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もう2月です

もう2月です!

はやいもんですなぁ。

ところで、私の愛読書である「月刊ムー」では、今年で世界滅亡とか書いてありますが、

俺の予感ではこうやって「あーもお6月だ!」「え? なんでもう、除夜の鐘が鳴ってんだ?」と、

いつものように、齢を重ねていきたいものだと考えております。

ええ。

カレーリーフ

最近みつけたというか、忘年会で友人がセレクトしてくれた店が、東中野の「カレーリーフ」という店なのである。

東中野いうのは、なかなか濃ゆい街で、俺が一人暮らしなんぞをしていたら、住みたい街ナンバー1かもしれん。

ともあれ「カレーリーフ」の話だ。

インド料理の店なのであるが、タンドールの前でナンとか焼きながら、目が合うとやたら白い歯を見せて微笑むインド人は、いない。

日本人のご夫婦で、営んでいらっしゃる。
正直云って、学生あがりが一生懸命作りましたというカフェよりも、簡素な店内。

だが俺は、店の内装なんぞ、激しくどうでも良いというタイプなので、何も気にせず席に着いた。

そこにでてきた、

「チキンメラグー」

もうね、なんだこれ? 嗚呼! って味。

素晴らしいのだ。

皆様も是非、東中野にお立ち寄りの際は。

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

なんだか旧年中は「さて行くぞ!」と思ったら大地震があったりして、
なんだか「むー」って思っている間に、気がつけば除夜の鐘。。。。。

今年は、心機一転、精進しますので、よろしくおねがいします。

ありえへんお歳暮。それは中勢以。

チョビが駅伝大会に出るというので応援に行くと云ったら、

「絶対に、来るな」

と云われたので諸々、溜まっている画像処理なんぞをして過ごしていた快晴の日曜日。

気配がするのでカーテンを開けたら、クロネコ君が俺の家に来ていた。

手には、クール宅配便であることの証しに、発泡スチロールの小箱を持っている。

「なんだろう?」

と俺は、階下に降りた。

俺の家は、不便なことに、2階にいると、いわゆる「チャイム」の音が聞こえないのだ。

ドアを開けると宅配のアニキが「恵比寿のYさんよりお届けものです」と。

受け取ると、発泡スチロールの小箱になんと、

「中勢以」

というシールが貼ってある。。。。

「中勢以」

だ。。。。。

いま、この東京で、というか世界で、もっとも、旨い肉を売っている店だ。

どういうわけだ?

なんでY女史が、俺に、こともあろうに「中勢以」の肉を、送ってくれるんだ?

狐につままれたかのような俺であったが早速、小箱を開けてみた。

そこには「嗚呼」としか云いようのない、ステーキ肉が4枚も、それも中勢以らしく、筍の皮でくるんで鎮座していた。

俺は、発狂しそうになった。

ちょっとだけ残っていた「正気」で早速、肉を焼くことにした。

しばらく手のひらで温めていたのだが、まどろっこしくなって電子レンジに入れて、人肌までもっていった。

ある意味、外道な振る舞いだ。

しかし俺は、そうせざるをえないほどに、切迫していた。

そこから一気呵成に、焼き上げた。

そして、食った。

2011年、最強のビフテキ。

ありがとう! Y女史。



そこで俺は考えた。

Y女史とは長いブランクの後、今年の10月11月と、立て続けに面白い取材をしただけの間柄だ。

俺は、何等、お世話してない。というか、仕事を振ってきてくれたのは、女史だ。

肉には「お歳暮」と書いてあった。

確かに、彼女に「中勢以」の肉を教えたのも俺だし、
北品川の「三浦屋」の天丼を教えたのも、俺だ。

あと、大阪の「パッパ」と、京都の「江畑」を教えて、彼女は俺の云うままに、それを食ってきた。

「美味しかったです」

って、メールもくれた。


だが、偉いのは俺ではなくて、「中勢以」に「三浦屋」、「パッパ」に「江畑」だ。


申し訳無い。


だけど単純に、突き抜けるほどに、嬉しい。


ありがとう。

俺も、誰かに、こんなに嬉しい贈り物をすることができる男になりたいと思った。

そんな2011年の、年の瀬。


江古田のテンイチを食った

江古田のスタジオで、撮影。

俺は、あることを、目論んでいた。

「撮影終わったら、噂の、江古田のテンイチを、食おう」

AD男子に「俺は今日、弁当いらないのです」と告げた。

「え? サコさん今日もまだ現場があるんすか! 稼ぎますねえ!」

「いや、違うんだ。今日、俺は、江古田のテンイチを、食おうと、思っている」

「え~、なんすか? 江古田のテンイチって、なんか他のテンイチと違うんっすかぁ?」

「ああ、なんか違うらしいから、食いに、行くのだ」

俺は、ハウススタジオの扉を開けて寒風吹きすさぶ、
江古田の街を歩き出したのである。。。。

ここで、ひとまず、解説してみよう。そもそも「天下一品」というラーメンの事を、知らないひともいることだろうから。。。。

「天下一品」は、京都のラーメンである。

たまに東京で「京風らぁ~めん(平仮名で「らぁ~めん」という時点で、虫酸が走るが)」とかいうのがあるが、あれは全国に顕在する「京風妄想」のひとつであり、京都のラーメンというのはたぶん、日本一、濃いくて、そして、

とっても、ケミカル。

だ。

そうゆう、京都のラーメン世界を京風に喩えると右大臣と左大臣が、俺的には「天下一品右大臣」と「新福菜館左大臣」ということになる。

これ、どっちの大臣のほうが偉いのか? 
という話を良く聞くが、左大臣のほうが偉いそうだ。

俺が、俺を仮想天皇として任命した大臣の序列として、それは正しい。

俺の中では「天下一品」<「新福菜館」なのだ。
何故かというと、天皇である俺は、東京に遷都されてしまっている。
江戸には「天下一品」は、いっぱいある。

だけど「新福菜館」は、無い。

なので、遷都されてしまった天皇(俺)は、テンイチを食いながらも、新福菜館を思うという、やんごとない状況におかれているのだ!!!

嗚呼!

もうしわけございませんでした。。。。

自分を天皇に喩えるだけでも不遜なのにそのうえ、
何の解説にも、なってないような、気がする。


なので、本題に戻ります。ええ。


それほどに、俺にとって「天下一品」というのは「ソウルフード」なんです。
いろんなネット上の「天下一品を語る」系のコミュニティにも、
ログインしています。



そして何処とは書かないけど、
熱烈なる天下一品マニアの集うサイトで俺は一度だけ、

「まあ、俺としては唯一、八幡山のテンイチが、及第点なのです」

と、普通に、弱々しく、コメントしたらそこから、

「お前、江古田食ってコメント入れてんだろなぁ? ゴラァ!」

「なんだお前! 八幡山で満足してんのかよ? アフォですか? 江古田食ってねえなこの馬鹿w」

というような、心が折れるようなコメントをいっぱいいただいてしまった。

反論は、しなかった。
だが、コメントを入れた人々のいろんなアレは確認して、そこに関西人がひとりもいない事を確認。むしろ関西人は「お! 俺も八幡山好きですわぁ」とか書いてくれていた。。。。。

なぜ、俺は反論しなかったか?

俺は、テンイチに関しては、ネイティブ。
小学生んときから食ってるんだ。
余裕なのだ。なので、俺に対する罵詈雑言も、

「アナタノ日本ゴ、オカシイアルヨ」

と、云われたけど「お前のほうが、オカシイアルヨ」と、いう気分だったから。

「レゲエ、好きなんですYO!!! いやまん!」

とかいう日本人のドレッドパーマです。俺レゲエっす。な、
男の子がレゲエのレコーディングするから、
「ほなら、何人か腕のええのん集めてレゲエやるさかいに、
まあ、唄えやお前。金は置いていけよなぁ。いやまん」

という、ジャマイカ人の音楽ブローカー気分も味っていたのかもしれん。
むう。




とんでもなく、横道にそれた前置きが、長くなった。




俺はそうして、江古田の、テンイチを、食いにいった。



午前11時半。

「すわ、定休日か?」

と思わせる、なんの飾り気もない店構え。

地味な「営業中」という札に安堵して、俺は店に入った。

注文をとりにきた店員女子は、
あからさまに中南米系で、だけど日本語は達者だ。

「チャーハン定食。こってりで、麺かため」

ほどなくして、チャーハンがでてきた。

「塩きつめ」

とは、オーダーしてないが、汗水垂らして働く男の塩加減。

だがそれは、いままで東京で、貪るようにいろんなテンイチで食ってきたが、最強のチャーハンだ。

感動しながらチャーハン食っていると俺の、

「こってり、麺かため」

が運ばれてきた。

いつものクセで、レンゲで汁を啜った。

むう。なんだこれわ。。。。

おそろしく、濃い。
レンゲで汁を啜るたびに、噎せ返る。
噎せ返りながらも、俺のなかのなにかが「これだ。もっと、食え」と云う。

俺は、はじめてテンイチを食った日の事を思い出していた。

それと同時に、滋賀県の、
とある琵琶湖畔の村に撮影に行った事も、思い出していた。

その村はかつて、政争に敗れた貴族が流刑された村。
民俗学者の方が、フィールドワークに訪れているそうだ。
そこに住む、老婆の語り口から、本当の京の、昔ことばが抽出できるから。

スタジオに戻ったら、俺が江古田のテンイチを食いに行ったと聞いた、
関東人のテンイチマニアのスタッフが、

「食ってきましたか?」

と、ニヤニヤしながら俺を待っていた。

「ものすごい、旨かったです。だけど、濃すぎかも」

と云ったら、彼は高らかに「はっはっはっは~」と笑っていた。


俺がはじめて、テンイチを食った夜。
いつものように、俺と弟のために、大量の肉を料理してくれていた母。

しかし俺は、俺史上初の「小食な、俺」と化した。

いつも取り合いで喧嘩までしている弟が悠々と、大量の肉を食うのを眺めていた。


いま、午後8時50分。
江古田のテンイチ、食ったのは午前11時半。

まだ俺に、俺の存在理由の「食欲」


が、沸いてこない。。。。



江古田のテンイチ。今は本家の京都でも味わうことのできない、「飛び地」な、
濃ゆいテンイチ。なのか?

いろんな意味で、おそるべし。



むー。

Macと、USB3.0

とりあえず、サンダーボルトいうサンダーバードみたいな規格は、ざくっとMacのHPを見る限り、Macでものすごい量の映像をやる人にしか普及しないだろうなぁという感想を抱いた。

だが、そんなひとは迷わず、Macとプレミアを捨てて、自作win機にエディウスを乗せたら、サンダーボルトなんぞ使わなくてもサクサクで編集できちゃうのが、Mac畑で育った俺としては、なんだか悔しいし、サンダーボルトに投資したひとは、この規格自体がソニーのBeta化して、将来的に泣くことになるんだろうなぁとまで、俺は思う。むう。

とまれ、俺はいまのところ、写真。すなわち静止画稼業なので、こんな必死のパッチみたいな壮大なるシステムは不要かと。

てなところで検索していたら、USB3.0いうのを、見つけた。

いまも、本日撮影した32GBのデータを、USB2.0というので繋いだカードリーダーで読み込んでいるのだが、1時間以上かかりますとでていて、コピーをはじめてからもう、20分以上経っているはずなのに残り時間は「約47分」と、表示されている。

いやだ。はよ寝たい。


なので、ラシー社のUSB3.0拡張カードというのを買って換装。カードリーダーはLOASというメーカーのものを購入して繋いでみた。

無反応。

ポートを替えてみた。

すると、反応し、試しに入れた4GBのCFを、3分で読み込んだ。

「おお! 素晴らしい。だけど4GBやったら、2.0でも3分やろ?」

と、2.0のカードリーダーで読み込ませたら、9分。

「おお! 1/3やんけ!」

悦んだのもつかの間、次のカードを入れたら元の木阿弥、無反応になった。

そこでいろいろと調べてみたら、ラシーの拡張カードは、ラシー社の販売しているUSB3.0なMac対応のHDDのみに反応するように制限されているらしく、俺がぬか喜びしたのはたぶん、その「制限」が、かかっていない間をすり抜けてしまっただけ。という事なのかもしれん。

いやはや、Firewire800とかいう、無用の長物を売り続けたことを顧みることなく、今度はUSB3.0を無視してサンダーボルトって。。。。

たぶんこのブログは、俺のように「Mac USB3.0」と検索して、引っかかってきた方々が、読むことになるだろう。

申し訳ございません。俺はそこに、何の解決策も、見出してません。

むしろロアス社の、ムダになったカードリーダー、だれか1000円で買いませんか?

という気持ちだ。嗚呼。

そして、誰か、この難関をくぐり抜け、Macでも使えるUSB3.0拡張カードと、使えるUSBカードリーダーをゲットしたぞ俺! という方がいらしたら、お手数ですがたぶん、もの凄い数のマカーUSB3.0難民が、俺以外にもいっぱいいると思いますので、コメントくださいませ。ええ。

なんのお礼もできませんが、前述のロアス社のカードリーダーを無料で郵送というか、送りつけたりします。

むー。

こんだけ書いても、USB2.0で読み込んでる32GBのデータは、残り18分です。

あー。


イキリ

江戸に来てから暫く、俺は標準語で通していた。

まあ、正直云って、簡単なのである。
自慢するが俺、歌がうまいのだ。

俺の経験からすると、東京に来てもなお、大阪弁や関西弁で喋っている奴というのは、関西弁を武器とする芸人か、歌が下手なやつなのである。

しかし最近、なんだか面倒臭くなって俺は、東京人だらけの現場でも普通に、ちょっと京都風の関西弁を使っている。

そこに、あんまり深い意味は、無い。
ただ、面倒臭くなっただけだ。


しかしこうして、足かけ何年だ? 8年くらいか? を、江戸で暮らしているとたまに、関西では通用したが、江戸ではまったく通用しない言葉というのに出くわす。

俺の場合、それは「イキリ」だ。

「あいつ、イキリやしなぁ」

というのが、普通の使われ方。

そして、女子の間で交わされる、

「なぁ、あの●●君、なんか格好ええと思わへん?」

「私もなぁ、格好ええと思ってんねんけどさぁ」

「ん? 何か、あかんの?」

「なんかなぁ、●●君って、イキってへん?」

「まあ、そういえば、だいぶんイキリかも」

「な、そうやろ?」

とかいう風に、なる。


標準語で云うとたぶん、

「粋がっている」

となるのだろうが、まったく、ニュアンスが、違う。

江戸の場合「粋がる」=「粋」みたいなところがあって、それは街の成り立ちとしても仕方無いのである。本当に「粋」な江戸のひとも数多く会ってきたが、そうではない、田舎から出てきて、一旗あげて、お洒落雑誌に「いま、東京の最先端をいくお洒落なひと」みたいな誌面にでてるひとは、関西弁でいうとみんな、

「イキリ」

と、なる。

ここまで書いてきてもまだ、俺のなかでちゃんと、標準語圏内で生活するひとに対して「イキリ」の恐ろしさを、まったく説明できてないもどかしさが、ある。

関西では、誰かに「Aは、イキリや」と云われ、大多数が「ああ、あいつって、イキリやのお」と認知されたらそのAの社会的生活は、根底から覆されるくらいに駄目になるほど、恐ろしい言葉なのだ。

冒頭に書いた●●くんも、家はええしのボンで、テニス部主将で、手足も長くて顔も男前。

だけど「イキリ」という烙印を押されたらもお、アカンのだ。
もお、モテない。

テニスの試合に、大勢の女が来たりも、なくなる。

それくらい、恐ろしい烙印なのである。

だから「なんだぃ●●ちゃん、粋がってさぁ」なんていう、江戸のニュアンスとは、ものすごく、違う。

「イキリ」

俺もまだ、その定義をちゃんと、標準語で説明できる段階に達してない。

いま、関西人の誰かに「なんか最近、イキってへん?」と云われたら、確実に、凹む。

だけど今の東京ではちょっとばかし「イキッて」へんと、あかんような気もする。

そこんとこの匙加減は、関西人にとって、とても、難しい。



iPhone

なんだか、auでも使えるようになるみたいで、大騒ぎなんだな。

しかし今、俺が使っているソニーエリクソンのサイバーショット携帯は、ちょっとヨレてきているが、まだまだ使えるのだ。

だから、どうしようかなぁと、思っている。

というのも俺は代々、携帯は「あぁ! もお、あかん!」ってくらいまで、使い倒してから、機種変更してきたからだ。

クルマもそうだ。ウチのアコードワゴン君は、仕事にゴルフに大活躍で、17万キロ走っているが、なんら不都合は無い。

なので昨日、タイヤを替えた。タイヤも、ツルツルになっていて先日、台風直撃のなか高速道路を走っているときに2度も、ハイドロプレーニング現象を起こして「あ~、死んだかも」と思ったくらいだったので、潮時なのだ。

話は戻るが、iPhoneだ。

正直、スマートフォンを持っている人を見ると、羨ましい。

一番、羨ましいと思うのは、30歳~50歳くらいの、ちょっと脳みその機能が劣化してきている4人くらいで呑んでいるとき、

「ああ、あの、なんとかとかいう映画にでてた、あの強い女優のノーブラが最高なんだよ」

なんて話になったとき、みんな劣化しているから、

「ああ、顔は思い浮かんだ」
「ええ、俺も、その乳首に萌えました」

などと云っているが、女優の名前がでてこない。

すると、30歳の女史がiPhoneで早速ググって、

「それはシガニー・ウィーバーじゃないでしょうか? ちなみに彼女の身長は180cmだそうです」

と、結論を出してくれるのだ。

嗚呼。

まあ、要するに、劣化していく脳みそに、素晴らしい外部HDD&検索機能を加味してくれるモノなのだが、それはとても、有益だと思う反面、俺がそれを持つともお「何かを覚えておく」という、もはや劣化しまくっている機能が、下手すると「消滅」するのではないかという危惧も感じている。

ご無沙汰ですなぁ

いやぁ、ブログの時代も、終わったのかなぁという感じです。

むう。

ゆるゆると

ゆるゆると、日々が過ぎていく。

春だ。

この強風で、桜も見納めだな。