長崎 船上から見る(2) | (続)ワタシ、サビてます。

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長崎旅行、軍艦島上陸・周遊クルーズの続き。

旅行の2日は、雲は多いものの晴れ。最高気温は19.5℃で微風。
朝、クルーズ船の案内メールで「波高により上陸不可能かも」という連絡があった。
 

軍艦島への上陸は、気象条件によって左右される。
とりあえず、上陸できることを願って出発した。

 

沖合に出ると、波が強くなり、2階席でも波しぶきがブシャーッと来ることも。

 

 

(高島)

 

(高島炭鉱 北渓井抗跡)

 

伊王島と軍艦島の間にある高島は、海水浴場、磯釣り公園などもあるが、軍艦島同様、明治日本の産業革命遺産登録された炭鉱跡がある。そして、猫がたくさんいる島の一つ。
軍艦島上陸できなかった際、この高島上陸をするツアーもあるようだ。

(中ノ島越しに見る、軍艦島)
 

 

出発後、時間をおいて2回計測された波高(伊王島波高計の値で上陸判断)は、1回目は4cm、2回目は9cm基準より高い。上陸予定時間まで、もう1回チャンスがある。

 

 

最後、「15cm高い」というアナウンスに、皆、アーーッと落胆の声。上陸は断念して、軍艦島(旗島)周遊のみとなる。

 

 

まずは、左側席の人が見えるよう、島の周囲を一周。続いて、右側席の人が見えるよう一周。ダイアモンド・プリンセス号の客も多く、英語での解説もあり。

 

 

 

「あれ、釣りしてる人おる!」と、にぃさんが発見。
まさか~、違うんじゃない、と思うも、人が歩いていた・・・。

 

 

きっと、島の管理、ガイドのお仕事をされてる方だろう。

 

 

小さな島だった端島は”1810年頃、佐賀藩が小規模な採炭を行い、1890年に三菱合資会社の経営による海底炭坑として操業が開始された。埋め立て拡張され、東京ドームのグラウンド5個分と同じくらいになった島には、日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建設され、ピーク時には住人約5300人と、東京の9倍の人口密度にまで達した”という。

 

船の中で解説を聞き、やビデオなどを見ると、学校や病院、商店、娯楽施設なども揃い、高度経済成長を支えた労働者やその家族たちの暮らしぶりがうかがえた。

1974年に閉山し、今では廃墟として遺っているが、自然環境下で崩壊の危険にあり、文化財ゆえ、その修復、保護方法にも難しさがあるよう。

 

 

上陸できなかったのは残念だけど、周遊見学だけでも十分だったかもしれない。

帰路は寒くなって1階席に移動し、朝が早かったせいか、寝落ちした。そのため、もう一つの登録遺産「小菅修船場跡(ソロバンドック)」を見逃す。

ツアー後、上陸できなかった分の料金は返金され、廃墟の至近距離で撮影された写真2枚、有効期限3か月の乗船1割引き券をもらったが、そう簡単には行けないよね~。

 

(高島~軍艦島周遊まとめ動画)

 

備忘録も、あと、2回くらいで完結したい。