ここ最近は生きる意味とかいう途方もないことを少し考えてみていた。
死にたくなるかもしれないというリスクを恐れず、より良く生きるために。
まず、初めに得られた地平は「良く感じる」ということ。
これは昔から自分が生きる意味だと思っていたことで、「幸せになる」とやらとほぼ同義やと思う。
最近J・S・ミルから影響を受けて見いだした「何かのために生きる」という地平。
正直自分が幸せになるために、良く感じるために生きるというだけでは自分の感情、行動を説明できなかった。
苦しいことを減らして、楽しいことを増やすには俺はわざわざ東京の大学院なんかに行かずに適当に働いて幸せ探すのがいいやろうと思うから。
なぜ俺は今こんな感じで生きてるのか。
その一つは勧善懲悪のため。
社会の悪しき部分に俺は違和感を感じている。
それを正すことが俺の生きるいくらかの意味。
そして親のため。
ちょっとした夢があって、それを叶えることが俺の生きるいくらかの意味。
そして仲間のため。
たまにやけど俺に連絡くれたりする奴もいる訳で、そいつらの心の中に俺はいくらか存在することが出来ているということやと思う。
その心のいくらかを占めているということが俺の生きるいくらかの意味。
でも正直な、足りない。
俺のキャパシティはこの程度では満たされない。
新たな生きる意味を見つけることが今の一番大きな生きる意味かもしれない。