痛い日記 -29ページ目

女という祝福

お客さんが店外の食事とかに誘う心理って、
プライベートという錯覚で特別感を味わいたいとか、安く楽しみたいとか、あわよくばやりたいとか、
いろいろあるんだろうけど、一番感じるのはアクセサリー的に連れ歩きたいんだろうなということ。
女の子と食事してる自分かっこいい的な。

女は女というだけで視線を受けるが、そこらを歩いてる男なんてどんなに金持ってようがイケメンだろうがそのへんの石ころとおなじだからね。
たまには注目を浴びたいんだろう。
どちらが優れてるとかじゃなく、男は狩人で女は獲物だから仕方ない。

結局、世間に認められたいんだ。
若い女の子が俺を選んでくれてるんだぞと。

人は愛がなければ生きられない。
男が人生を戦い抜いて得る地位や金は、きっとそれだけでは満たされない。
愛が得られるかどうかは、これだけは努力ではどうにもならない。

なんて孤独で、寂しい生き物。
自分が愛する男にだけは、そんな思いはさせたくないね。


プライドがないと生きられない

うまくできない。
自信なくす。

失敗しても泥酔しても胸張ってやりきったと思えることもある。
でもきのうはどっちつかず。
肝臓としての働きも盛り上げとしての働きも中途半端。
ほかにつける席もなかった。

結局彼氏はイラついてるし、まだ飲めたはずの酒も飲めてない。
彼氏を店で楽しませるって一番難しい。
かっこ悪いしつまんないし最悪。
彼氏に嫌な思いさせてまでやってる仕事のクオリティがあれじゃ、胸張れない。

どんなときも自己肯定しかしないわたしでも、こんなときばかりは「わたしなんか」と思うよ。
あんな晴れの日に。
みんなに申し訳ないし自己嫌悪。

境界

世界や人類のことなど考え出したらきりがないから、目の前のことだけ、半径3メートル以内の人の幸せのためだけに生きていく。
アフリカの飢えた子供たちのために流す涙はないけど、人生ですれ違った人のためにはせめて祈りのひとつも捧げたい。
歳を重ねると死に触れる機会も増える。
そんなとき心を持っていかれないために。

家の庭から石油でも湧けば世界平和のことも少しは考えていいかもね。
それよりも、今日の仕事に震えるぜ。