2017年3月。
朝。8時くらいかな・・・。
京都は「安井金比羅宮」へ行ってきた。
決して信心深くない自分がなぜ朝から神社へ赴いたか。
ただの神社ではないからである。
「縁切り神社」・・・ネットでもすっかり有名になっているようだ。
「公式サイト」もあった。
御神祭は「源頼政公」、「崇徳天皇」、「大物主神(おおものぬしのかみ)」。特に崇徳天皇は有名だ。「我、日本国の大魔王となり、天皇家を呪う」 と堂々と宣言した日本三大怨霊の一人。
皇位承継問題に端を発する「保元の乱」(wikipedia)では藤原氏、平氏、源氏も巻き込み、敵味方に分かれて激しい権力闘争が行われた。崇徳天皇側は衆寡敵せず敗北し、讃岐へ配流される。
「崇徳院は讃岐国での軟禁生活の中で仏教に深く傾倒し、~(中略)~戦死者の供養と反省の証にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、後白河院は『呪詛が込められているのではないか』と疑ってこれを拒否し、写本を送り返してきた。これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切って写本に『日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん』『この経を魔道に回向(えこう)す』と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続け夜叉のような姿になり、後に生きながら天狗になったとされている。崩御するまで爪や髪は伸ばしたままであった。また崩御後、崇徳の棺から蓋を閉めてるのにも関わらず(*)血が溢れてきたと言う」(wikipedia)。
(*)は著者注。「関わらず」とあるのは「拘らず」と思われる。
到着。
ワイ「ここまでは普通の神社やけどのぉ・・・。」
「高さ1.5メートル、幅3メートルの絵馬の形をした巨石で、中央の亀裂を通して神様のお力が円形の穴に注がれています。『○○君と幸せに結婚できますように』という可愛いらしいお願い事から、『夫と浮気相手との縁を切って下さい』といった事まで、皆様の様々な願いが書かれた『形代(かたしろ)』(身代わりのおふだ)が貼られ、碑が見えないほどになっています。
御祈願の方法は、まずご本殿にご参拝下さい。次に『形代』に切りたい縁・結びたい縁などの願い事を書き、『形代』を持って願い事を念じながら碑の表から裏へ穴をくぐります。これでまず悪縁を切り、次に裏から表へくぐって良縁を結びます。そして最後に『形代』を碑に貼って下さい。」(公式サイト)
以下、実践してみよう。
これが「形代」か。ここに願い事を書くんやな。
「無病息災」と記入。「人」との縁切りばかり注目されているが、「病気」や「事故」などの悪縁を切るというご利益もある。
ところで、先日一緒に呑んだドール仲間のKさんが言っていた。「神様はお願いするところではない、ご挨拶だけするところです」。どうか怒りを鎮めてくださいね、とお供え物とともにご挨拶するのが本来の接し方なのだろう。いつしか願いを叶えてくれる存在になってしまっているのではないのだろうか。だとしたらおこがましい限りである。
朝イチなのにただならぬ気配の女性もいました・・・。何をお願いしたのでしょうか・・・。
そして、以下が上記の解説にもあった「碑」。迫力満点である!!
↓
「ビッシリ!」という表現以外思い浮かばない・・・。
以下、いくつか拝見しました・・・。
フツーのお願いもあります。「〇〇大学に合格しますように」とか、「看護師になれますように」などなど。
しかし、多くは・・・
「私の夫を奪った〇〇〇〇に天罰をお与えください」
「私の家庭をめちゃくちゃにした××××に永遠の苦しみをお与えください」
「私をパワハラで精神的に追い込んだ上司の△△△△が不幸になりますように」
といった「人」との縁に関するもの。縁を切るだけで済んでないような気がするのですが。
なんとも重苦しい心持ちになってくる。
場所を変えて。こちらは絵馬。やはり過激な表現のものが多く、枚挙に暇がない。
ご挨拶を。
ななちゃん「ちょっぴり怖かったですが、任務完了であります。」






























































