ルイ16世と同じ趣味だと布川さんは言ってたようだが、マチさんの研究室には通常の鍵の他に特殊な仕掛けが施されていたらしい。ヤナギ先生のメールを見せると、マチさんはサムターンを回したあとスマートフォンで何桁かの数字をタップした。ドアを背にした私の耳に小さな機械音が聞こえた。
 これで大丈夫かな。机に広げたレポート用紙にマチさんが、それはそれは美しい文字を走らせる。
 声を出さずに読め、とは会話を傍受されている可能性があると言うことか。恥ずかしいことに私はそこまで思い当たっていなかった。
 明日にでも盗聴器見つけるキット持って来ますね。
 ああ、マチさんの整った文字に比べて自由奔放に過ぎる私の書き文字のなんとみっともないことか。
 それから私達は筆談で今後の事を話し合った。なるべく一緒に居ること。セキュリティ万全なマチさんのマンションまでは私が付いていくこと(マチさんは申し訳なさそうな顔を向けてくれたが、これは私が強引に押し切った)。日中といえどもくれぐれも油断はしないこと。
 何せヤナギ先生からの情報は曖昧過ぎる。『何が危険か』も『いつまで』も『誰から』かも一切分からないままだ。待て次報、もたいがいにして欲しい。
 だがすべきことをしてしまったら後はやることはいつも通りだ。マチさんは論文を続け、私は必要なデータを打ち出す。その際の会話も普通にいつも通り。マチさんが普通に話し始めた時は驚いてレポート用紙を指差したが、首を振る彼女に自分の鈍さを痛感した。そりゃそうだ。もし聞かれていたとしたら、会話が突然無くなったら怪しむに決まってる。
「今日は少し早いけど終わりにしましょう」
 マチさんの合図で私は片付けを始めた。もちろん今日からは一緒に帰るつもりだ。
「あ、そうだ。今夜はうちに停まらない?」
 少し考えて、私は白い紙にペンを走らせた。“送った後、一度部屋に戻ってから伺いますね”
 それから、誰かに聞かせるように大きめの声で「いいんですかっ、うわぁ楽しみです」と答えた。
 なんかまるでお芝居をしてるみたい。
 部屋に戻るのは探知機を取りに行くためだ。いや、正確には探知機を組み立てるためのパーツを拾ってくるというか。自室のパソコンは自作で、ちょっとした機械くらいは即席で造れるくらいの部品は揃ってる。
 だいたいの設計は頭の中でもう出来てるから、後はマチさんの部屋で組み立てよう。まずはマチさんのマンションの部屋を探知するのだ。
 洗い物を済ませ、私達は研究室を出た。
 スマホ操作の施錠ももちろん忘れずに。