義母が急死しました。
夜に具合が悪くなったけど症状が安定してから「おやすみ」と言ったのが最後で翌朝冷たくなってました。
「119番していれば助かったかも…」
なんて後悔ばかりで未だに救急車を連想させるモノに触れると苦しくなります。
突然終わった介護。
突然終わった嫁。
突然始まった核家族。
とても変な感じ。
あんなに介護が始まるのが憂鬱だったのに、
あんなに核家族が羨ましかったのに、
今は「これで良いんだっけ?」と戸惑っています。
ホント虫が良すぎて呆れる。
最近は面倒みてあげなくちゃって使命感が重すぎてしんどくなってた。けど、最後の夜に義母に言った「ずっと仲良くしようね」は本心でもあった。
嫁孝行な義母だからか、感謝が強い。
私もクソババアと何度も思った。
別居できたらどんなに良いかと何度も考えた。
だけど、年月は平等に過ぎる。
お年寄りは老いるのがとても早い。
あっと言う間に赤ちゃんのようになってしまう。
いつまでも若い義母ではない。
できていた事ができなくなってくる。
手を貸す事が増えてくる。
義母を亡くした今、なんとなくさみしい。
薬の世話も医者のスケジュール管理もしなくて良くなったのに、なんだかつまらなくなった。
面白い出来事を義母に話そうと思っても、もうそれができなくて「あーぁ…」と虚しくなる。
きっと義母の事が嫌いでなかったんだろう。
もしかして好きだったのかも。
同居して約10年。
お互い1番一緒にいて同じ時間を過ごしてきた。
時にはぶつかって、時には仲良くて。
私はまだお姑さんがいる人が羨ましい。
私はもう少し義理と一緒にいたかった。
もっといろんな話がしたかった。
嫁姑って義理だからこそ大変だと思う。
もちろん、みんながみんな仲が良い訳ではない。
だけど人は必ず老いる。
情けないくらいに助け無しには生きていけなくなる。
それは私もみんなも同じ。
もちろん、うちも初めから良い嫁姑を築けていた訳ではない。
だけど、物理的に一緒に過ごした時間が長くなると自然と情も湧いてくるし、当たり前にもなってくるみたい。
今は寂しいって思う。
最近、役員の行事で心肺蘇生講習会があった。
実演の時から怪しかった。
あの日あの時の事が鮮明に思い出された。
いざ、自分の番になると「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」の声がけで人形と義母が重なって涙が止まらなかった。吹っ切れたと思ったけど無理だった。
義母との15年くらいの良い思い出より、あの日の数時間の事の方が強くて苦しい。
良好な関係でも、後悔と申し訳無さが強くて苦しい。
だから、世のお嫁さんには同じようになってほしくない。
一生懸命お嫁さんをやってきて、最後に私と同じような感情に苦しむ人がいるのは可哀想すぎる。
私も一生懸命お嫁さんやってきたのに、最後にコレはマジでしんどい。
だからこそ、後悔しないように一時の感情や短期間の感情に踊らされないでほしい。
やられた事を見るのも良いけど、やってもらった事にもきちんと目を向けてほしいと思う。