朔々話。
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私のキミ (優しい嘘)

「アナタの心は、僕がずっと見ててあげる。」


キミは嘘を言った。



今日は“感情”について教えようと思うんだ。


「人の感情にはどんなものがあるか、わかるかい?」


キミは少し迷ってこう答えたよね。


「・・・喜び、怒り、悲しみ。それに、愛。」


人の心の動き、エネルギー。感情。


「人は、時々、それをコントロールできなくなるんだよね?」


人は時に、自分自身の激しい動きに、流される。


「キミは、心がどこにあるか、わかる?」


この質問は、キミを困らせてしまったみたいだったね。

キミはたっぷり考えて、ゆっくり私の胸の辺りを指差したよね。


その悩むキミの姿が、あの時とても可愛く見えたのを覚えてるよ。


「うん。私もここにあればいいなって思うよ。」


そう答えた私を、キミは少し不服そうな目で見つめてたよね。


「私はね、心なんてどこにもないんだって、そう思うんだ。」


どれだけ臓器を移植しても心は移植できない。

どこにもない。でもどこにでもある。


全てで私、全てが私。


きっとこんなことを言ってもキミにはわからなかっただろうね。

でも、言えばよかったなって思うこともあるんだよ。


キミには全てを伝えたかったから。


「感情は心の動き。心は自分なんだ。」


「・・・自分?」


そう。自分。自分自身。


「だから誰かに見てもらわなくちゃいけない。」


自分で自分は見えないから。


「それを忘れちゃうと、感情の渦に飲み込まれて、身動きがとれなくなっちゃう。」


心は誰かに見てもらうためにある。隠すためにあるんじゃない。

この世に自分一人しかいなかったら、心はただの言葉になる。

自分がいて、誰かがいる。だから心に質量が生まれる。


きっとキミにも、いつかわかるよ。


「今日はちょっと難しかったかな。」


そう言って去ろうとする私にキミは言ったよね。


「アナタの心は、僕がずっと見ててあげる。」


あの時のその言葉を恨むつもりはないんだ。

でも、時々、ここでこうして一人でいると、どうしても思い出しちゃうんだ。



キミのことを。

キミの優しい嘘を。

私のキミ (プロローグ)

生きるって一体なんだろう?


私は、キミの言葉を忘れない。


キミがここに来たのは、どれくらい前なんだろう。
私たちが出会った日のことを、きっと、キミは覚えてないだろうね。


キミが始めて私をその目で視たのは、いつだったんだろう。


思えば、キミのことを聞いたことってなかったのかな。
もう少し、色々聞けばよかったね。

キミは、どんな色が好きだった?


キミは、何を見たかった?


キミは、どこに行ってみたかった?



キミは、私を好きだった?


・・・なんてね。



キミはよく質問したよね。

実はちょっと面倒なときもあったんだ。

適当に、答えてごめんね。

キミはいつも真剣だったのにね。



これは、何ていう名前?


これは、食べられるの?


これは、本当にあるの?



これは、生きているの?



キミに色んなことを教えること。
それを繰り返す毎日。同じようで違う日々。

私、楽しかったよ。



いつだったか、キミは、独り言みたいに小さな声で、こう言ったよね。


生きるって一体なんだろう?

その時の私は、答えることができなかった。
きっと、今の私にだって答えられない。

だから私は、これからもずっと探していこうと思うんだ。


その答えを。

キミのいない、この大きな世界で。



きっとそれが、キミの心を見つける鍵になると思うから。

猫の君 (第二話)

ピロリロリローン ピロリロリローン


喜びと不安の混ざった音。
その小さな音を追いかける、気だるい声。


「ありがとうございましたー。」



コンビニエンスストア。


私は、ここにいる。



第二話  腹の下


ワタシは、日が暮れるとこの場所に帰ってくる。


ここがワタシの“家”というわけではないが、
ここで夜を明かすのだから“帰ってくる”が正しいだろう。


最近では、ワタシが目当てでここを訪れるヒトも沢山いるのではないか。



そう思い出している。




そんなワタシに、小さな出会いが訪れた。


「おつかれさまでしたー。」


「お先、失礼します。」



ヒトが出てきた。


ここはとても大きな村のようだ。
といっても、ヒトの無駄に大きな体のことを考えると、“小さな”になるかもしれない。


あくまで、ワタシにとって“大きな”である。



ワタシは、この村の中にはヒトしかいないのではないかと思っている。
なぜならワタシは入れないからである。



この村には秘密の呪文があることを、ワタシは知っている。


村には向こう側が透けて見える、魔法の入り口がある。
そこは決してワタシたちを通そうとはしない。

だが、そこを通れないヒトを、ワタシは見たことがない。



村の外では何匹もの大きな生き物が、主人を静かに待っている。
そのほとんどが四本足だが、稀に二本足のものもいる。


この生き物は主人を背に乗せるまで、泣き声一つあげず、じっとただそこにいる。

ワタシは、いつもその生き物の足の間で、村の中に入る方法を考えている。



ガタン


ん?


ガチャ バタンッ


んん?



頭の上からやけに騒々しい音がする。

どうやら、この生き物のご主人が戻ってきたようだ。



コイツのご主人はどうやらご機嫌斜めらしい。


冷めた目でワタシを見ながら、コイツの頭を叩いた。



ブルンッ



コ、コイツ。


どうやらワタシのことなど、コイツはどうでもいいらしい。

このまま踏み潰す気なのだ。



渋々コイツの足元から出る。
するとコイツの主人と目が合った。



何か食べ物でもくれるのだろうか。



そう思ったのも束の間、主人がコイツの頭を再度、叩く。



ブルンッ ブルンッ



こんなもんさ。


フッ。
自嘲気味に少し笑い、

ワタシは二本足のコイツを諦め、四本足のアイツの下に潜り込む。



ブルンブルン ボッボッボッボッボ・・・



聞くに堪えない泣き声を発しながら、コイツと主人はどこかへ走り去った。



ワタシは何故か見えなくなるまで、そいつらを見ていた。



たまには自分で獲物を捕らえてくるのもいいかな。
久しぶりにそんな気持ちにもなっていた。