山くんは、マスダ社増田専務からカバンを借りて「MASUDA」と書かれたカバンでのツアーだったので、余計に怪しまれたのかもしれません。
デンパサール便はとにかく、他にビジネス目的の人は少なかったので、「観光」とでもいっておけばよかったのかもしれませんが、そこまで気が回りませんでした。
とりあえず脱出し、締めの挨拶をして、堤さんとはお別れ。
関空の向かいにあるビルの松屋で、平山くんと朝食です。

朝定食360円。
ごちそうさまでした。
9時46分発はるかに乗り、京都へ。

色々手続きに手間取ったものの、なんとか予約していた便に乗れました。

お世話になった平山くんとは京都駅で別れ、出迎えに来た家族と食事をとります。




すき焼き。
ジャカルタ~バンドン~バリを経て大阪・京都にたどり着いたわたしにとって、家族で食べるすき焼きとは、なんという、贅沢な食べ物でしょうか。


ごちそうさまでした。
高島までクルマを運転して戻り、一ヶ所で用事を済ませ、帰宅。

旅は終わり、荷物を整理しながら、少しゆっくりします。
ジャカルタ、バンドン、まあまあ、良い商談だった、という安堵で心が占められます。
しかしながら、まだまだこれから。
たくさん、やるべきことを得ましたし、努力すべきことが残っています。
家族とすごし、子どもたちを風呂にいれながら、さて明日からも頑張るか、とわたしは思うのでした。