昨日のつづきになりますが、楯崎神社に書かれてあったことをよく見ると驚きなことが書かれてありました
この神社の看板?に書いてあったものは昔の漢字が使われていて難しくネットで調べていたら、これを訳して書いてくれている人がいたので、そのまま載せます
それでも私には言葉が難しいですが
縁起
それ当社は、宗像宮に摂する所の七十五社の其の一にして、楯崎神社は以下詳かに説く古宮なり、祭る所の神は、大己貴命、小彦名命、又、飛龍権現を以て相殿と為し三座となす。
相伝えて云う、荒洪草眛の世、草木、言い語りの時、夷の類凶暴なる鬼神、吾が吾が北海の浜に来冦し、人民を殺略す、時に大己貴命及び妃宗像姫大神自ら神軍を率い稜威を振い、楯を立て、鼓を鳴らして夷賊を防禦し、遂に誅滅し類、無きなり。
楯崎及び加羅船等の名、蓋し此れより起る。按ずるに大己貴命は素戔嗚尊七世の孫、天之冬衣神子、母刺国若比売神、比の大神、亦の名を大国主神、亦の名を葦原醜男神、亦の名を八千戈神、亦の名を顕国玉神と謂い、併せて五名の若夫あり。大三輪社に祭る。大物主命は大倭神社に祭り、之を称して大国売神と謂う。故に比の大国主神は、千早振神等を追溌し、而して始めて国を作る。其の子凢そ一百八十一神あり。
後に天の下、皇御孫尊を避け奉り、日隅宮に永隠す。即ち出雲国杵築大神なり。
少彦名命は神皇産霊尊の子なり。日本記に按じて日く、大己貴命の国を平ぐるや行きて出雲国五十狭の小汀に到る。而して朝、まさに飲食せんとす。是の時、海上忽、人声の驚くありて、之を求む。すべて所見無き頃、時に一箇の小男あり。白歛皮を以て船と為し、鷠鷯の羽を以て衣と為し、潮水に隨って浮き、大己貴命に到る。
即ち掌中に取り置き、而して之を翫ぶ。則ち跳びつき噛む。其の頬の怪、其の物の色なり。遣使天神に白す。時に高皇産霊尊、之にこたえて日く、吾が所に産児凡そ一戦五百座あり。其の中の一児、最悪にして教養に順わず、指間より漏るる堕者は必ず彼なり。爰に於いて之を養うべし。此れ即ち少彦名命、是れなり。又、云う、大己貴命、少彦名命とともに勠力一心、天下を経営し、またあきらかに、蒼生及び畜産を見んがため。其の療病の方法を定め、又、鳥獣昆虫の災異の攮を為す。即ちその禁厭の法を定め、此れを以て百姓、今に至り咸、恩頼を蒙る。掌、大己貴命、少彦名命に謂りて日く、吾等造る所の国、豈に善成と謂や。少彦名命、対えて日く、或は成す所あらんか、或は成さざるにあらんか。其の後、少彦名命、行きて熊野の御崎に至り、遂に常世郷に適す。今、天下諸国に温泉地あり。是の二神を祭り奉るは、この縁なり。
待って!7行目!
時に大己貴命及び妃宗像姫大神自ら
って、宗像姫大神…妃って大己貴命様の妃って
やっぱりそうなのですかってなりました
以前YouTubeで、宗像三女神様のいろんな文献を調べていくと三女神ではなく一神なのではと言われている人がいました。そして、さらに調べていくと大国主命様の妃が名前が違いましたが、宗像大神様のことだと言われていたんですそして大己貴命様と大国主命様は同一神でしょ
楯崎神社に書かれていることを見ると、YouTubeで言われていた事と繋がってくる
あっもし、気分を害された方がいたらごめんなさい
実際どうなのかは、神様に聞かないと分かりませんし、三女神でも一神でも大好きな宗像の神様だからどちらでも良いのですが
古事記などいろんなことを隠してあべこべに書かれていて見れば見るほど訳がわからなくなりモヤッとするのです天照大神様が本当は男神だとか言われていたりもするし
そうなると、天の岩戸の神話がおかしな事になる
実際のところどうなんですかー神様ー
ここまで書いてしましたが私の頭が固いのでしょうね
どうなの
と本当の事が知りたくなる
柔軟な頭にならなくては
真実とか分かりませんがいつも心に神様がいて、幸せであればそれで良いですよね
変なことばかり何を言ってるんだとなってます?
うん、私も訳がわからなくなってる
早朝の海ー
ムムッ薄っすら遠くに見える島…もしかして
あの島全体が御神体の沖ノ島
晴れていたら見えるらしいのです違ったらごめんなさい
でもそうなら嬉しい神の島
女人禁制だし、一部の神職の方しか今は入れないそうなので…
後から調べてみましたGoogleマップでよく見てみたら、幻想的に映るあの島は大島のようでした
沖ノ島はもっと遠くで、大島よりも小さいみたいだから見えないかも
大島も行きたい島なので、見えたのは嬉しい
待っててくださいねー宗像大神様ー
今回、頭の中がこんがらがって書いてしまいました
ここまで見てくださった皆さま感謝です
ヘンテコなブログにお付き合い頂き本当にありがとうございます
本命のすぐにでも行きたかった薬師神社は、また明日ー
奥宮へ つづく