(前回の続き)
1.壬生塚へ
次は、「壬生塚」へ行ってみよう。
イケメンパネルが出迎えてくれた。
本堂は厳粛な雰囲気であったが、このパネルで少しホッとする。
これは沖田だろうか。やはり中性的な「美少年」というイメージなのね。
ワイ「ワイの方が男前やろ?」
無視するななちゃん。
ホッとしたのも束の間、隊士が祀られているので軽い気持ちではいけない。
みなさん、絵が上手い。アニメやゲームの影響もあってか(もちろん、それだけではない)、新撰組は現代でも大人気のようだ。
志半ばで散っていった隊士。合掌。
近藤の像。有志の皆さんにより立派な像が建てられた。
近藤をはじめ新撰組の隊士全てが武士の家に生まれたわけではない。確か、近藤は百姓の出だったか。しかし、志を抱き、鍛練を積み、信念を貫き、それに殉じた。その生き方は武士そのものではなかったか。
敬礼するななちゃん。近藤の生き方に感銘を受けたようだ。
さて、帰ろうとすると黒塗りの車が何台も場内に。真っ黒のスーツに身を固めた方々も登場。なにやら物々しい雰囲気である。これは一体何事かと、壬生寺関係者の方にお伺いすると、皇族の方がいらっしゃるとのこと。なるほど、納得。
3.八木邸へ
壬生寺を後にし、すぐ近くにある「八木邸」へ移動。
新撰組発祥の地らしい。詳しくはwikipediaをご覧いただければよいが、この八木家の屋敷を本拠としたようだ(後に移転)。
八木家は壬生村の「郷士」(農業に従事する下級武士=半農半士みたいなもん)であった模様。買い取ったのであろうか・・・?当時の歴史に疎いのでよく分からない。
新撰組は京都御所の護衛に就いていたから、御所まで約4キロという立地条件は申し分なかったろう。ガイドのおじさんの話によると、このあたりは一面建物も何もなかったらしく、4キロ先の京都御所が肉眼で見えたという。御所で何か異変があればすぐに駆けつけられるという算段だ。
また、敷地の広さといい、武家屋敷の造りといい、新撰組が日常生活や稽古をするのに適していたのであろう。
現在の八木家は和菓子業を営んでいる。
そのため、八木邸は抹茶と和菓子のセットで見学できるシステムとなっている(1000円)。
残念ながら、邸内の撮影は禁止とのこと。
この岩、沖田をはじめ隊士らがよく腰掛けていたそうだ。皆の憩いの場所であったかもしれない。
といったところで次回はいよいよ八木邸内をガイドのおじさんに案内してもらう。
なお、前記のとおり、撮影は禁止なので写真はありません。
ななちゃん「楽しみであります、上官殿。」
続く。










































































