総じて文明の進んだ国は、欧米諸国と日本、韓国、中国などであり、イスラム圏は文明の
遅れた国が多い・・・そのような印象を持つ人が多いかも知れない。然し、高学歴の人は
多分、学校で習って知っている人が多いと思われる話ですが・・・。
トルコは3回、帝国が出来たらしく、羊飼い「オスマン」なる人物が作ったトルコの地での
3番目の帝国が「オスマン・トルコ帝国」です。ローマのような国が十字軍遠征というか、
オスマン・トルコに侵略をしかけた回数は6回か7回です。侵略の「大義名分」は、聖地奪還
だったようで、イスラムの聖地はサウジの「メッカ」(多分、マホメット=ムハンマドの遺骨が収められているのかも)だけかと思ったら、エルサレムは「キリスト教」「イスラム教」
「ユダヤ教」の3つの宗教の共通の聖地であるそうです。十字軍遠征の頃はエルサレムが
イスラム教の国(トルコ)の領地になっていたのかも知れない。ローマ軍が6回か7回攻めて
最初の1回だけは、だまし討だったから、ローマ軍が勝利したが、2回目以後は毎回、敗北したのです。それで敗北の原因を考察した結果、トルコには「科学」があったのですが、ローマや西洋には「科学」が、トルコほど、発達してなかったことにローマ軍は気づいたのです。
古代にローマ軍がアテネに攻め込んだとき、ギリシャの大図書館も焼き払ったそうで、アルキメデスは、天才だから、人間の戦利品としてローマに連れて行くことに、なっていたが、
ローマ兵が、アルキメデスを刺殺してしまったそうです。発達していたギリシャ科学、ギリシャ哲学、ギリシャ文学など全くローマには、伝わらなかったのです。ヨーロッパにも、水車など機械の発達は、有ったらしいのですが、今日ほど、「技術」と「科学」が密接にからんで発達していなかった時代なので、役に立つか分からない「知的好奇心」だけのような学問=純粋科学はローマ、西洋には発達しなかったのです。中国で発明された「黒色火薬」「羅針盤」など、及び「インド数字」なども、オスマン・トルコには到来していたのですが、ローマには、届いてなかったのです。ギリシャ科学、ギリシャ哲学は、とても貴重な存在なのですが、これがトルコには(多分アラビア語で)保存されていたのです。日本も
黒色火薬などという武器はなかったので、1,200年代の蒙古の日本侵略のとき、蒙古軍の
火器(黒色火薬)に大いに驚いたらしい。トルコには、火薬があったが、十字軍には火薬がなかった。まあ、十字軍の敗北続きの原因が、火薬の差だけか、どうか分からないが、
トルコに保存されていた古代ギリシャの科学や哲学をラテン語に翻訳する大運動になっていったのです。約3世紀くらいかけて、アラビア科学や古代ギリシャ科学、ギリシャ哲学などの
翻訳作業が、ローマなどで行われて、15世紀くらいになると、もうトルコに学ぶものはない
・・・となったころから、西洋文明は、独り立ちで科学を進歩させ始めたのです。
数学などが、全部西洋人によって発展してきたと思ったら間違いです。オスマン・トルコの
王様には、賢明な王様がいたようで、「科学」の発展を擁護したそうで、中学で習う平面三角法(Sin,Cos,Tanなどの数表などもトルコが作ったのです)や、それどころか球面三角法も
発明していました。幾何光学などもトルコの研究成果なのです。インドはゼロを発明して
計算に便利な10進法を発明しました。ゼロは「何もない」だけではなく、「位取り」という重要な役割を担っています。インドでゼロが発明されたのは、仏法の「空」の概念があったからではないか?と考える数学者もいます。インドでは、「順列・組み合わせ」(高校で習う)も発明されました。西洋人は算用数字のことを、アラビア数字と呼ぶこともありますが、西洋人にとっては、アラビアから渡来したからで、本当はインド数字です。
「光は東から」という「ことわざ」のような、標語があるのも実は西洋人にとって科学や哲学の基礎知識がトルコ、アラビアから(翻訳運動によって)渡来したことを物語っているのだと思います。中世のアラビア科学の代表であるトルコ人は「地球が丸いこと」を知って
いたのかも知れません。三角法は三角測量にも利用出来ますが、普通は平面三角法です。
球面三角法を使って「自分の居る位置」を求めることは、「地球が丸いこと」が前提となると思われます。GPSなども、球面三角法の知識を用いているのかも知れません。古代ギリシャ人の中には「地動説」を知っていた科学者がいて、日食が起きる時間が、二点間の距離の差で異なる時間になることを利用して360度のうちの1度くらい地球が回転した時の距離を測れば、その距離の360倍で地球の円周が求まる・・・というような方法で地球の円周や直径を
求めた人物が居たとも言われており、コペルニクスが地動説の発見者ではなく、コペルニクスは、再発見したに過ぎないのです。ポルトガルやスペインの人による大航海時代に必須の
道具である羅針盤も中国で発明され、それがトルコに伝わり、これによってポルトガル、スペイン人による大航海時代となり、(本当はジパング=日本の金を手に入れるためとか、肉が臭くなるのを誤魔化すためにスパイスが欲しかったためとか大航海には色々の説がありますが)西洋による覇権争いや植民地支配には功罪の両方があるでしょう。世界が同時に進歩していくキッカケともなったので、その意味では「功績」もある訳です。奴隷労働をペルーなどのアメリカ・インディアンの人達に強いたことは、「罪」です。功罪の両面があると思います。15世紀ころ、相次いで三次方程式、四次方程式の一般解がイタリアで発見されたこと、近代科学の祖たるガリレオ・ガリレイがイタリア人で有ったことは、偶然ではありません。オスマン・トルコからの科学知識が到来する最も(西洋で)近い位置にイタリアがあったからです。尚、「サイエンス」と言う言葉は19世紀に出来た言葉であるそうで、古代ギリシャ人や中世アラビア科学者やガリレオやニュートンのころは、何と呼んでいたのでしょうか。サイエンスを日本では「科学」と呼ぶのは、明治時代の哲学者「西周」(にし あまね)だか、違う人か分りませんが、サイエンスは「咎めながら進める学問」なので、「とが学」=科学という訳語を当てたそうです。イタリアやドイツも昔から、そういう呼び名の纏まった国があった訳ではなく、幾つかの小国家が比較的最近、一つになったらしい。
中学校も、まともに卒業してない人物のブログだから、記憶違いなどあるかも知れません。
私の話の裏を取りたい人はネットで検索したり、Wikipediaを参照して下さい。
2021/01/19 Time: 22:53 Good Night!