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水辺の生物

料理人の私が飲食の世界に興味を持ってから今日まで見てきた「水」に関わる世界、その水辺に生息する生物たちの環境や生き様を書き記していきます。

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美味しいものを食べ過ぎて自らほっぺたを落としてしまったくまモンより美味しい料理を作って貴女のほっぺた落としたい無国籍ゆるキャラ代表天狗でございます、皆様こんばんわ。

ジェネレーションギャップというものがありまして若い彼女と一緒にいますとその全てにおいて私のような田舎に住みながら最先端を進む者でもその意味不明な言動や行動に頭を抱えてしまうことがございます、しかし関心してしまう事も多いのでその知識というか認識を若い彼女の血と共に吸収し永遠の若さを夜を彷徨う一族として保ってやろうとしております。認識や知識の違いは時代によって移り変わります、ある時代にはタブーとされていたことが時代と共に許容されまかり通る事も少なくありません。これらの事総ては記述が不可能ですので今宵は特に食に対する認識の変化を我が夜の眷属にご紹介いたしたいとぞんじます。
時を遡る事ほぼ40年に近い30数年前当時大学生くらいだった従兄弟の事を父方の祖母が「あの子白ご飯にマヨネーズをかけて食べていたわよ」と食卓で驚愕しながら話していた事を思い出します。この当時日本に於いてのマヨネーズの存在はあったものの現在のような多様性もなくせいぜいケチャップと混ぜてオーロラソースにしてみたりとまだ保守的な日本人には信頼されるまでの存在ではなかったと記憶しております。例えばコロッケの皿に添えているキャベツの横にほんの少しかかっている程度のもので主にコロッケ自体はウスターソースで食しまぁ残ったソースでキャベツを食べる、その横に控えめな愛人のようにしとやかに存在するマヨネーズといった奥ゆかしいものであったように記憶してございます。そのようなまだ昭和の(少なくとも我が家の)人々が未知(というか未認識)であったマヨネーズを白米に載せて食した従兄弟の事が華道茶道免許皆伝保守的代表の祖母には相当な衝撃であったのでしょう。それを聞いた当時の私も大した冒険をしたものだなとあまりその行為自体に関心を持たずにおりました。どちらかと言えば我が家(の特に父など)は何事に対しても保守的な考えを持っており最新の事には殆ど興味を示さない傾向があり幼かった私も当時はそれに準じていたように思います。
しかし私が小学生の高学年頃にはボイルしたエビなどをサラダ菜とマヨネーズで米と一緒に海苔で巻いたサラダ巻という寿司が世の中に現れます、寿司として賛否両論ではありますが海外などではカリフォルニアロールやドラゴンロールの名でマヨネーズの入ったSUSHIが人気のようです。どんどんと市民権を得たマヨネーズは日本人の口に合うようになり今ではコンビニエンスストアのおにぎりコーナーにはエビマヨやツナマヨは定番商品として陳列されている様にぞんじます。ケチャップを付けてフライドポテトを食する事に衝撃を受けたのはシルベスター・スタローンのコブラという映画でヒロインがフライドポテトに溺れるほどのケチャップをかけていたのを観た時でございまして当時予め振りかけられている塩だけの味で楽しんでいた私の舌に新しい驚きを与えてくれましたが更に驚いたのは映画パルプフィクションでサミュエル・L・ジャクソンとジョン・トラボルタ演じる2人のギャングが車の中でオランダではフライドポテトにマヨネーズをかけて食べるというような会話シーンを観た時でございました。これは後に私がオランダに遊蕩三昧しに行った折確認いたしました、オランダには街角にフライドポテト屋のようなものがありましてそこでフリッツと呼ばれるフライドポテトを注文いたしますとマヨネーズを入れるかと聞かれます。日本のそれより少し甘めのマヨネーズを付けて食べるフリッツは揚げたてで非常に美味なのですが日本で日本のマヨネーズを付けて食べようとは思いませんでした。ちなみにソースマヨネーズと正式には呼ばれるようにマヨネーズはオランダ発祥のもので起源は卵黄を湯煎して作るソースオランデーズからと言われておりますくらいですのでオランダのマヨネーズは少し拘った味わいのものであったように思います、ですがそれらは日本のマヨネーズとは少し違いサラダ巻やご飯にかけて食べるには少し向いていないような甘みとふんわりとした軽さを持っておりました。ですので白米を食べるツールとしてではなく香取慎吾君のようにマヨチュチュ出来るような奇人の類にはお勧めの味かも知れません。
時を同じく小学生の頃漫画やアニメで魔夜峰央先生のパタリロが流行りました常春の国マリネラの若き国王パタリロ・ド・マリネール8世の活躍を描いた作品でクックロビン音頭が今も頭に残ります、作品の中で主人公のパタリロがこのようなセリフを言っていたように記憶しております、何らかで悪い夢にうなされたか寝つきが悪かった彼が「昨夜夜食に食べたイカの塩辛の生クリーム和えがわるかったのかな?」と。当然この当時の私を含め読者はそりゃそんなもの食べたらうなされるわと思ったはずでございます、恐らく魔夜峰央先生もこの奇怪なメニューを書けば読者も気味悪がるだろうと書いたのだと私は思います。ですが先日TVなどを見ておりますとイカの塩辛バター焼きうどんなるものお笑い芸人が作っておりました、簡単に説明しますとバターは生クリームを精製した状態のものでございますので純度の違いはあれ胸焼けの原因を少なからず持っております。更には居酒屋のメニューなどで焼いたジャガイモにバターを載せた所謂じゃがバターにイカの塩辛を載せて食べるというようなメニューも一般的に見られるようになり当時胸焼けを起こした80年代より時代は静かにそして確実に進んでいったのだと思わざるを得ないのでございます。
アヴァンギャルドな調理方法や食材の組み合わせを私は悪いとは思わないのですがどこまでを食と容認すべきなのかどのくらいの認知が出来たところで食と認めるのかが難しいポイントだと思います、ひところ話題になりましたじゃがりこという菓子にお湯をかけてポテトサラダにするというようなものはどうでしょう?いい大人がそれを個人で楽しむ分には何の問題もないのでしょうがそのようにして作られた恐らくポテトサラダとは程遠いそれが子供のいるような家庭の食卓に上がった時それは食事とは呼べないのではないでしょうか?しかし時代が進むにつれそれも食として進歩を遂げ認知を得ることになるのでしょうか?ここには料理人たちの切磋琢磨が必要となってまいります、B級グルメと軽く思われていたラーメンも今や拘りのグルメ食となっております。高価であるからグルメというわけではございません、美味しい食べ方を知っている人や美味しく食べれるものがグルメなのでございます。時代の移り変わりと共に人が貪欲に食を追求する事は非常に良い事です、もちろん最初は私の従兄弟のように異端視されるでしょうがそのような先駆者がいなければ食の楽しみや味覚の発見などあり得ないのでございます。ですがいつも異端者が受け入れられるのはその存在などが忘れられた頃の事でその出来事自体が幾ら正当化され認知されても異端者は異端者のままなのでございます。