水族館の中で素通りしていく親子のことが、

ずっと理解できなかった。

 

ちゃんと見たの!?

ちゃんと説明も読んだ??

入館料払ったのにもったいない!

そう思っていたのだけれど……

 

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生き物が好きだ。

特に海の生き物が好きだった。

 

独身時代、水族館にはよく通ったものだ。

 

旅行に行くときは必ず、行先の水族館を調べた。

観光地から多少離れていても、ローカルなバス路線に乗る必要があっても、

わざわざ足を運んだ。

 

北海道から沖縄まで、大小さまざまな水族館を見てきた。

 

大きくて派手な施設はもちろん、楽しい。

だけど、小さい施設こそ飼育員さんのこだわりが詰まっていて、

手書きの説明書きなんかに生物愛を感じることができた。

 

大学で生物をかじっていたものだから、ちょっと珍しい生物がいると興奮した。

どこどこの水族館には何がいて……と、当時はよく記憶していたものだ。

 

また、一時期は学芸員を目指していたから、展示の方法にも興味があった。

 

順路の組み方や館内のストーリー性、

生き物の特徴の伝え方、

空間演出、ライトの当て方に至るまで、

生き物以外の部分もよく眺めていた。

 

そんなこんなで、人の三倍ほどは水族館に滞在していたように思う。

 

人がただ素通りして終わるような館内でも、何度も往復して一言一句文字を眺めて歩いた。

 

場合によっては、生き物よりも説明書きの方に時間をかけて見ていたかもしれない。

時折、そんな自分に気づいて苦笑したものだ。

 

 

だからこそ、親子連れがやってきて、慌ただしく通り過ぎていくのがもったいないと思っていた。

 

イルカやペンギンやアシカなんて、どこの水族館でもいるよ。

ここでしか見られない魚がいるよ。

水槽の手前にへばりついているコイツ、地味だけど意外とレアだよ。

 

心の内でお節介を焼く。

だけど、そんなことは知らずに、見たか見ないか分からないまま水族館を後にしていく親子連れが何組もいた。

 

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さて、仕事が多忙になり、親になると育児が忙しさに輪をかけ、

すっかり水族館から足が遠のいていた。

 

生物の知識ももはや記憶のかなたである。

学芸員の夢も、もう敗れ去った後。

 

息子と二人、水族館に行ってみることにした。

 

ベビーカーで水族館に行ってみて分かったことがある。

子どもを連れて歩くというのは、館内の見え方がまるで違うということだ。

 

これから行く場所は、果たして赤ちゃん連れで入れるのだろうか。

 

通路の幅は広いのか。

段差は多いのか。

エレベーターはどこにあるのか。

授乳室とオムツ替えスペースはどこにあるのか。

暗くて怖い場所はあるのか。

 

事前に確認して初めて、行くという決断をする。

そうでなければ、遊びに行くということ自体が成立しない。

 

おかしな話だが、館内に入れた時点で、既に一部ミッションコンプリートした気分になる。

入館料など、既にどうでもよい。

 

 

さらに館内を歩けば、

 

赤ちゃんに魚は見えているのか。

ん? 魚じゃなくて人を見ているのか。

いや、水面に水が反射しているのが珍しいのか。

 

あ、泣き出した。

どうしたのかな。

あれ、いや笑ってるのかな?

 

気になるのは子どものことばかり。

水槽の前にいながら、自分はまるで魚を見ていない。

子どもが興味を持っていなければ別の水槽に移るし、説明書きなど目に入らない。

 

 

イルカショーを見た。

以前だったら、イルカに関する説明に一言一句耳を傾け、熱心に知識を磨いていた。

 

あるいは、このショーはここが良かったとか、

あそこの水族館のショーの方が良かったなとか、

自分の水族館コレクションに情報を加えるのに忙しかった。

 

だけど今日は、イルカのジャンプに「おお~」と素直に声が出る。

 

息子にも

「イルカさんすごいね、ジャンプしたね」

などと興奮して声をかけた。

 

イルカショーのジャンプなんて、これまで飽きるほど見てきたというのに。

 

息子が腕を振って応えると、楽しみを共有できているのだと嬉しくなった。

きっと彼にとっても、刺激的な一日になったことだろう。

 

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帰り道、今日撮った写真を見ながら一日を振り返ってみる。

以前なら、この水族館にしかいない生物を好んで写真に収めたものだが……

 

今日写っているのは息子ばかり。

 

動物と息子を両方一度に写真に収めるのは大抵じゃない。

息子がこっちを向けば動物は背後にいないし、

動物が通りかかった瞬間、息子はそっぽを向いている。

 

ブレた写真を消しつつ残す写真を選定すると、

自然と息子の写りが良いものばかりになった。

 

今日私が一番長く眺めたものは生物でも、説明書きでもなく、

まぎれもなく息子だった。

 

ここにきてようやく、水族館を素通りする親子の気持ちが分かった気がした。

 

水族館に来る目的は、生物じゃない。

 

我が子のいつもと違う表情を見たい。

一緒に興奮を分かち合いたい。

親子で過ごした楽しい時間を、覚えていてくれたらいいな……

 

だから、滞在時間は関係ない。

 

子どもが喜んでくれた。

その事実があれば満足である。

 

今日、新たな水族館の楽しみ方を発見できた。

 

息子よ、ありがとう。

君がいてくれて幸せだ。

 

 

ひらめきを言葉に
やりたい!をカタチに。

大江 沙知子(おおえ さちこ)

~わたしを、超えていく~
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