午前中に行われる、地区の「六年生を送る会」に出てから、彼らは数日、ヨメと共に京都のヨメの実家に行き、ドラえもんの映画を見たり、いとこと過ごしたりするようです。

子どもやヨメがいなくなると、わたしの人生はさらに薄っぺらいものになる感じがします。
大学の時、社会人の時と合わせて一人暮らしを8年、その後滋賀に戻って2年、親元で暮らしましたが、早いものでそれ以降のヨメありきの人生が16年目を迎えています。
ヨメと子どもと・・
日常の何でもない会話のやり取り、当たり前の行動を共にしていることは、人としての基準や規範を、わたしに忘れさせないようにしているのかも知れません。
わたしのみならず、やはり人は、どんな形でも、家族と暮らすべきだと思います。
帰ってきたら、もう少し彼らの存在に感謝してみたいと思います。
さておき、仕事でしたので、大半を工場で過ごし、空いた時間で地区の配りものを配って歩きました。
お昼は、焼きそばジャンジャンでした。

カップの焼きそばは、たまに食べたくなるので、今日みたいな日や、出張時の宿の夜食など、一人の時には最適です。
天気の良い日で、現場に入っているのはもったいないような日でしたが・・午後からももちろん仕事です。

機織りをし、反物を運び、土曜日のお仕事を終えました。
工場の外壁を治したことで、消防の消火栓ボックスを移していただきました。
より消火栓に近くなったので、万が一の火事の時には慌てなくてよかったと思います。

あとは、最後の従業員さんの出入り口をコンクリート打ちが残っていますが、工事が終わって本当に良かったです。

あとは、頑張って商売をしないといけません。
夜は用事もなかったので、母屋の父母と食事を久しぶりにしました。

ご馳走さまでしたが、時間の大半、昔のはなしや、仕事のことや、生活態度の説教などを受けながらの食事は、43才のおっさんには非常に堪えました。
三杯、ご飯を食べ、湯呑み一杯の日本酒(松の花)を飲みましたが、お腹もふくれた気にならず、酒もまわらず。
親子も、夫婦も、子どもたちとも、それぞれに関係を築くのは本当に難しいなあ、と思います。
その上で仕事や、地域や、近隣との関係を維持していくのは本当に大変なことなのです。
その「すごいこと」を、これからも実現できるように、頑張って生きていこうと思う土曜日なのでした。