知らない責任
2000年(平成12年)1月28日、新潟県柏崎市四谷の自宅2階で9年2ヶ月に渡る少女監禁事件が発覚した。新潟の監禁事件で容疑者の母親は、監禁された女性のことを知らなかったので、起訴されないそうである。
以前の証券不祥事で、不正を細かく報告した社員が役員から「なぜ、報告するのだ」と叱責されたらしい。法律上は、知らないほうが責任回避できるようなような気がする。
しかし、実社会、特にビジネスにおいてはそんなことは決していえない。知らない、あるいは知ろうとしない責任は重大であり、決して許されるものではない。
顧客や部下のちょっとした変化、よからぬ前兆に気づいていながら(はじめから気づかないのは論外)知らないふり、気づかない振りをして、問題が起こってから、私は知りませんと傍観者を決めこむ。こんな輩がまだまだ多いようだ。その上司も、知らなかったのだからしょうがない、とそれ以上の責任追及もしない。そして、知らないことはいいことだという風土が形成される。
ビジネスは法律とはちがう。ビジネスでは「知ろうとしない」ことは罪悪である。「知らなかった」ということは決して免罪符にはなりはしない。知らなくても知ろうとすることが必要であり、それが責任ではないだろうか。
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