久々に撮影
久々の撮影に出掛けた。
珍子姐さんとの連載の仕事だ。
珍子姐さんが送るメールのサブジェクトの殆どが「ちんこ」「おめこ」でそれは、すべての社員のメールを管理する「情報管理部」があるような、カフカの世界みたいな会社の社員宛でも「ちんこ」である。
その情報管理部から「なんですか!」と、送られた編集者が叱責されたこともあり、最近はサブジェクトに「ちんこ」はやめて「ち●こ」としているそうだ。
余計に、ややこしいことになっている。
しかし長い付き合いになる。
実は珍子姐さんは、繊細だ。
先日も本気で「あのなぁ、もお、自殺しよかと思ってんねん」と、電話口で云っていた。
まあ、ガチで阪神淡路大震災の被災者でもある珍子姐さん。
気持ちは、よく解る。
だが、俺としては、素で自殺されたら困るので、
「あのなぁ、いま死んだら姐さんのパチンコ貯金とか資産とか全部、国が持っていきよるねんで。ちゃんと「遺書」書いて、そこに「全ての相続人は世田谷区在住のむー大先生」って書いておかな、あかんで! 国が持ってくより、俺の酒代に消えるほうが、ええやろ!」と、告げておいた。
ちょっと心配したが「サコにやるくらいならば」と、自殺せずに生きていた模様。それはちょっと、残念でもあったw
そして「もお、死のうかなぁ」って思い詰めてた珍子姐さんを勇気づけたのだが「政見放送」だったそうだ。
以下、珍子姐さんの未発表ブログより転載。
一年近くもほったらかしにして、唐突にアップしたのは、もう誰かに伝えたくてしかたのないものを見てしまったからである。口がとんがって、「誰かに言いたい口」になっている。
ま、震災に関しては、いろいろ思うことはあるのだけど、それは後でゆっくり書くとして、今はとにかく都知事選の政見放送、である。
東郷健の時代から、又吉イエス、三井理峯、内田裕也、近くは外山恒一などなど、とにかく私は政見放送が大好きなのだ。政見放送というものは、法律で編集することが許されない。だから放送禁止用語とかもバシバシでてくるのだけど、それだけを楽しみにしているわけではない。政見放送は2テイク撮影するらしいのだが、2回撮っていい方を選ぶこともできないらしい。撮り直しの際は、いわゆる上書きなのだ。それゆえの、ギリギリ感がたまらんのだ。
しかし、今回のメンバーはすごかった。まず、1日目の「姫治けんじ」という、まるで大阪の漫才師のような名前のおっさんのものすごくわかりやすいズラにおののいてたら2番手の「ふるかわ圭吾」の放送事故もののネトウヨ発言。いきなりの「攘夷!」に、しばし口ぽかーん。そして、耳がプリンプリン物語の博士みたいで気持ち悪い以外は、まともかなーと思っていた「杉田 健」の最後の電波ゆんゆん発言に、椅子から落ちそうになった。電磁派の話になったとたんに光った氏の目の輝きが忘れられない。そしてぶったまげたのがトリの「谷山ゆうじろう」。頭真っ白でジャパンネバーキブ アップ(笑)。後ろの手話のおばさんの高速手話とのシンクロぶりが見物。テレビ観ながら爆笑したのって久しぶりだ。しんたろうより、ゆうじろう?
2日目の目玉はおなじみ「マック赤坂」。いつもの芸風でさすがに安定している。しかし途中で「マック赤坂は立ち上がります!」とフレームアウトしたところで大爆笑してもた。顔、映ってないしw。ちくしょう、やられたぜ。つられて30度の「スマイル!」をついやってしまった自分が憎い。マックのコントの後で、和民がかすんでしまったのはちょっと同情する。ちょっとだけどさ。
3日目は、シンタローと東ときて大トリはイグノーベル賞受賞(笑)の「ドクター中松」。江戸に400年住んでいるとか、50トンの負荷の筋トレしてる、肉体は30歳、ハーバード大学で世界一頭のよい人に選ばれた、小学校から無遅刻無欠勤で、地震のプロで海軍で培った津波のプロで、原子力のプロとか、小学生のつくような、ほほ笑ましいホラを並べ立てたのがスゴスギ。しかし、いずれも知事の資質には、あまり関係のないような気がする。知事よりも、この才能をぜひ、コスモクリーナー@宇宙戦艦ヤマトの発明に使い、福島の放射能を除去していただきたい。
とにかくよく笑った3日間だったが、今回、強く感じたのは、“ガチパワーの強さ”である。たしかにマックやドクターにも、笑わせていただいたが、彼らをはじめ、東郷も外山も、完成された「芸」である。特に外山などは、その完成度の高さは素晴らしいと思った。だけど、今回のふるかわ、杉田、ゆうじろうのように作為のないガチのパワーをぶつけられると、その差は歴然だ。
しかし、誰に投票せーちゅうねん。
世界一の演説といえば、この人だと思う。
立てよ!国民よ!のギレン・ザビ氏。
谷山ゆうじろう
http://www.youtube.com/watch?v=9mR_-pgpReE
ふるかわ圭吾
http://www.youtube.com/watch?v=Ss4YAYo18aA&feature=related
杉田 健
http://www.youtube.com/watch?v=5g8arjvRhWs&feature=related
マック赤坂 2:35くらい最高
http://www.youtube.com/watch?v=lUUfaQDm-yI
おまけ
三井りほう
http://www.youtube.com/watch?v=1Spn7gi63Co
そしてこれもすごい画像
これはすごい。
なんか、人生あきらめたら、あかんという気になる。
http://yumeringuinvip.blog71.fc2.com/blog-entry-260.html
横から
http://nyuyarou.seesaa.net/article/192342548.html
珍子姐さんとの連載の仕事だ。
珍子姐さんが送るメールのサブジェクトの殆どが「ちんこ」「おめこ」でそれは、すべての社員のメールを管理する「情報管理部」があるような、カフカの世界みたいな会社の社員宛でも「ちんこ」である。
その情報管理部から「なんですか!」と、送られた編集者が叱責されたこともあり、最近はサブジェクトに「ちんこ」はやめて「ち●こ」としているそうだ。
余計に、ややこしいことになっている。
しかし長い付き合いになる。
実は珍子姐さんは、繊細だ。
先日も本気で「あのなぁ、もお、自殺しよかと思ってんねん」と、電話口で云っていた。
まあ、ガチで阪神淡路大震災の被災者でもある珍子姐さん。
気持ちは、よく解る。
だが、俺としては、素で自殺されたら困るので、
「あのなぁ、いま死んだら姐さんのパチンコ貯金とか資産とか全部、国が持っていきよるねんで。ちゃんと「遺書」書いて、そこに「全ての相続人は世田谷区在住のむー大先生」って書いておかな、あかんで! 国が持ってくより、俺の酒代に消えるほうが、ええやろ!」と、告げておいた。
ちょっと心配したが「サコにやるくらいならば」と、自殺せずに生きていた模様。それはちょっと、残念でもあったw
そして「もお、死のうかなぁ」って思い詰めてた珍子姐さんを勇気づけたのだが「政見放送」だったそうだ。
以下、珍子姐さんの未発表ブログより転載。
一年近くもほったらかしにして、唐突にアップしたのは、もう誰かに伝えたくてしかたのないものを見てしまったからである。口がとんがって、「誰かに言いたい口」になっている。
ま、震災に関しては、いろいろ思うことはあるのだけど、それは後でゆっくり書くとして、今はとにかく都知事選の政見放送、である。
東郷健の時代から、又吉イエス、三井理峯、内田裕也、近くは外山恒一などなど、とにかく私は政見放送が大好きなのだ。政見放送というものは、法律で編集することが許されない。だから放送禁止用語とかもバシバシでてくるのだけど、それだけを楽しみにしているわけではない。政見放送は2テイク撮影するらしいのだが、2回撮っていい方を選ぶこともできないらしい。撮り直しの際は、いわゆる上書きなのだ。それゆえの、ギリギリ感がたまらんのだ。
しかし、今回のメンバーはすごかった。まず、1日目の「姫治けんじ」という、まるで大阪の漫才師のような名前のおっさんのものすごくわかりやすいズラにおののいてたら2番手の「ふるかわ圭吾」の放送事故もののネトウヨ発言。いきなりの「攘夷!」に、しばし口ぽかーん。そして、耳がプリンプリン物語の博士みたいで気持ち悪い以外は、まともかなーと思っていた「杉田 健」の最後の電波ゆんゆん発言に、椅子から落ちそうになった。電磁派の話になったとたんに光った氏の目の輝きが忘れられない。そしてぶったまげたのがトリの「谷山ゆうじろう」。頭真っ白でジャパンネバーキブ アップ(笑)。後ろの手話のおばさんの高速手話とのシンクロぶりが見物。テレビ観ながら爆笑したのって久しぶりだ。しんたろうより、ゆうじろう?
2日目の目玉はおなじみ「マック赤坂」。いつもの芸風でさすがに安定している。しかし途中で「マック赤坂は立ち上がります!」とフレームアウトしたところで大爆笑してもた。顔、映ってないしw。ちくしょう、やられたぜ。つられて30度の「スマイル!」をついやってしまった自分が憎い。マックのコントの後で、和民がかすんでしまったのはちょっと同情する。ちょっとだけどさ。
3日目は、シンタローと東ときて大トリはイグノーベル賞受賞(笑)の「ドクター中松」。江戸に400年住んでいるとか、50トンの負荷の筋トレしてる、肉体は30歳、ハーバード大学で世界一頭のよい人に選ばれた、小学校から無遅刻無欠勤で、地震のプロで海軍で培った津波のプロで、原子力のプロとか、小学生のつくような、ほほ笑ましいホラを並べ立てたのがスゴスギ。しかし、いずれも知事の資質には、あまり関係のないような気がする。知事よりも、この才能をぜひ、コスモクリーナー@宇宙戦艦ヤマトの発明に使い、福島の放射能を除去していただきたい。
とにかくよく笑った3日間だったが、今回、強く感じたのは、“ガチパワーの強さ”である。たしかにマックやドクターにも、笑わせていただいたが、彼らをはじめ、東郷も外山も、完成された「芸」である。特に外山などは、その完成度の高さは素晴らしいと思った。だけど、今回のふるかわ、杉田、ゆうじろうのように作為のないガチのパワーをぶつけられると、その差は歴然だ。
しかし、誰に投票せーちゅうねん。
世界一の演説といえば、この人だと思う。
立てよ!国民よ!のギレン・ザビ氏。
谷山ゆうじろう
http://www.youtube.com/watch?v=9mR_-pgpReE
ふるかわ圭吾
http://www.youtube.com/watch?v=Ss4YAYo18aA&feature=related
杉田 健
http://www.youtube.com/watch?v=5g8arjvRhWs&feature=related
マック赤坂 2:35くらい最高
http://www.youtube.com/watch?v=lUUfaQDm-yI
おまけ
三井りほう
http://www.youtube.com/watch?v=1Spn7gi63Co
そしてこれもすごい画像
これはすごい。
なんか、人生あきらめたら、あかんという気になる。
http://yumeringuinvip.blog71.fc2.com/blog-entry-260.html
横から
http://nyuyarou.seesaa.net/article/192342548.html
ツイートより
ごめんなさい。被災地から言わせて下さい。原発の計測状況なんて聞いてても仕方ないんです。ひとつの放送局で結構です。被害のドキュメンタリーも結構です。 避難所の、炊き出しの、給水所の、被災者への情報を下さい。
被災地からの、切実なツイートである。
民放の方々が会議して、今からでも遅くないけど今度、こういう事態があったときには、どうせCMも入らないしそこからの収益もないし「視聴率」という縛りもないのだから、各放送局があらかじめ、その役割を分担すれば良いと、俺も思う。
特に原発の関係者が何か発表するとき、国家統制でも敷かれたのか? と思うくらいに、どのチャンネルも同じ映像を流しているのは、無駄の極みだと感じた。
そしてその会見の模様というのは、いつも、冗長だ。
充電もできずに残り少ない携帯の画面でしか、テレビをみることのできない人々がいると思う。
被災地からの、切実なツイートである。
民放の方々が会議して、今からでも遅くないけど今度、こういう事態があったときには、どうせCMも入らないしそこからの収益もないし「視聴率」という縛りもないのだから、各放送局があらかじめ、その役割を分担すれば良いと、俺も思う。
特に原発の関係者が何か発表するとき、国家統制でも敷かれたのか? と思うくらいに、どのチャンネルも同じ映像を流しているのは、無駄の極みだと感じた。
そしてその会見の模様というのは、いつも、冗長だ。
充電もできずに残り少ない携帯の画面でしか、テレビをみることのできない人々がいると思う。
TOBE AUBERGE RESORT HOTEL
オーベルジュと聞いて、何を想像するか? そもそも知らないという人もいるだろうと思う。
オーベルジュ(Auberge)とは、主に郊外や地方にある宿泊設備を備えたレストランである。
発祥のフランスにおけるオーベルジュの歴史は中世まで遡るとも言われるが、1900年に創刊されたミシュラン・ガイドが星によるレストランの格付けを1926年から始め、自動車が普及するようになると地方にあるオーベルジュも注目されるようになった。
日本では1970年代以降、フレンチの一般化と共に、全国の観光地やリゾート地、別荘地などにもオーベルジュがオープンするようになった。現在の日本におけるオーベルジュは、日本独自の旅文化とも融合し、日本料理や世界各地の料理を提供する多彩なスタイルで登場している。
とまあ、ウィキの文章をそのまま転載してみました。
だけど、いままでの日本の、かつて私の直面した日本のオーベルジュとは、いわゆる「ペンション」なのだけど、そこのオーナーがちょっと、料理が得意でそのうえ、いまどき「ペンション」云うたところで客が来るわけもなく、いろいろ調べて「あぁ! フランスには「オーベルジュ」云うのがあって、それが三つ星獲ってたりするんや! 俺もそうゆうことにしよう!」
と、いうことで始めた「ちょっと料理が得意なおっさんが営んでいる、ペンション」でした。
前置きが長くなりすぎた。
今回の「tobe auberge resort」。
坊ちゃんの風呂である、道後温泉に浸かって、そこからタクシーに乗り。
熟練タクシーのおっさんでさえ「あぁ、このへんですが、もおわかりませんわ」というので、編集女史が電話して所在を確かめたのだがそのとき、どう考えてもホテルマンな男子が「こっちですよ~」と手を振っているのを発見して、誘導してもらった。
細い路地を入っていくと、目の前に池が広がっていて、その傍らにコンクリート打ちっ放し系の建造物。
無事に到着しました。
池というか、湖というかの中途半端なたぶんこれは「池」だろうが、湖畔ではく池畔にその、コンクリート打ちっ放しのメインとなる建物があり、ちょっと離れたところに木目の壁が美しいコテージ風の宿泊棟が連なるという構成。
そして、オーベルジュがオーベルジュたる所以は、レストランの充実なのであるけど、それがもお、完璧なまでのデザインで、これはこれで完璧にデザインされて、お洒落過ぎてもお、料理まで手が回ってないのではないかと心配してしまう内装。
ひととおり撮影を終えて、魅惑というか、懸案のの食事タイムとなったのであるが、俺がいろいろ心配していた事は、すべて吹っ飛んでかつ、鈍器で思い切り、頭を殴られたかのような衝撃的なモノでした。
まずはシェフが、俎板の上に載せた、今夜俺達が食う素材というのをでで~んと、見せてくれる。
もお、これだけで、俺達は今日の夜飯が、酒池肉林だという事に気付いた。
特に、アワビ。
これが、手の内を全て開帳という形で、オープンキッチンというかカウンターで料理してくれるのですが、かなり適当な感じ。
殻ごとフライパンに放り込んで、蒸し焼きにしている。
なのであんまり期待せずに口に放り込んだら、即死。
数々のアワビを食ってきたがこれ、ナンバー1です。
かなりしつこく「なんでこのアワビがこんなに旨いのか?」と問うたら、「いろいろ、食べ歩いたんです。それは全国津々浦々。だけど、愛媛の港町にある居酒屋で、こうしてフライパンで殻ごと、適当に蒸し焼きしたのが一番旨かったんですよ」と。。。。。
メインには伊予牛が登場、さらに私達の即身成仏度をあげてデザートがでて、この宴は終了。
本でも読もうかと、幾つか持ってきていたのですが、それを手にしてベッドに横たわると、数秒で熟睡してしまいました。
オーベルジュ(Auberge)とは、主に郊外や地方にある宿泊設備を備えたレストランである。
発祥のフランスにおけるオーベルジュの歴史は中世まで遡るとも言われるが、1900年に創刊されたミシュラン・ガイドが星によるレストランの格付けを1926年から始め、自動車が普及するようになると地方にあるオーベルジュも注目されるようになった。
日本では1970年代以降、フレンチの一般化と共に、全国の観光地やリゾート地、別荘地などにもオーベルジュがオープンするようになった。現在の日本におけるオーベルジュは、日本独自の旅文化とも融合し、日本料理や世界各地の料理を提供する多彩なスタイルで登場している。
とまあ、ウィキの文章をそのまま転載してみました。
だけど、いままでの日本の、かつて私の直面した日本のオーベルジュとは、いわゆる「ペンション」なのだけど、そこのオーナーがちょっと、料理が得意でそのうえ、いまどき「ペンション」云うたところで客が来るわけもなく、いろいろ調べて「あぁ! フランスには「オーベルジュ」云うのがあって、それが三つ星獲ってたりするんや! 俺もそうゆうことにしよう!」
と、いうことで始めた「ちょっと料理が得意なおっさんが営んでいる、ペンション」でした。
前置きが長くなりすぎた。
今回の「tobe auberge resort」。
坊ちゃんの風呂である、道後温泉に浸かって、そこからタクシーに乗り。
熟練タクシーのおっさんでさえ「あぁ、このへんですが、もおわかりませんわ」というので、編集女史が電話して所在を確かめたのだがそのとき、どう考えてもホテルマンな男子が「こっちですよ~」と手を振っているのを発見して、誘導してもらった。
細い路地を入っていくと、目の前に池が広がっていて、その傍らにコンクリート打ちっ放し系の建造物。
無事に到着しました。
池というか、湖というかの中途半端なたぶんこれは「池」だろうが、湖畔ではく池畔にその、コンクリート打ちっ放しのメインとなる建物があり、ちょっと離れたところに木目の壁が美しいコテージ風の宿泊棟が連なるという構成。
そして、オーベルジュがオーベルジュたる所以は、レストランの充実なのであるけど、それがもお、完璧なまでのデザインで、これはこれで完璧にデザインされて、お洒落過ぎてもお、料理まで手が回ってないのではないかと心配してしまう内装。
ひととおり撮影を終えて、魅惑というか、懸案のの食事タイムとなったのであるが、俺がいろいろ心配していた事は、すべて吹っ飛んでかつ、鈍器で思い切り、頭を殴られたかのような衝撃的なモノでした。
まずはシェフが、俎板の上に載せた、今夜俺達が食う素材というのをでで~んと、見せてくれる。
もお、これだけで、俺達は今日の夜飯が、酒池肉林だという事に気付いた。
特に、アワビ。
これが、手の内を全て開帳という形で、オープンキッチンというかカウンターで料理してくれるのですが、かなり適当な感じ。
殻ごとフライパンに放り込んで、蒸し焼きにしている。
なのであんまり期待せずに口に放り込んだら、即死。
数々のアワビを食ってきたがこれ、ナンバー1です。
かなりしつこく「なんでこのアワビがこんなに旨いのか?」と問うたら、「いろいろ、食べ歩いたんです。それは全国津々浦々。だけど、愛媛の港町にある居酒屋で、こうしてフライパンで殻ごと、適当に蒸し焼きしたのが一番旨かったんですよ」と。。。。。
メインには伊予牛が登場、さらに私達の即身成仏度をあげてデザートがでて、この宴は終了。
本でも読もうかと、幾つか持ってきていたのですが、それを手にしてベッドに横たわると、数秒で熟睡してしまいました。
椎茸
俺がかつて、今のチョビくらいの年齢。そう、小学校5年生くらいの頃か。父は近所の椎茸農家より椎茸菌を植え込まれたクヌギの木を譲ってもらい、裏庭で椎茸を育てていた。
父が育てていた。とは書いたが、父はとても忙しいモーレツサラリーマンだったので、その世話は長男である俺の役目だったのだが、椎茸ほど手間のかからないヤツはいなかった。
水をやらなくても良いし、日に当てる必要もない。
むしろ、じめじめとした北側の裏庭に放置しておくのを良しとしているみたいで、一晩でどれほど成長するのか? というくらいの、逆境に逞しく成長してくれる姿を毎朝、見せてくれるのである。
最近、スーパーで椎茸を買おうとすると「どんこしいたけ」とか書いてあってクルリと丸め込んだみたいな、マッシュルームのようなのが売っている。
種類が違うのか? 俺は椎茸を育ててはいたが、それほど椎茸に詳しくはない。だけど生産者としては、あれは芽吹いたばかりで、まだ食うべきではない過程の椎茸だ。
くるりと丸め込んだような椎茸は、俺の理想とする椎茸ではない。
俺の好きな椎茸はその、くるりと丸め込んだ時期を過ぎて、ビロ~と、なんだかもはやこれ椎茸ではなくて毒キノコになってるんと違いますか? というレヴェルの椎茸。
これが、美味い。
朝、家族の誰よりも早く起きて、俺は裏庭に行く。
そこには昨日、「もう食おうか? いや。明日まで待とう」と、我慢して良かったと思わせる、直径20㎝まで肥大した椎茸が、いる。
俺はそれをもいで、フライパンを温め、バターを溶かし、椎茸の頭のほう。そう。ひだがいっぱいあるほうとは逆のほうからフライパンに入れて、熱する。
そして、熱さにのたうつ椎茸の襞に、塩を振りかける。
ちょっと粗めの岩塩が、良い。
暫くすると、椎茸からわき上がってきた水分で、岩塩が溶ける。
溶けきったところで、椎茸を裏返す。ということは絶対、
してはいけない。
椎茸は、片面焼き。これは、鉄則だ。
そのまま、皿に移して、フライパンに残ったバターの溶けたのをソース代わりにかけて、フォークとナイフで、食う。
中途半端なビフテキよりも、確実に、美味い。
厚さはゆうに2センチを超える。
もはや「肉」である。。。。
俺はそうやって、育った。
このところ、2名連続で「私、好き嫌いは無いんですけど、椎茸だけは、絶対、ムリなんですぅ」という女性と会ったが、彼女達はこの、俺の椎茸を食ってもそう云うんだろうか?
まあ、それほど親しい間柄でもないし、名刺交換して歓談したけどこれからもういっかい、会うのか会わないのかというとたぶん、会わないと思う。残念だ。俺の椎茸を食わせたら、彼女達も椎茸が大好きになっていたのに。。。。
俺のいま住む家には、日の当たらないじめじめとした、北向きの裏庭が、ある。
そうだ。椎茸を育てよう。
父が育てていた。とは書いたが、父はとても忙しいモーレツサラリーマンだったので、その世話は長男である俺の役目だったのだが、椎茸ほど手間のかからないヤツはいなかった。
水をやらなくても良いし、日に当てる必要もない。
むしろ、じめじめとした北側の裏庭に放置しておくのを良しとしているみたいで、一晩でどれほど成長するのか? というくらいの、逆境に逞しく成長してくれる姿を毎朝、見せてくれるのである。
最近、スーパーで椎茸を買おうとすると「どんこしいたけ」とか書いてあってクルリと丸め込んだみたいな、マッシュルームのようなのが売っている。
種類が違うのか? 俺は椎茸を育ててはいたが、それほど椎茸に詳しくはない。だけど生産者としては、あれは芽吹いたばかりで、まだ食うべきではない過程の椎茸だ。
くるりと丸め込んだような椎茸は、俺の理想とする椎茸ではない。
俺の好きな椎茸はその、くるりと丸め込んだ時期を過ぎて、ビロ~と、なんだかもはやこれ椎茸ではなくて毒キノコになってるんと違いますか? というレヴェルの椎茸。
これが、美味い。
朝、家族の誰よりも早く起きて、俺は裏庭に行く。
そこには昨日、「もう食おうか? いや。明日まで待とう」と、我慢して良かったと思わせる、直径20㎝まで肥大した椎茸が、いる。
俺はそれをもいで、フライパンを温め、バターを溶かし、椎茸の頭のほう。そう。ひだがいっぱいあるほうとは逆のほうからフライパンに入れて、熱する。
そして、熱さにのたうつ椎茸の襞に、塩を振りかける。
ちょっと粗めの岩塩が、良い。
暫くすると、椎茸からわき上がってきた水分で、岩塩が溶ける。
溶けきったところで、椎茸を裏返す。ということは絶対、
してはいけない。
椎茸は、片面焼き。これは、鉄則だ。
そのまま、皿に移して、フライパンに残ったバターの溶けたのをソース代わりにかけて、フォークとナイフで、食う。
中途半端なビフテキよりも、確実に、美味い。
厚さはゆうに2センチを超える。
もはや「肉」である。。。。
俺はそうやって、育った。
このところ、2名連続で「私、好き嫌いは無いんですけど、椎茸だけは、絶対、ムリなんですぅ」という女性と会ったが、彼女達はこの、俺の椎茸を食ってもそう云うんだろうか?
まあ、それほど親しい間柄でもないし、名刺交換して歓談したけどこれからもういっかい、会うのか会わないのかというとたぶん、会わないと思う。残念だ。俺の椎茸を食わせたら、彼女達も椎茸が大好きになっていたのに。。。。
俺のいま住む家には、日の当たらないじめじめとした、北向きの裏庭が、ある。
そうだ。椎茸を育てよう。
陰毛
最近、珍子姐さんは某週刊誌にて、
「いわゆる下ネタを、科学的に検証する」
という連載をしているそうだ。
今回は、陰毛。いわゆるあれだ。チンゲとか、マンゲとか呼ばれる、毛のことである。
「あのなぁ。ここんとこ、毎日徹夜して、陰毛の事ばっかり調べてんねんかぁ。いま、私、日本で最も、陰毛の事を考えている女やと思うねん」
眠そうに、止めた筈のセブンスターに火をつけて呟く、珍子姐さん。
仕事とはいえ、とても、アホである。
もし俺に娘がいて、その娘が四十路も終わりかけにもなって、徹夜で陰毛の事を考えていたら、とりあえず夜枕に化けて出る事であろう。思い切って、死なすかもしれない。
まあ、ともあれ、姐さんは陰毛の事を調べている間に、根元的問題に突き当たったのだそうだ。
「人はなぜ、陰毛を生やすのか?」
諸説あるらしい。
外敵から陰部を守るためとか。。。。
しかしそこに毛が生えていたからといって、たいした防御にはならんのである。いくらカラダを鍛えて北斗神拳伝承者になっても、金玉を蹴られたらひとたまりもないのである。
陰毛が剛毛で、金玉を蹴られても平気な男というのも、聞いた事ないし。
そして、地球上に陰毛を生やしている動物というのは、人間だけなのであるという珍事については、まだ誰も、ちゃんとした解答をしていないらしい。それを解明した暁には、ノーベル賞を貰えるかもしれんが、そんなんでノーベル賞を貰ったところで、なんとなく末代までの恥のような気もするから誰も、手をつけない研究分野なのかもしれん。
孫「ねえねえ、おじいちゃんって、ノーベルしょうもらったせかいてきなはかせだったんだよね!」
母「そうですよ。おじいちゃんは、偉い人だったの」
孫「で、なんのけんきゅうして、ノーベルしょうもらったの?」
母「・・・・・・」
孫「ねえ、なにをけんきゅうしてたの!」
母「そ、それはいいの! だけど貴方も、おじいちゃんのように、立派な博士になれるように、勉強なさい!」
孫「あとさぁ」
母「何?」
孫「このおうち、おじいちゃんがたてたんだよね」
母「そうよ。ノーベル賞の賞金で建ててくださったのよ」
孫「きんじょのおばさんが、ウチのこと「ちんげ御殿」って呼んでるんだけど、なんで?」
母「ち、ち、ちん、嗚呼! もう、はやく勉強しなさぃ! キイ!」
閑話休題。
池袋から新宿に向かうクルマのなか、俺は云った。
「あぁ、そういえば、チンゲ生やした犬とか、見たことないなぁ」
「そやろ? そのへんの女が「かわいぃ」とか云うてるチワワとかなぁ、あれに黒くて縮れ毛のチンゲ生えてるとこ、想像してみ? ものすご卑猥やと思わへん?」
俺の脳内スクリーンに、愛くるしい目をした、チンゲチワワが投影された。
むう。
それはとても、イヤだ。
ただ、21世紀。科学万能の時代とか想像していたが存外、チンゲひとつも解明されてないんだ。
と思うと、ちょっと愉快である。
陰毛。万歳。
「いわゆる下ネタを、科学的に検証する」
という連載をしているそうだ。
今回は、陰毛。いわゆるあれだ。チンゲとか、マンゲとか呼ばれる、毛のことである。
「あのなぁ。ここんとこ、毎日徹夜して、陰毛の事ばっかり調べてんねんかぁ。いま、私、日本で最も、陰毛の事を考えている女やと思うねん」
眠そうに、止めた筈のセブンスターに火をつけて呟く、珍子姐さん。
仕事とはいえ、とても、アホである。
もし俺に娘がいて、その娘が四十路も終わりかけにもなって、徹夜で陰毛の事を考えていたら、とりあえず夜枕に化けて出る事であろう。思い切って、死なすかもしれない。
まあ、ともあれ、姐さんは陰毛の事を調べている間に、根元的問題に突き当たったのだそうだ。
「人はなぜ、陰毛を生やすのか?」
諸説あるらしい。
外敵から陰部を守るためとか。。。。
しかしそこに毛が生えていたからといって、たいした防御にはならんのである。いくらカラダを鍛えて北斗神拳伝承者になっても、金玉を蹴られたらひとたまりもないのである。
陰毛が剛毛で、金玉を蹴られても平気な男というのも、聞いた事ないし。
そして、地球上に陰毛を生やしている動物というのは、人間だけなのであるという珍事については、まだ誰も、ちゃんとした解答をしていないらしい。それを解明した暁には、ノーベル賞を貰えるかもしれんが、そんなんでノーベル賞を貰ったところで、なんとなく末代までの恥のような気もするから誰も、手をつけない研究分野なのかもしれん。
孫「ねえねえ、おじいちゃんって、ノーベルしょうもらったせかいてきなはかせだったんだよね!」
母「そうですよ。おじいちゃんは、偉い人だったの」
孫「で、なんのけんきゅうして、ノーベルしょうもらったの?」
母「・・・・・・」
孫「ねえ、なにをけんきゅうしてたの!」
母「そ、それはいいの! だけど貴方も、おじいちゃんのように、立派な博士になれるように、勉強なさい!」
孫「あとさぁ」
母「何?」
孫「このおうち、おじいちゃんがたてたんだよね」
母「そうよ。ノーベル賞の賞金で建ててくださったのよ」
孫「きんじょのおばさんが、ウチのこと「ちんげ御殿」って呼んでるんだけど、なんで?」
母「ち、ち、ちん、嗚呼! もう、はやく勉強しなさぃ! キイ!」
閑話休題。
池袋から新宿に向かうクルマのなか、俺は云った。
「あぁ、そういえば、チンゲ生やした犬とか、見たことないなぁ」
「そやろ? そのへんの女が「かわいぃ」とか云うてるチワワとかなぁ、あれに黒くて縮れ毛のチンゲ生えてるとこ、想像してみ? ものすご卑猥やと思わへん?」
俺の脳内スクリーンに、愛くるしい目をした、チンゲチワワが投影された。
むう。
それはとても、イヤだ。
ただ、21世紀。科学万能の時代とか想像していたが存外、チンゲひとつも解明されてないんだ。
と思うと、ちょっと愉快である。
陰毛。万歳。
フォーシーズン
これも取材絡みで知った店なのだけど、
築地の「フォーシーズン」について、書いてみます。
最近、築地というのは外国人観光客が訪れてみたい場所、ナンバー1だそうだ。
先日も某誌で、かれこれ2週間くらい、毎日朝から(といってもその「朝」は午前4時だったりして)築地に出向いて撮影していた。
そこでいろんな飲食店を取材撮影して回っていたのだが、
そのなかでも、最も印象深かったのがこの「フォーシーズン」。
喫茶店です。
だけど、昼飯時には、誰も「喫茶」していない。
ひたすら、スパゲッティを、食っている。
「ナポリタン」「和風」「ミートソース」「スープ系」
写真は、一番人気のナポリタン。
これが、とんでもなく旨い。
最近、温故知新なのかどうかだが、ナポリタン専門店なんてのもできたりしてそれは、あまりにも偉くなりすぎたイタリア料理というのに対する、よりもどしのような気もするのですが、ケチャップでビチョビチョしたそれはもう、パスタではなくて茹ですぎたうどんみたいなのを啜って「あぁ。これは昔の懐かしい味だ」とか云うのは、温故知新ではなくて「退行」で、そこにとどまっているだけならば、何も面白くないと、思う。
むしろ、東京カレンダー的な雑誌に載っている「最新イタリアン」とかちゃんとチェックして、食っている方に、このナポリタンを薦めたい。
吹っ切れている。
ちょっと、涙ぐむくらいの、衝撃がある。
素晴らしいと、思った。
だからと云って、このナポリタンを供するオヤジが、よくあるこだわりオヤジの作務衣の蕎麦屋みたいな、鬱陶しいことこの上ないオッサンではないところに、余計に素晴らしさがある。というか、このオッサン。繁忙時は必死でスパゲッティを作っているが、ちょっとヒマになると今の日本で、特に丸の内にありあそうな外資系会社の綺麗なオフィスで働かせたら、5秒でセクハラで訴えられて、クビになるだけならまだしも、何百億円支払えと通告されそうなエロオヤジなのである。
今回の取材。
「スープスパゲティって、どんな感じなんですか?」と、姐さん。
「う~ん」
「え、どうされたんですか?」
「あ、あのねえ。たとえて云うならば、貴女の、ラブジュースみたいな、そんな味だよ」
確かに、それは、アサリのスープスパゲティの話だったので、正解ではあるだろう。
しかし「ラブジュース」って。。。。
なんだか、キンゼー報告的な、昭和の匂いがする言葉に俺が打ち震えてていると、
「まあ、だいたい解りますけど私、自分で自分の、飲んだことも舐めたこともないから、ちょっと解りませんわぁ」
と、姐さん。
素晴らしい。ナイスレシーブ。
↑ これがその「ラブジュース」味の、スープスパゲッティだ!
てな感じで、女性のいわゆるアソコは、黒ずんでいると遊んでいるとか云われるが、実は逆だぞとか、そうゆう事を教わりながら、これまた素晴らしい、ラブジュース味のスパゲティを食っていたら、
いままで、そんな旦那の天衣無縫ぶりに辟易しているように沈黙していた奥さんがいきなり俺に、
「あなた、俳優になりなさいよ」
と。。。。。
「え! こいつ、男前でもなんでもないですやん!」と、姐さん。
「いや、そうじゃないの。この存在感。絶対、凄い脇役になるわ! 最近、男前がいっぱいだけど、いい脇役がいないのよ。役者になって! ね。」
とまで云われたので、なんとなく返しに、
「奥さん、こんなオッサンと毎日、下ネタばっかりで、どうですか?」
と訊いたら、
「私、若いころはBGだったのよ。いまではOLって云うのね。そこでね、先輩が毎日、いっぱい下ネタを云ってくれるのよ。知らないことばかりでしょ。毎日が楽しくて楽しくて!」
いまだに少女のような瞳をクルクルさせながら、彼女は語ってくれた。
俺は彼女に、惚れそうに、なった。
こんな夫妻が、営んでいる喫茶店でありかつ、世界一旨いナポリタンを食える店である。
エロトークばかりであるがこのオッサンの作るナポリタンを食ったら、素材がどうのこうのではなくて料理は
「センス」
である。と納得すると思う。
「銀すし」といい「フォーシーズン」といい、鮨とナポリタンではあるが共に、
「シンプル極まりない調理法の達人」
として、俺は熱く、推挙するところです。
追伸;
下ネタ嫌いならば、繁忙時に行って、下ネタが大好きならば、午後2時以降に訪れて是非、カウンターに座ってみてください。
築地の「フォーシーズン」について、書いてみます。
最近、築地というのは外国人観光客が訪れてみたい場所、ナンバー1だそうだ。
先日も某誌で、かれこれ2週間くらい、毎日朝から(といってもその「朝」は午前4時だったりして)築地に出向いて撮影していた。
そこでいろんな飲食店を取材撮影して回っていたのだが、
そのなかでも、最も印象深かったのがこの「フォーシーズン」。
喫茶店です。
だけど、昼飯時には、誰も「喫茶」していない。
ひたすら、スパゲッティを、食っている。
「ナポリタン」「和風」「ミートソース」「スープ系」
写真は、一番人気のナポリタン。
これが、とんでもなく旨い。
最近、温故知新なのかどうかだが、ナポリタン専門店なんてのもできたりしてそれは、あまりにも偉くなりすぎたイタリア料理というのに対する、よりもどしのような気もするのですが、ケチャップでビチョビチョしたそれはもう、パスタではなくて茹ですぎたうどんみたいなのを啜って「あぁ。これは昔の懐かしい味だ」とか云うのは、温故知新ではなくて「退行」で、そこにとどまっているだけならば、何も面白くないと、思う。
むしろ、東京カレンダー的な雑誌に載っている「最新イタリアン」とかちゃんとチェックして、食っている方に、このナポリタンを薦めたい。
吹っ切れている。
ちょっと、涙ぐむくらいの、衝撃がある。
素晴らしいと、思った。
だからと云って、このナポリタンを供するオヤジが、よくあるこだわりオヤジの作務衣の蕎麦屋みたいな、鬱陶しいことこの上ないオッサンではないところに、余計に素晴らしさがある。というか、このオッサン。繁忙時は必死でスパゲッティを作っているが、ちょっとヒマになると今の日本で、特に丸の内にありあそうな外資系会社の綺麗なオフィスで働かせたら、5秒でセクハラで訴えられて、クビになるだけならまだしも、何百億円支払えと通告されそうなエロオヤジなのである。
今回の取材。
「スープスパゲティって、どんな感じなんですか?」と、姐さん。
「う~ん」
「え、どうされたんですか?」
「あ、あのねえ。たとえて云うならば、貴女の、ラブジュースみたいな、そんな味だよ」
確かに、それは、アサリのスープスパゲティの話だったので、正解ではあるだろう。
しかし「ラブジュース」って。。。。
なんだか、キンゼー報告的な、昭和の匂いがする言葉に俺が打ち震えてていると、
「まあ、だいたい解りますけど私、自分で自分の、飲んだことも舐めたこともないから、ちょっと解りませんわぁ」
と、姐さん。
素晴らしい。ナイスレシーブ。
↑ これがその「ラブジュース」味の、スープスパゲッティだ!
てな感じで、女性のいわゆるアソコは、黒ずんでいると遊んでいるとか云われるが、実は逆だぞとか、そうゆう事を教わりながら、これまた素晴らしい、ラブジュース味のスパゲティを食っていたら、
いままで、そんな旦那の天衣無縫ぶりに辟易しているように沈黙していた奥さんがいきなり俺に、
「あなた、俳優になりなさいよ」
と。。。。。
「え! こいつ、男前でもなんでもないですやん!」と、姐さん。
「いや、そうじゃないの。この存在感。絶対、凄い脇役になるわ! 最近、男前がいっぱいだけど、いい脇役がいないのよ。役者になって! ね。」
とまで云われたので、なんとなく返しに、
「奥さん、こんなオッサンと毎日、下ネタばっかりで、どうですか?」
と訊いたら、
「私、若いころはBGだったのよ。いまではOLって云うのね。そこでね、先輩が毎日、いっぱい下ネタを云ってくれるのよ。知らないことばかりでしょ。毎日が楽しくて楽しくて!」
いまだに少女のような瞳をクルクルさせながら、彼女は語ってくれた。
俺は彼女に、惚れそうに、なった。
こんな夫妻が、営んでいる喫茶店でありかつ、世界一旨いナポリタンを食える店である。
エロトークばかりであるがこのオッサンの作るナポリタンを食ったら、素材がどうのこうのではなくて料理は
「センス」
である。と納得すると思う。
「銀すし」といい「フォーシーズン」といい、鮨とナポリタンではあるが共に、
「シンプル極まりない調理法の達人」
として、俺は熱く、推挙するところです。
追伸;
下ネタ嫌いならば、繁忙時に行って、下ネタが大好きならば、午後2時以降に訪れて是非、カウンターに座ってみてください。
銀すし
ブログもご無沙汰であります。
というか、2011年になっていますね。
遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。
さておき、
最近何をしているかというと、全国津々浦々、鮨屋の撮影に行ってました。
そのトップバッターである「銀すし」について書いておこうと思います。
飛行機に乗って、博多空港へ。
そこから、電車に揺られて唐津まで。
唐津と云ってもその手前の浜崎という、それはそれは寂しい駅で降りて、歩いて行きます。
4年前も、この店に連れてきてくれた編集女史と一緒に。
しばし撮影。
そして、魅惑の鮨タイムの始まり。
4年前の記憶では、確かに美味しい鮨だったけど、唐津の漁港で揚がった魚のみを使うという清廉潔白さがなんとなく、やけにあっさりした精進料理を食ったあとと同じような感じがしていたのを思い出した。
今は、博多の市場で揚がった魚を使っているというのが、最大の変化だそうです。
それが功を奏しているのか、店主の銀ちゃんの腕が上がったのか、兎に角、
鮨に色気が発散されている。
つまみに、自家製のからすみなんぞを供してくれたので、のっけから日本酒全開モードだったのですが、それが握りに移行してもぐんぐんと、酒杯を重ねたくなる。
↑ カラスミ大好物の私が、いままで食ったなかで最も悶絶したカラスミ画像。
結局、編集女史と俺で、一升半の酒を飲んでしまった。
ベロンベロンです。残念なことに記憶もさだかではないのだけど、
それでもはっきりと覚えているのが、
「烏賊の握り」
※この右端にいるヤツです。これは撮影用。表にも包丁が入っているが、俺の食ったのは裏だけだった記憶があります。ええ。
そもそも、博多は烏賊が美味しい。
だけど、以前に博多で、地元の女史が「ここは、烏賊が美味しいから!」と連れてくれた割烹料理屋での烏賊は「ああ、新鮮ですねえ」という以外、別にとりたてて何か云うこともない烏賊であったし、その次に来た時も烏賊をすすめられて食ったけど「ああ、烏賊ですねえ」という以外、云う事のない烏賊でした。
まあ、それほど烏賊に、執着してなかったのかもしれません。
銀ちゃんの話に戻ろう。
銀ちゃんは、ネタ箱から烏賊を取り出した。
それはどこか「工業製品」のような、シリコンのようなモノであった。
正直云って「うまそう」とは、思えない。
水烏賊だったような気がする。
水烏賊には、良い思い出が、無い。
ブニブニしていて、ゴム食ってるような烏賊だ。
そういう烏賊を食えるようにするために、細かく包丁を入れて、松毬にするんだろうなぁと思って見ていたら銀ちゃんは、烏賊の裏にスススススッと軽く包丁を入れて、素早く握って供してくれた。
俺はそれを、すぐに口に運んだ。
烏賊よ、いままで誤解していてごめんなさい。
俺はこれから、烏賊のことを、好きな人になって生きていくよ。嗚呼。
と、涙した。
実際、涙が出てきた。
というような、烏賊体験。
あと、おぼろげな記憶を辿っていくと、ヨコワに悶絶した記憶があり、
そこから俺は、鮨食い黒帯の編集女史に「ねえねえ、鮨って、何なんですか?」という哲学的というか、単なる酔っぱらいの禅問答。めんどくさい客。
つくづく、鮨って、わからない食い物だなぁと思う。
回ってようが、回ってなくても1貫100円って店もあって。
銀座でひとり5万円だろうが、銀ちゃんの鮨だろうが、そのすべての鮨が、
「酢飯オン刺身」
形状は、一緒。
だけど、明らかに、違う。
そんな、銀ちゃんが握ってくれる鮨を食うたびに、俺はその謎の深淵に嵌っていくのでありました。
不思議な食べ物です。鮨って。
後日談ですが、編集女史によると銀ちゃんは、俺よりちょっと若い四十路の男ですが、
いまでも毎日、鮨を握る練習をしているそうです。
また、編集女史の友人は、こんなに凄い銀ちゃんの鮨を「あそこは、マグロが無いから」と、評価していないとも。
俺は最近、散歩写真とか云って、ちょっとばかり仕事以外の写真も撮ってたりするけど、それは毎日ではないしむしろ、現住所の砧周辺ってのは、5回も散歩すると飽きるような平坦な景色なのでやめてしまった。銀ちゃんの姿勢を見習わなくてはいけない。
そして、鮨屋にマグロが無いからと、その鮨を評価できないというのは、よろしくない。
だけど、マグロが好きなひとって、多いのです。
築地の近所の銀座で鮨食うならばともかくも、唐津まで来て築地から仕入れたマグロを所望するという神経は理解しがたいものがあるんですなぁ。
銀すし
http://r.tabelog.com/saga/A4102/A410201/41000054/
というか、2011年になっていますね。
遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。
さておき、
最近何をしているかというと、全国津々浦々、鮨屋の撮影に行ってました。
そのトップバッターである「銀すし」について書いておこうと思います。
飛行機に乗って、博多空港へ。
そこから、電車に揺られて唐津まで。
唐津と云ってもその手前の浜崎という、それはそれは寂しい駅で降りて、歩いて行きます。
4年前も、この店に連れてきてくれた編集女史と一緒に。
しばし撮影。
そして、魅惑の鮨タイムの始まり。
4年前の記憶では、確かに美味しい鮨だったけど、唐津の漁港で揚がった魚のみを使うという清廉潔白さがなんとなく、やけにあっさりした精進料理を食ったあとと同じような感じがしていたのを思い出した。
今は、博多の市場で揚がった魚を使っているというのが、最大の変化だそうです。
それが功を奏しているのか、店主の銀ちゃんの腕が上がったのか、兎に角、
鮨に色気が発散されている。
つまみに、自家製のからすみなんぞを供してくれたので、のっけから日本酒全開モードだったのですが、それが握りに移行してもぐんぐんと、酒杯を重ねたくなる。
↑ カラスミ大好物の私が、いままで食ったなかで最も悶絶したカラスミ画像。
結局、編集女史と俺で、一升半の酒を飲んでしまった。
ベロンベロンです。残念なことに記憶もさだかではないのだけど、
それでもはっきりと覚えているのが、
「烏賊の握り」
※この右端にいるヤツです。これは撮影用。表にも包丁が入っているが、俺の食ったのは裏だけだった記憶があります。ええ。
そもそも、博多は烏賊が美味しい。
だけど、以前に博多で、地元の女史が「ここは、烏賊が美味しいから!」と連れてくれた割烹料理屋での烏賊は「ああ、新鮮ですねえ」という以外、別にとりたてて何か云うこともない烏賊であったし、その次に来た時も烏賊をすすめられて食ったけど「ああ、烏賊ですねえ」という以外、云う事のない烏賊でした。
まあ、それほど烏賊に、執着してなかったのかもしれません。
銀ちゃんの話に戻ろう。
銀ちゃんは、ネタ箱から烏賊を取り出した。
それはどこか「工業製品」のような、シリコンのようなモノであった。
正直云って「うまそう」とは、思えない。
水烏賊だったような気がする。
水烏賊には、良い思い出が、無い。
ブニブニしていて、ゴム食ってるような烏賊だ。
そういう烏賊を食えるようにするために、細かく包丁を入れて、松毬にするんだろうなぁと思って見ていたら銀ちゃんは、烏賊の裏にスススススッと軽く包丁を入れて、素早く握って供してくれた。
俺はそれを、すぐに口に運んだ。
烏賊よ、いままで誤解していてごめんなさい。
俺はこれから、烏賊のことを、好きな人になって生きていくよ。嗚呼。
と、涙した。
実際、涙が出てきた。
というような、烏賊体験。
あと、おぼろげな記憶を辿っていくと、ヨコワに悶絶した記憶があり、
そこから俺は、鮨食い黒帯の編集女史に「ねえねえ、鮨って、何なんですか?」という哲学的というか、単なる酔っぱらいの禅問答。めんどくさい客。
つくづく、鮨って、わからない食い物だなぁと思う。
回ってようが、回ってなくても1貫100円って店もあって。
銀座でひとり5万円だろうが、銀ちゃんの鮨だろうが、そのすべての鮨が、
「酢飯オン刺身」
形状は、一緒。
だけど、明らかに、違う。
そんな、銀ちゃんが握ってくれる鮨を食うたびに、俺はその謎の深淵に嵌っていくのでありました。
不思議な食べ物です。鮨って。
後日談ですが、編集女史によると銀ちゃんは、俺よりちょっと若い四十路の男ですが、
いまでも毎日、鮨を握る練習をしているそうです。
また、編集女史の友人は、こんなに凄い銀ちゃんの鮨を「あそこは、マグロが無いから」と、評価していないとも。
俺は最近、散歩写真とか云って、ちょっとばかり仕事以外の写真も撮ってたりするけど、それは毎日ではないしむしろ、現住所の砧周辺ってのは、5回も散歩すると飽きるような平坦な景色なのでやめてしまった。銀ちゃんの姿勢を見習わなくてはいけない。
そして、鮨屋にマグロが無いからと、その鮨を評価できないというのは、よろしくない。
だけど、マグロが好きなひとって、多いのです。
築地の近所の銀座で鮨食うならばともかくも、唐津まで来て築地から仕入れたマグロを所望するという神経は理解しがたいものがあるんですなぁ。
銀すし
http://r.tabelog.com/saga/A4102/A410201/41000054/
Gmailって・・・・
最近、仕事上のメールのやりとりで、
「送ったんですけど」
「え? 届いてませんが」
という事が頻繁に起こっている。
よくよく聞いてみたら、その送り主の全員が、Gmailを使っていらっしゃった。
むー。
ネットの黎明期にはメール送ったあとで「いまメール送ったけど、届いてますか?」って電話するとかありましたが、最近そんな事もやらないからなぁ。
ま、私自身が使おうとか、まったく思わないサービスなのだが、
不具合が多発してるんでしょうか?
「送ったんですけど」
「え? 届いてませんが」
という事が頻繁に起こっている。
よくよく聞いてみたら、その送り主の全員が、Gmailを使っていらっしゃった。
むー。
ネットの黎明期にはメール送ったあとで「いまメール送ったけど、届いてますか?」って電話するとかありましたが、最近そんな事もやらないからなぁ。
ま、私自身が使おうとか、まったく思わないサービスなのだが、
不具合が多発してるんでしょうか?
戦友との再会
ツイッターの繋がりから俺を見つけてくれた、かつての戦友編集者と会合。
築地まで呼び出して一緒に鮨を食った。
メールで「今は新宿のカプセルホテルを住まいとして生きてます」と書いてあったから、
どんだけ困窮しとんのか、ガリガリに痩せてハゲてたらどうフォローしようかとか、いろいろ気遣っていたのだが、丸々と肥ってかつ、超・元気であった。
そして鮨食いながら、喫茶店で茶飲みながら、お互いの空白の時間を埋めかつ、激しく近況報告して、市ヶ谷の事務所までクルマで送って行きその時間がとても短く感じられるほど、いろんな話をした。
有意義というと、なんだか事務的だ。「プレシャス」な時間を過ごしたのであった。
なかでも「ネットにやられて、雑誌が駄目になったとか云いますけど、それも終わったと僕は実感してます」という発言に、グッときた。
「Go Out」というアウトドア雑誌を製作しているそうだ。
俺はアウトドアといえばサバゲもやめた今となってはゴルフとスキーだけなので、まったく知らなかったのだが、実売数では男性誌のトップ5にランクインするほどに、売り上げを伸ばしていると云う。
関西時代よりそうだったのだが、やけに醒めた男である。
「シニカル」で「ニヒル」だ。
いつも、どこかで自分自身さえも突き放して俯瞰で見ているような男だったし、今もそうだ。
だからなのか、彼のやること考える事というのは、ひとりよがりになったり、どこかの編集長みたいに自らの保身と再就職先のために雑誌自体を沈没させても自分だけ生き残ろうとかいう小狡さが、無い。
潔いんだな。
市ヶ谷の編集部まで送ったら「あ、サコさん、ここで待ってて」と、クルマを降りて小走りに走っていくから「ん? なんだろ?」って思って待ってたら、雑誌を抱えて戻ってきた。
「ま、こんなん作ってるんですわ。見てみてください」
帰路、首都高が渋滞してきたので、彼の作っている「Go Out」を読みながらノロノロ運転していた。
「わはは! やっとること、一緒やんけ!」
笑みがこぼれた。
そこにあったのは、彼を主幹として、俺も深く関わっていた、彼が編集長だった頃の「カジカジ」が、着てる服がアウトドアになっただけで、そりゃぁあれから10年以上経っているから若干の技術的進歩はあるものの、ほぼ「そのまんま」。
「懐かしさ」と「やるねえ、お前ら」という感情が、こみあげてきた。
もうひとつの、というか、俺の元々の「巣」である「Meets」も、関東に進出していまや、確固たる地位を築きあげている。
迷い迷って大阪で四苦八苦しながら「江戸は凄いんだ!」と憧憬の念を持って生きていたのだが存外、
「え? 俺達がずっと、やってきていた事が正解だったの?」
という気にも、なる。
しかしこのところ、日々、プレシャスだ。
築地まで呼び出して一緒に鮨を食った。
メールで「今は新宿のカプセルホテルを住まいとして生きてます」と書いてあったから、
どんだけ困窮しとんのか、ガリガリに痩せてハゲてたらどうフォローしようかとか、いろいろ気遣っていたのだが、丸々と肥ってかつ、超・元気であった。
そして鮨食いながら、喫茶店で茶飲みながら、お互いの空白の時間を埋めかつ、激しく近況報告して、市ヶ谷の事務所までクルマで送って行きその時間がとても短く感じられるほど、いろんな話をした。
有意義というと、なんだか事務的だ。「プレシャス」な時間を過ごしたのであった。
なかでも「ネットにやられて、雑誌が駄目になったとか云いますけど、それも終わったと僕は実感してます」という発言に、グッときた。
「Go Out」というアウトドア雑誌を製作しているそうだ。
俺はアウトドアといえばサバゲもやめた今となってはゴルフとスキーだけなので、まったく知らなかったのだが、実売数では男性誌のトップ5にランクインするほどに、売り上げを伸ばしていると云う。
関西時代よりそうだったのだが、やけに醒めた男である。
「シニカル」で「ニヒル」だ。
いつも、どこかで自分自身さえも突き放して俯瞰で見ているような男だったし、今もそうだ。
だからなのか、彼のやること考える事というのは、ひとりよがりになったり、どこかの編集長みたいに自らの保身と再就職先のために雑誌自体を沈没させても自分だけ生き残ろうとかいう小狡さが、無い。
潔いんだな。
市ヶ谷の編集部まで送ったら「あ、サコさん、ここで待ってて」と、クルマを降りて小走りに走っていくから「ん? なんだろ?」って思って待ってたら、雑誌を抱えて戻ってきた。
「ま、こんなん作ってるんですわ。見てみてください」
帰路、首都高が渋滞してきたので、彼の作っている「Go Out」を読みながらノロノロ運転していた。
「わはは! やっとること、一緒やんけ!」
笑みがこぼれた。
そこにあったのは、彼を主幹として、俺も深く関わっていた、彼が編集長だった頃の「カジカジ」が、着てる服がアウトドアになっただけで、そりゃぁあれから10年以上経っているから若干の技術的進歩はあるものの、ほぼ「そのまんま」。
「懐かしさ」と「やるねえ、お前ら」という感情が、こみあげてきた。
もうひとつの、というか、俺の元々の「巣」である「Meets」も、関東に進出していまや、確固たる地位を築きあげている。
迷い迷って大阪で四苦八苦しながら「江戸は凄いんだ!」と憧憬の念を持って生きていたのだが存外、
「え? 俺達がずっと、やってきていた事が正解だったの?」
という気にも、なる。
しかしこのところ、日々、プレシャスだ。




