● 手続きの公平
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の2次予選リーグ、12日の米国戦で判定が覆って日本の勝ち越し点が消えるという、疑惑の判定があった。
この疑惑の判定により、多くの日本人はその判定に対する不満とともに、WBCそのものの意義ややり方に対して不満をもったのではないだろうか。
確かに、日本にとっては不利な判定であったが、スポーツには誤審は付き物であり、日本のプロ野球でも、また野球に限らずその他のスポーツでもよくあることである。人間が瞬時に判断する以上、ある程度のミスは致し方ないということを理解している。そのような点から、判定そのものについてはある程度我慢できる。
しかし、その判定にいたった経過については、納得できない点が多い。特に、審判がアメリカ人であった点である。これは瞬時の判断でなく、事前に手が打てることである。より公正を期すために、「第3国の人が審判を担当する」ことなどは、当然のことである。それを怠っていた点について、不信が募るのである。
「結果の公平」を求めることはもちろんであるが、それ以上に、「手続きの公平」が大事なような気がする。結果については今回だけと諦めがつくが、手続きが公平でないと、いつもまでも不公平が続くようで、納得できない。
企業の人事考課も、「結果の公平」はもちろんのこと、「手続きの公平」を維持することが必要だと思う。
――――― 疑惑の判定 ――――――
同点の8回1死満塁。三塁走者の西岡が岩村の左飛でタッチアップ。二塁塁審が生還を認めたが、マルチネス監督の抗議を受けたデービッドソン球審が「二塁塁審が判定する場面ではなく、私に判定の権限がある」とし、西岡の離塁が左翼手の捕球より早かったという理由でアウトに変更した。
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