≪前回からの続き≫

 

「たまには母親も休みたい」

 

その一言から始まった、母の休業日。

憧れのアフタヌーンティーを求めて、いざホテルのラウンジへ。

 

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二十八階に上がるエレベーターでは、着物姿の若い女の子たちと一緒だった。

ダウンコートを着て、おひとり様の三十代の私が行っていい場所なのかとふと不安になる。

つい先日まで私も二十代だった気がするのに、急に自分が老けた気がする。

 

しかし、そんな気持ちはラウンジに入ると吹き飛んだ。

 

そびえたつスカイツリーを正面に、大きく開けた東京の景色。

隅田川が蛇行して流れていくのがよくわかる。

私の家はたぶんあっちの方で……なんて、視線は川をなぞりつつ、

ゆったりとした一人掛けのソファに背筋が伸びた。

 

箪笥がやってきた。

 

最初に目を引いたのは堂々たるプリンアラモード。

その下にはお団子、雷おこし、大福。

(ああ、やっぱり仲見世でつまみ食いしなくてよかった!)

 

そして、大きなイチゴが輝くショートケーキ。

 

まずはラムネを注いでゼリードリンクをいただく。

泡がはじける音に、心が弾む。

 

 

食事が運ばれてきた。

懐かしの給食の、大好きだったメニューだけを集めたようなプレートだ。

 

最後にまあるいホットケーキがやってきた。

娘の視線を気にせず、シロップを全部かけられることに気づくと思わず頬が緩む。

 

幸せが目の前に広がっていた。

 

 

私はひとり、夢中で食べた。

むしろ、ひとりだからよかった。

ひとつひとつをゆっくりじっくりと味わった。

 

時折、茶葉を変えてもらう間に、雲の間に見え隠れするスカイツリーを眺めた。

 

『幸せだ……』

 

授乳期、母親の食欲はエライことになる。

産後の身体を立て直すため、そして赤ちゃんを養うために多大なエネルギーを欲するのだ。

 

しかし、毎日大食いするわけにもいかない。

だから普段は、一人前の食事を普通に食べて、

あとは娘の残り物を食べて埋め合わせをしている。

 

だけど、本当は、自分のための料理をおなか一杯食べたい。

誰かの残りではなく、自分のためだけに作られたものを食べたい。

 

どこかでそんな気持ちがくすぶっていた。

だから今日は、その欲望を存分に満たす日だったのだ。

 

胃袋がいっぱいになってくる甘ったるい感覚が幸せだった。

紅茶を溺れるほどに飲んだ。

 

とりわけ、満腹になる直前、幸せで頭が麻痺するころに、

ショートケーキのイチゴを頬張ったのが絶頂だった。

 

 

二時間ほど経つ頃には、何もなくなった。

 

すっかり食事を平らげてしまったのはもちろん、私の脳内もカラッポになった。

 

アフタヌーンティー。

至高の時間だった。

 

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帰りのバスに揺られながら、今日一日を振り返る。

 

アリだな、浅草。

アリだな、母の休日。

次はいつ来ようか。

 

家に近づくと、道の反対側をかわいらしいピンクのズボンを履いた女の子が歩いていた。

父親と手をつないで、仲の良さそうなこと。

 

可愛いなぁ。

うちの子と同じくらいの年かな。

今日は私も、娘のことを笑顔で受け入れられる気がする。

 

帰ってきたら、「お帰り」ってぎゅっと抱きしめてあげよう。

 

ん?

あれ……

 

目の前を歩いているピンクの子。

あれ、うちの子じゃないか?

 

 

お風呂の効果か、身体がまだほんのりあたたかい。

おなかの中も、まだ紅茶でじんわりあたたかい。

 

何より、私の心がポカポカしていた。

 

私は父子を追ってマンションの自動ドアをくぐった。

 

 

ひらめきを言葉に
やりたい!をカタチに。

大江 沙知子(おおえ さちこ)

~わたしを、超えていく~
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