昔の思い出 | sabo444のブログ

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何か発言しておきたいことがある場合は、知恵袋に投稿すべきではなくブログに綴るべきですと言われたので、ブログをやることになったのです。

私も現在73歳になるので、昔と今とは、相当違ったと感じます。色々、違った点を書いてみます。<遊びについて>今の子供は、ゲーム機で遊ぶし、一人っ子が多いし。昔の子供は、タコ上げだの、パッチン(これは、関西以西の言葉で関東では、メンコと呼ぶらしい)だの、独楽回しだの、鬼ごっこ、かくれんぼ、缶けり(缶詰の空き缶を蹴ったのを拾う鬼ごっこ)、竹馬、ゴムとび(輪ゴムで作った紐で、縄跳びをするもの)、草野球など、色々の遊びを楽しんだが、今の子供は、そういう事は余りしないが、ゲーム機がある。お手玉、あやとり、などというのもあった。<テレビジョンの衝撃>私の家は貧乏だったから、近所の家は私が13歳ころには、急速に白黒のブラウン管式テレビが、普及していったが、私の家にテレビが普及したのは、大分あとになってからなのですが。テレビは、最新ニュースを伝えるから、アポロ計画を発表した、ケネディ大統領が、ライフルで暗殺されるニュースなども一瞬で世界を駆け巡った。ショックを受けたニュースは、豊田商事事件で、詐欺会社の豊田商事の永野会長が、腹を立てた2名の男に銃剣で殺される現場が、生々しく報じられたこと、学生運動で、東京大学の全共闘と警官隊との闘争、浅間山荘事件、よど号乗っ取り事件、日航ジャンボ機の御巣鷹山への墜落事件、阪神淡路大震災の惨状、宮崎勤事件、神戸の14歳位の少年による殺人事件、女子高校生のコンクリート詰め殺人事件、カンボジアのポルポト政権下での200万人以上の粛清事件、ルワンダのツチ族、フツ族の対立による大量殺人事件、

オウム真理教事件など色々の事件がテレビで報じられました。<昔の交通事情>私は戦後2年ころの、生まれですが、自動車や、オートバイやサイドカーとかトラック、バス、蒸気機関車などは、子供のころから、あったのですがトラック以外に馬車で貨物を運送することも並行して行われていました。今は、農家の人が牛を使って田んぼを耕したり、手作業で稲刈りをしたり、手作業で田植えをしたりしませんが、昔は、「鋤(すき)」というものを牛に付けて、耕していたのですが、耕運機が普及して、牛が要らなくなったし、田植え機が使われるようになったし、コンバインで、収穫するから稲刈りもしなくて、よいようになりました。戦時中、農業従事者が、戦争に取られるからコメ不足になることから始まったのか食料管理法なるものが、戦後も戦後、昭和44年まで、米の配給手帳のようなものを持って米屋さんで、米を買っていました。妊婦は少し多く米を食べてよいなどの購入できる量の制限があったのですが、そのころはパンやラーメンなども食べるから、米余りになっていたのにです。戦後間もなくは、ヤミ米を買わないと餓死するのに、検事だった人が法律を守ってヤミ米を買わなかったために、餓死した人もいたそうです。バスや電車も今はワンマンバスで、車掌さんとか、居ませんが昔は車掌さんが居て切符を販売したりしていました。今では、運転手すら要らない無人カーを走らせようとする時代です。<昔の燃料>ずっと、昔は多分、木炭を燃料にしていたのでしょうが、石炭が生産されるようになると、練炭だの豆炭だのタドンだの薪(まき)を使うようになり、その後は、プロパンガス、都市ガス、灯油の時代になりました。私は筑豊地帯の稲築町(現在は嘉麻市)で少年期を過ごしたから、午後5時ころになると、七輪(しちりん)で「火をおこす」ことが、(豆炭が燃えるようになることを、「火を起こす」と言っていました)子供の役割でもあり、炭鉱(三井山野炭鉱)から、無料で薪や豆炭が、配給されていたから、薪を小さく割っている必要がありました。新聞紙を丸めてマッチで火を付けて、それに小さく割った薪を「空気(酸素)の通るスキマ」を作りながら、乗せていって、適当に薪に火が付いたころ、豆炭を入れるのです。今でも、ナフコなどでは、着火練炭が売られています。豆炭より練炭の方がユックリ燃えるのです。着火練炭は、リンか何か燃えやすいものが、付けてあるので、すぐ火が付くのですが、そうでない練炭は簡単には、火が付きません。七輪にも、素焼きの七輪と、今は見なくなったが「ガンガン七輪」とが、あってガンガン七輪は、鉄板で出来ていて、非常に早く燃焼して行くし、鉄板が熱で赤くなることもありました。練炭はユックリ燃えるので、長時間ユックリ煮るのに適しています。昔は「カルメ焼き」とか、「カルメラ焼き」とか呼ぶ原始的な、お菓子があって、これなどは練炭七輪でないとウマク膨れないのです。カナ杓子のようなものに、砂糖と水を入れて、適当に熱して、ある時点で「ふくらし粉」(炭酸ソーダ)を入れて、膨らせる「お菓子」です。これは、絶対にガスコンロでは、ウマク出来ず、練炭でないとウマク膨れません。ポップ・コーンは、今でもあるかもしれませんが、昔(戦後)は、ポン菓子業者が来て、米でも豆でも何でも膨らせると言って居ました。まだ、駄菓子屋にお菓子が多くなかった時代だったからかも、しれません。空気を圧縮しておいて、急に空気を拡張するようにする機械なのか、原理はよく分からないが「ポン菓子機」と呼んでいました。まあ、いろいろ今の子供には、経験しないようなものが、有ったわけです。またしても、とりとめのない話題になりました。

date: 2020/08/23

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