このブログをはじめたとき、

まさか自分がこんな記事を書くことになるとは思っていなかった。

 

本当に、未来なんてどう進んでいくかわからないものね。

 

もしもヒックス夫妻(エイブラハム )のひきよせに出会っていなかったら、

そして、これまでの学びや体験がなかったら、

現状でみんなのしあわせを願おうと考えることがわたしにできただろうか。

 

そんなイメージを描くことが可能だっただろうか。

 

 

私が魂の愛を感じた人には、既に、私ではない、愛する家族がいる、

その状況で、

彼に出会った頃のわたしだったら、

何を考え、何を感じ、何を願ったか、今となっては知るすべもないけれど、

いずれにせよ、苦しかっただろうと思う。

 

わたしは誰も傷つけたくない。

誰とも争いたくない。

 

でも彼を愛している。

 

以前のわたしなら、やっぱりそれは不可能な話だと、

自分には無理だと、考えた可能性が高いと思う。

 

 

誰かを傷つけることで、手に入れたもので、

本当のしあわせを感じることなんてできない、

それだけは昔から自分のなかに揺るぎないものとしてあったように思う。

 

そして、自分を犠牲にすることも、もうしたくなかった。

 

だから、出会えたのかな。

この法則に。

 

 

わたしは何だって創造できる。

 

私が望むことは、何だって創造できる。

 

その力がわたしたちのなかには既にある。

 

もともともっている。