ドール狂の詩 -12ページ目

ドール狂の詩

ドールもカメラも呑み屋も初心者の備忘録。
金曜、土曜あたりに更新予定。

すっかり暖かく、いや、暑くなってきましたが、いまさら冬のコーデ。

 

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年末、場所は「みなとみらい」。帝都ドルパにも参加できず、空いていたのはクリスマス期間中の3連休だけ。半ばやけくそで行ってきました。横浜。旅行記はまた改めて記事にしようと思います。

 

無謀ともいえる撮影とも思われましたが、ドール撮影で人気のスポットは人通りが少なく、意外にも撮影できました。

 

ドールなし。カップルだらけでしたよ、ええ(´∀`)

 

でも、我々もカップルです(強弁)

 


さて、以下の場所でのドール写真をSNSでよく見かけます。

以前から気になっていたので真似して撮影。

モデルは「紗那」ちゃんと「紗羅」ちゃん。

 

まずは、「紗那」ちゃんから。

 

お次は、「紗羅」ちゃん。

 

紗那ちゃんはすべて「ボークス」さんでコーデ。

紗羅ちゃんはジーンズが「BarCode」さん、靴が「DOLK」さん。あとはすべて「SEN」さん。

 

以上。お疲れさまでした。

 

 

 

 

 

 


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完全に個人の趣味かつ地元の呑み屋の話なので興味の無い方は読み飛ばし推奨。

 
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三重ナンバー1の呼び声高い、四日市の名店「ゑびす」がいつの間にやら立ち呑み屋をオープンさせていた!

 

ワイ「今日も仕事疲れたのぉ・・・。軽く1杯引っ掛けるかの・・・・・・。」

ワイ「おっ、『ゑびす』が立ち呑み始めたんか!よってみるかのぉ!」

 

「食べ〇グ」よりも早く記事にしてやろうと目論んでいたが、遅かった(´∀`)

 

1.周囲の様子

 

渋い通り。この通りは「うぐいす」「くがにや」、「壮大屋」など名店が並ぶ激戦地区である。

 

あった!

「酔っ払いお断り」。めんどくさい酔っぱらいはトラブルの危険性があるので漏れなく入店を断られるというわけだ。

 

午後3時からやっている。

この暖簾を見ると入りたくなってくるんや。

 

2、店内の様子

 

早速暖簾を潜り店内へ。

店内の様子。早い時間なら空いているが、6時を回り出すと仕事帰りの飲んべえさん達で混み始める。

「耳なし芳一」みたいにびっしりと貼ってあるメニューがゑびすらしい。

 

カウンター席のスペースはは15人くらいか。

テーブル席もある。3人用が5つ位。

 

3.呑むか

 

もう5回くらい行ったのだが、1記事でまとめたい。一人で行くと、別の立ち呑み屋で知り合った常連さんがいたり(笑)

初めて行ったときは、三重では珍しい、「バイスサワー」の外と中があったので最初に注文した。

中「210円」、外「250円」。

 

最近は、一杯目は「金宮ハイボール」(290円)が多くなった。ほんのり優しい甘みがある。好みの味である。

なお、普通のウイスキーハイボールもあります(290円)。

 

まずは、

各々の飲み物でカンパーイ(´∀`)!

 

「ななちゃん」は未成年のため、酒が飲めないので好物のフルーツ牛乳。

 

 

「宮の雪」の生原酒を頂く。「純米」。430円。

 

特大お猪口になみなみ注いでくれる。コスパは最高です。ありがたい。

 

「宮の雪本醸造」=「極上」(370円)も頂く。辛口。

 

 

4.生もの

「ゑびす」といえば生ものが有名だ。新鮮なお刺身が安価で楽しめる。

 

「まぐろ刺身」(260円)。

「サーモン刺身」(210円)。好きだ。ラブレターを書きたいくらい好きだ。

 

「鰹のタタキ」。お値段失念。たぶん210円。ただ、いつもあるわけではなく、「本日のオススメ」メニューにたまに出てくる。

 

「ネギトロ」(210円)。これも好物。海苔を巻いて食べるのだ。

 

「イカ刺し」(210円)。イカはまぐろなんかと比べて地味かもしれないが、野球で言うと2番バッターのような渋さがある。うまい。

 

「サメの心臓」(260円)。お裾分けを頂く。

 

 

5.その他ワイの好物
 

「イカの肝醤油漬け」(130円)。

これ一番の好物!たったの130円!日本酒との相性は抜群で何杯でもいける。

また、人気商品のようで早めに売り切れてしまう。

こんなん、スーパーには売ってないもんなぁ・・・!

 

「鳥皮ポン酢」略してとりぽん。150円。これもお買い得。気づいたら頼んでしまう。気づいたら片思い。

 

大好物、「煮卵」(130円)。これならななちゃんも食べられるやろ?

 

「半熟玉子てんぷら」(上。130円。)と「煮卵」(下)。

卵食いすぎ。

健康上良くないが、卵が好き過ぎてしょうがないんです。しかも、半熟。

明日地球が滅ぶとして、私が最後に食べるのは卵。断言できる。

 

「うに刺身」(260円)。うまいに決まってますので言うことはありません。

ただ、こちらもいつもあるわけではない、「本日のオススメ」メニュー。

 

6.珍しいおつまみ

「いぶりがっこ」(150円)。端的に言うと、大根の燻製を漬物にしたもの。「名付けの由来は秋田の方言(秋田弁)で漬物のことを『がっこ』と呼ぶことから、燻した(いぶり)漬物(がっこ)とされ、近年では秋田の郷土食としても広く知られるようになった」(wikipedia)。

対象となるのは大根に限らないが専ら大根のようだ。

 

「おばけ」(150円)。おばけとは、鯨の「オバ(尾羽) - 尾びれ。脂肪とゼラチン質からなる。『おばけ(尾羽毛)』、『おばいけ」』とも」(wikipedia)。

知り合いにいつも頼む方がいて、お裾分けと写真を撮らせていただく。

酢味噌をつけて食す。こりこりとした食感。

 

「ふぐ白子焼き」(350円)。これを二人で頂いた。

シンプルに塩で。濃厚な味だ。滅多食べられない貴重品なのに立ち呑み屋でしれっとアテになるから不思議だ。感謝。

 

「チーズ味噌漬け」。(150円)。酒がススムくん。

 

7.その他おつまみ

「ポテトフライ」(130円)。130円でこれだけの量。なんか悪いのぉ・・・!

 

「アボガト天麩羅」(150円)。こちらもおいしかった。しかし安すぎるのぉ・・・!

 

「長芋唐揚げ」(180円)。なぜか固定メニューから無くなってしまった・・・?

 

「ぬたあえ」(150円)。ホタルイカかな?

 

「ちくわ磯辺揚げ」(130円)。どれを頼んでも美味しくて、コスパも最高のお店だ。

 

「鶏の唐揚げ」(180円)。この量で180円は嬉しい。二つ頼んでもよいくらい。

 

「えいひれ」(180円)。お知り合いの方に勧められる。ありがとうございます。ひょいひょいと食べてしまうやつですな。

 

 

8.メニュー

 

「お品書き」(固定メニュー)と「本日のおすすめ」メニューがある。

まずは、固定メニューの「お品書き」から。

 

 

 

 

 

以下は、「本日のおすすめ」。毎日変わるの要注意である。

 

 

「はじかみ」とはショウガを甘酢で漬けたものだ。

 

 

 

 

9.感想

 

私の主観ですが、職場の近くに三重県一の呑み屋があるのは本当に嬉しい。

酒もアテもクオリティは最高で、これで1000ベロが実現できるのは天国という他ない(´∀`)

毎日でも行きたいくらい。

 

 

以上。

 

 


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1.京都のディープスポットへ行きたい

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せっかく京都来たんやし、色んなところへ行きたいな、ということでググってみる。

 

調べたら出てきた。

「壱銭洋食」。

ディープスポットファンの間だけでなく、一般的にも有名なお店のようだ。

 

今回は、同じ趣味を持つドール仲間の「くろねこ」さんとご一緒させて頂いた。くろねこさんも最初から行く予定であったらしく、嬉しい偶然だった。もっとも、京都入りする前にスマホで調べて初めて知ったワタクシと違い、くろねこさんは豊富な知識と経験で以前から知っていたようだ。

 

ディープな門構え。かなりの人気店であるらしい。

 

 

2.ドールのいる店内

席に案内される。先に着いていたくろねこさんにご挨拶。

各席にいる等身大と思われる人形が歓迎してくれた。

襷は「大日本國防婦人会」かな?ネームプレートは「〇間由紀恵」。

意味不明である。

 

店内をキョロキョロ。落ち着かない。

分かりにくいが、卑猥かつユーモアたっぷりな絵馬。

眺めているだけでお腹がいっぱいになりそうだ。

 

昭和の雰囲気。

 

3.「壱銭洋食」をビイルで胃に流し込む

まずは、 カンパーイ(*´∀`)ノ

壱銭洋食(680円)をアサヒスーパードライ(550円)で流し込む。

 

くろねこを持っているのがくろねこさんの「海未ちゃん」。記念撮影させていただく。

 

メニューは「生」以外にハイボールや緑茶、ウーロン茶、日本茶、冷やしアメ、ラムネ水などがあるようだが、我々は「黄金の水」で充分だ。

また、壱銭洋食には私の大好物の卵が入っている。黄身と絡めて食すと最高だ!言うことなし!!

 

ところで、等身大の人形の迫力は凄まじいものだ。

席の位置についてだが、人形、くろねこさん、私で丁度三角形になる。人形の大きさもあってか、くろねこさんとワタクシ、二人で談笑している間もデカい人形がギリギリ視界に入ってくる・・・!完全に気の所為なのだが、そのギリギリの位置からだとこちらを見つめてくるようである・・・!

 

気になってしょうがねぇよ(´∀`)

 

人形というのは本当に不思議な魅力があるようで、人間に姿かたちが近ければ近いほど「魂」が宿るような気がしないでもない。

 

4.壱銭洋食とは?

ちゃんと公式サイトもあった。

http://www.issen-yosyoku.co.jp/

 

「京都の祗園で今も愛していただいています壹錢洋食。そもそも壹錢洋食とは、大正から昭和の初めころ、駄菓子屋のおばさんたちがおダシ入の水で溶いた小麦粉を鉄板で焼いた上に、刻んだおネギなどを乗せてさらに焼き上げ、ソースをかけて、主には近所の子どもたちのおやつとして一銭で販売されていたものです。いわばお好み焼きの前身であり粉モノの元祖にあたるものですが、当時はソースをかければみんな洋食と考えられていた時代ですから、一銭で買える洋食すなわち「いっせんようしょく」と呼ばれ、多くのこどもたちに親しまれていました。」(公式サイト)

 

人形を置いた理由については・・・

「懐かしい昭和のイメージと花街のお色気でちょっと趣向を凝らしたお店模様にあります。実はお待ちいただく皆さまに退屈していただかにようにと、あしらった雰囲気なんですが、今では多くの皆さまに可愛がられて、祗園の観光名所のようにもなってまいりました。」(公式サイト)

 

京都に来たら、また行きたい。

 

〒605-0073 京都府京都市東山区祇園町北側238 TEL 075-533-0001 FAX 075-531-6511

本店営業時間 :年中無休
平日/午前11:00~深夜3:00
日曜・祝祭日/午前10:30~午後10:00

 

 


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最近は、6分の1サイズ、27センチの「ななちゃん」(↓)ばっかり連れて行って、しかもめんどくさいと一眼ではなくスマホで撮り始める始末。

 
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本人は何故か自分を軍属と思っているようだ。

 

 

めんどくさいが、偶には大きい子を一眼で撮らんとなぁという気になったので撮影。

 

 

先月のこと、一眼で3分の1サイズを撮ったのは久々な気がしますが、本来こちらがメインですw

今回の被写体は「紗羅ちゃん」。

もう散りそうだったので、仕事帰りに近所で撮ってきました。

イメージが出来てきたので、もう2、3カット撮りたかったのですが、雨が降ってきたので撤収。

お家に帰って、しばらくすると雨は止みましたが、もう一度出かけようとする気力がなく、今年の桜はこれで終わり。

 

散る桜、残る桜も、散る桜。

 

突風で制服がブワッてなって、お腹がチラリとなったやつ。

 

 

ありがとう、さようなら。また、来年。

 

 

以上。

 

 

 


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(前回の続き)

 

いよいよ、八木邸内に案内してもらう。

とはいっても、邸内は撮影禁止なので今回は文章ばかりに。

 

 

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パンフレットしか掲載できないが、ここでの見どころはやはり当時の筆頭局長「芹澤鴨」の暗殺現場であったことだ。このあたりについては後述するとして、ガイドのおじさんに新撰組発祥から説明してもらう。記憶にある範囲で印象に残っているところを記してゆこうと思う。

 

 

1.エピソード等


wikiがあるので詳述は省くが、

将軍警護のため 清河八郎が浪士組を結成→清河演説を打つも、その内容から浪士組を天皇配下にする計画が発覚→これを是としない近藤・芹澤らが反発→京都守護職の会津藩主松平容保が庇護する、といった流れ。


ガイドのおじさんの話によると、松平容保が隊士全員の面倒を見るということ、つまり、給料を支払うということを意味する。藩主とはいえ、相当な負担であったと思うが、善意でやってのけたのであろう。それでも全然足りなかったのか、常に金策に走らねばならないほど新撰組は大変だったようで・・・。

 

さて、給金が出るようになったということで新撰組が本格的に始動したというわけだ。八木邸に「新撰組駐屯所」として橋札を掲げるようになったのもこの頃。もっとも、この当時はまだ新撰組と名乗っていたわけではなく、「壬生浪士組」と名乗っていたようである。

おじさんによると、一番喜んでいたのは沖田で、庭を行ったり来たりしては橋札を見てニヤニヤしていたそう。こういう人間らしいエピソードは好きだ。

また、沖田は壬生寺で近所の子供たちとかくれんぼをして遊んだという話も聞かせて頂いた。


 

 


しかし、当時、京都では得体の知れない怖い人たち、ガラの悪い人たちと思われていたようだ。


新撰組というと、いかにも「ザ・剣術!」というイメージが強いが、wikiを見ると大砲や小銃などフランス式軍事訓練も行っていたらしい。そのため、壬生寺では訓練が参拝者の妨げになったり、砲の音響で建物の一部が破損するなどの被害が生じたとか。また、移転先の西本願寺でも音が迷惑として訓練の中止を会津藩に陳情したことが記されている。

さらに、芹澤あたりは、生糸問屋に金策を断られたことに激怒し、放火したことも。しかも、隊士が抜刀し、火消しを寄せ付けず、一晩で全焼させたという。


当時の新撰組があまり近隣住民には良い印象は与えなかっただろうというのは想像に難くない。それでもチビッ子たちと遊んだといったというエピソードを聞くと微笑ましくなるというものだ。

 

 


 2.内部的規律

 

新撰組の隊規は極めて厳しい。

以下の通り。

 

一、士道ニ背キ間敷事
(武士道に恥じる行為をしてはならない)
二、局ヲ脱スルヲ不許
(新撰組から抜けてはならない)
三、勝手ニ金策致不可
(無断で借金をしてはならない)
四、勝手ニ訴訟取扱不可
(無断で争い事を裁いてはならない)
五、私ノ闘争ヲ不許
(個人的な戦闘をしてはならない)
右条々相背候者切腹申付ベク候也
(以上いずれかに違反した者には切腹を申し渡す)

 

 二~五はまだ分かるが、一、があまりに抽象的に過ぎ難しい。漠然不明確であるにも拘らず、違反した場合は切腹というから極めて厳しい。それくらいせねば組織の統率がとれなかったのだろうか。おじさん曰く、「新撰組はメンバーの年齢、身分、思想等みんなバラバラ」。ただでさえ、誇り高く、一筋縄ではいかぬ曲のある強者ばかりである。これを有機的一体として機能させなければ、それこそ「ただの烏合の衆」になってしまっていただろう。歴史に名を残すこともなかったと思われる。

 

そして、ガイドのおじさんの話で一番印象に残っているのは、新撰組での死者は外部的な争いよりも内部的な粛清の方が多かったということだ。これには本当に驚いた・・・!

全盛期の頃は200人いたというから、身分や、思想が異なる人たちをまとめるのは大変だったろうなぁと思う。飲み会やオフ会を企画するのも一苦労するというのに、・・・・・・・察するに余りある。

 

 

3.芹沢鴨という人物

 

 言わずと知れた、新撰組(壬生浪士組)の筆頭局長。出自についてははっきりしないようだが、水戸藩の武士の生まれであるようだ。水戸藩といえば尊王派であり、芹沢も例外ではない。佐幕派の近藤とは思想が異なってくる。ガイドのおじさんの言ったとおり同じ組織でも思想に相違があるようだ。

 

また、武家の生まれのためか、「一廉の人物で、新撰組の中でも一番と言っていいほど強かったのではないか。しかも、教養もあり、和歌なども詠む程であったとか。」と、おじさん。確かに、武家の生まれって幼少期から剣術や座学を厳しく仕込まれるような気がする。

そして、「酒が大好物であった」とか。それだけなら問題はなかったが、「酒乱で、京都の料亭で酔っぱらって暴れることも多数あった。容保にも、京都の治安を維持する役目の者が自ら治安を乱すとは何事かと苦言を呈される程であった。」とも。確かに、WIKIを読むと、お気に入りの芸妓が肌を許さなかったため立腹し、主人を脅した等の記述も見受けられる。

 

さらにおじさん語る。芹沢が殺害されたとき、三男も一緒にいた。その三男の方が77歳のとき、作家の「子母澤寛(しもざわかん)」(記憶が曖昧。違っていたらすみません)に当時を語ったという。曰く、「父は四六時中酒の臭いがした」。元来酒が大好きというのもあったのだろうが、リーダーとしてのストレスもあったのかも。また、近藤勇に対しては、「大変立派な人物だった。酒を呑んでも呑まれることはなかった、宴会の席でも平然としていた。」とのこと。芹沢とは対照的だ。

 

子母澤は学者や関係者への取材を元に、「新選組始末記」等を執筆。これら作品は司馬遼太郎や池波正太郎らに影響を与え、次第に世間に広がっていった。この三男の方の体験が現在に至る幕末人気の嚆矢となったのかもしれない、そんなことを考えた。

 

 

4.暗殺

 

新撰組は、酒宴を開き、芹沢をベロベロにしたところで殺害。邸内には芹沢がつまづいた文机、斬りつけられた鴨居の刀傷などが今でもはっきり残っていた。撮影禁止なのが残念だ。

なお、武家屋敷は天井が低い。読者諸賢ならお分かりかと思うが、刀が天井に引っかかるようにし、自由に振る舞えないようにするためだ。

 

首謀者については、容保が近藤・土方らに暗殺を指示したとするのが通説的見解のようだ。芹沢が酒乱で問題を起こすのも無関係ではないと思うが、それ以上に近藤らと派閥対立があったことが主因だったのではないか。前記のとおり、新撰組は、年齢、身分価値観、思想等悉く異なる。当時、芹沢と近藤・土方との間で派閥の軋轢があったらしい。

  

暗殺当時、芹沢は愛妾と同衾していたところ、土方、沖田ら数人に襲われ、脇差一本で必死の抵抗をしたようだが、文机で躓いたところで、メッタ刺しに。

寝込みを数人で襲わせなければならないほど強い相手だったのだろう。

 

芹沢の葬儀は壬生寺にて盛大に行われ、弔辞では近藤が長州の仕業と断定した。長州としては完全に濡れ衣であったから、それ以降両者は常に対立することとなる。


 

その後の新撰組の経緯は読者諸賢の知るところだ。

 

 

5.茶をしばく

 

 

ななちゃん「お饅頭を食べたいであります、上官殿。

 

ワイ「ええよー。」

 

 

ダラダラと長くなってしまいました。

ありがとうございました。


 以上。

 

 

 


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