ググってみました。


①TNK関係

②オリエンテーリング関係

③シケプリ関係

④五月祭関係

⑤高校関係

⑥内定先関係


という結果に。

ヒット数が33件とは少ない・・・。

年をとったらでしゃばらず、
憎まれ口に泣き言に、
人の陰口愚痴言わず、
他人の事は褒めなはれ、
聞かれりゃ教えてあげてでも、
知ってることでも知らんふり、
何時でもあほうでいるこっちゃ。


勝ったらいかん負けなはれ、
いずれお世話になる身なら、
若いもんには花もたせ、
一歩さがって譲るのが、
円満にゆくコツですわ、
何時も感謝を忘れずに、
どんな時でもへえおおきに。


昔のことはみな忘れ、
自慢話しは、しなはんな、
わしらの時代はもう過ぎた、
なんぼ頑張り力んでも、
体が言うことききまへん、
あんたは偉いわしゃあかん、
そんな気持ちでおりなはれ。


  1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
  2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
  3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
  4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
  5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
  6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
  7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
  8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
  9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
  10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

追いコン無事終了。

ついに自分も追い出される側になったかと思うと感慨ひとしお。


疲れたので続きはまた。

失敗しても間違えてないのなら胸を張れる。

写真のサイズがでかくてうpできない…。

萎えた。


が、気にせず行きましょう。

欧州風来記、スタートです。






9月2日


朝6時15分、家を出発。

欧州は意外と寒かったという友人の言を受けて、ギリギリまで荷物の服に悩む。


バックパックを背負ってドアを開けると蒸し暑い。

憎らしいほどの快晴なのが救いだが。


…向うが涼しければいいのに。




6時半東京駅着。


成田エクスプレスが7時半のしか空いてない。

朝は意外と混んでることを知らなかった。




7時半成田エクスプレスに乗り込む。


内装が黒基調でモダン。

ユーロスターによく似ている。


周りは半数以上外人。




成田着。


カウンターは混んでいる。

とりあえずチェックイン。


朝飯を探し、マクドで朝食。

成田では最安値ではなかろうか。


なんでも高い。




空港ロビーにBoeing 747-8の模型が展示してある。


このときは東洋経済も読んでなかったし、ボーイングの苦境も知らなかった。

だから普通に通り過ぎたなり。


この後、出発ゲートに向かう。




飛行機に何度となく乗り、空港慣れしているせいか、あまりマンネリ感が漂う。


が、流石に出国審査では緊張。

よかったよかった。


と変なところで安心。






オーストリア航空に乗り込む。


緑のシートに赤白のヘッドシート。

色彩感覚がさすが。


子供席かと見まごうほど。




毎度ながらエコノミーは狭い。


あのデカイ欧米人がどうしてこんな設計をするのだろうか。




3人並び。


真ん中が空席で私とおじさんが座った。


おじさんはスイスに住んでるらしい。

いろいろ話す。




食事はデザートが充実。


スイーツな国である。。。







さて、いよいよ次回ウィーン到着ですよー。

小さい会社だと儀式っぽさがないのか。

あっさりと済んだ。


・・・利益額を見ると小さい会社とかいうと怒られる規模だがww


当然飲み会。

コミュニケーション不足を再認識。

当意即妙の受け答えとか難しいな。。。


まだ実感は湧かないというのが本音。

外銀に落ちた後、まわった業界は

・証券

・商社

・広告

・石油

・重工

・海運

・建設

と、若干のベンチャー企業です。




これらの業界に惹かれた理由は

・外国へ行けそう

・でかいプロジェクトができそう

・なんとなくよさそう

などなどです。




経済学部の定番、銀行はまわりませんでした。

リクルーター制が嫌いだったことと、銀行員の父への反発からです。

リクルーター制は前倒しした面接で、合理的なものなのですが、なんか嫌いです。

仕事で楽しそうな様子を見せない父への反発はありましたが、「やりがいがないわけじゃない。家ではリラックスしてただけだ」という社会人の方の意見に今は賛成します。




東大の定番、公的機関もまわりませんでした。

学生経友会で政府系機関を集めたセミナーを手伝いましたが、説明のあまりの眠さに3分で根を上げ、「あのお経みたいな話についていける人じゃないの行くところじゃねぇ」と思ったからです。

あと、奉仕って言葉嫌いなんです。




さて証券ですが、リクルーターの方と、高校のツテでベテランの方にお会いしました。

学生経友会の仕事で、見学会を引率したりもしました。

日系の証券会社はとにかく個人向け営業が強い。

そして学歴がまったく関係ない超競争社会。

ドブ板が一番尊敬される、外資証券とは真逆の世界です。

社員の方は目つき鋭い「証券マン」。

ベテランの方にそう指摘すると「みんな若いころは必死だからねーww」とのこと。

魅力はありましたが、「形のないもの」「価値が下がるかもしれないもの」を売ることにどうしても納得できませんでした。




商社は前に書きました略。




広告は今までまったく興味もかかわりもありませんでした。

「このままでは一生広告にかかわりなく生きることになる」

と危機感を抱き、H社のエントリーが締め切られたあとという遅すぎる時期にD社のベテランの方にお話を伺いに行きました。

広告を売るだけじゃなく、クライアントの社外とのかかわり全てをコンサルティングしたり、イベントを運営したりと幅広い活動内容はいまさら知って感動。

広告からコンサルへ行く人は多いらしいですが、確かに仕事は似てると思います。

広告はコンサル内容が限られる代わりに、広告という製品まで提供できるところが違いでしょうか。

ベテランの方は気さくで、模擬面接までしていただいてまたまた感動。

ノリがよく、人にものを伝えることのプロフェッショナルだなと感じました。

でも面接の前によく考えて「広告に全く興味ねーなー」と思い直し、断念。




石油業界は商社の話を聞いて資源ビジネスに興味を持ったのでまわりました。

石油元売だけじゃなく、日本にも小さいながら石油掘削会社があるのです。

そこの選考も受けたりして楽しかったです。落ちたけどね!

よく知りませんが、石油業界はメーカーの中では給料が高いらしいです。

なぜでしょうね。商品みんな一緒なのに。

受付で困っていると助けてくれたりと、「いい人」ばかりの会社でした。

新人はガソリンスタンド廻りから始めるという国内&営業の業界です。

ただ営業といってもガソリンスタンドを運営する地元企業のコンサルみたいなものらしいですが。

ちょっと期待と違うなと思いました。




重工は、商社で最初機械の輸出入をやりたいなと思っていたこともあってまわりました。

商社で「機械」というと家電などではなく、巨大トラクターや膨大な自動車、プラント設備など壮大なものをさすのです。ロマンなのです。

重工は海外進出も進んでおり、社会への影響も非常に大きい。

人ものんびりしていながら、若くから仕事の責任もあり、海外勤務もありのいい業界です。

古くからの大企業なので、給料はそこそこでも福利厚生がすごくていまだに保養所なんぞ保有してたり。

重工は私が内々定を受けた会社でもあります。

なぜ重工へ行かなかったかなど、詳しくは後で書くはず。




海運は外国行きたいという思いから受けました。

最近海運は空前の好景気で、受験者が殺到。

初めて人気業界なのだと知りました。

ただ、船動かす仕事の先にある未来が読みきれないなーと思っていたら筆記落ちでしたとさ。




建設はでかいプロジェクトができるかなと。

特に心惹かれていたわけではなく、広告と同じで「これを逃せば一生建設とはry」という気持ち。

巨大プロジェクトの受注やプロジェクト管理はまさにプロジェクトX。

不覚にも説明会のムービーで涙ぐんだ。

が、なぜ落とたし。




ほか、若干のベンチャーを受けました。

友人のようにベンチャーを有力な選択肢と考えていたわけではないのがばれて、落ちましたが。

ベンチャーで働くことについては、以前お世話になった会計士の方のアドバイスを今でも覚えています。

「君がベンチャーを起こすのはいい経験になるだろう。でも君がベンチャーの下っ端で働くのはいつでもいい経験になるとは限らないだろう」

私の友人、マイミクの方にも起業してらっしゃる方、ベンチャーに深くかかわってらっしゃる方は多いですが、その方たちに物申すつもりではありません。

ただ、私はこの意見がグサリとささったのです。




ベンチャーとか起業とか、将来の話もいずれ日記でしたいですね。

でも不言実行っていい言葉だな、とも思ってます。




さてこれだけ企業をまわったわけですが自己分析のほうはどうなったのかと。

自分というのはどうも

「自分の周りに転がっているチャンスを形にして周りの人を喜ばせるのが好きな人」なのではないかと思います。

わかりやすく言うと、「『これ、いるんちゃう?』というものを誰もやりそうになかったら自分がやってほめられて喜ぶ人」かな…?

わかりやすくないw




TDJを卒業して3年たった。ここで同窓会でもやれば盛り上がるに違いない。

→誰もやりそうにない

→もしや私のターン?!

→開催して感謝される

→ktkr




みたいな。

自分の中で「せっかく」という言葉がとても大切で。

「せっかくサークルに入ったんだから役職を」

「せっかく学園祭をやるんだから去年にないものを」

のような「今いる場所」に貢献することで他人とのつながりを持つことが好きな寂しがり屋といいますか。




長所というか味はですね。

150%の価値を出すところかと思います。

やるからには何か新しい要素を加えて、自分がやった証を仕事の中に残したいといつも思います。

仕事をマニュアル化したり、省いたり、付け加えたり。




身の回りでいろいろやってきましたが。

やはり働くからには「せっかく」生まれてきたこの世界に広くチャンスを求め、形にして人を喜ばせ、しかも儲かる仕事がしたいなと。

世界中にネットワークを持ち、ビジネスチャンスを形にする商社はまさにぴったりではないかと。




こういう自己アピールをしたわけです。

ただ、商社で何やりたいか。

これだけはうまく言えなかったですね。

機械や資源が面白そうでしたが、ほかにもいっぱいあるし。

地に足の着いた主張はできなかったです。





選考時期は業界によってぜんぜん違います。

日系企業は2月から順次始まります。

広告や食品メーカーは2月初旬から始まるところも。




メーカーは業界によってゆるゆる始まります。

銀行や保険会社の選考もこの頃からですね。

こういう業界はリクルーター制度をいまだに採っています。

大学枠を争うために早めに面接に入るというイメージです。

ボクは感情的に嫌いですが。それなりに合理的な制度です。




一番遅い一群が商社と若干の企業(石油業界など)でしょう。

4月1日から選考自体が始まります。

4月1日に面接だけするんじゃなく、本当に筆記試験から始まります。




1日にはまず8時半に重工メーカー1社の面接。

これを皮切りに商社の筆記が立て続けに入ります。




このときには商社本命で行こうと決めていたので商社を優先し、ほかのメーカーをサブにゴリゴリ予定を入れる。

1日以降戦争状態。




1週目は筆記で暮れる。

商社の筆記はめちゃ難しい。

筆記対策皆無な私は大苦戦。

同じ問題で何回も苦戦する。

学べよ自分。




筆記に何とか通った企業から1週目の末に一次面接の案内が来る。

返事はそこそこ来たので、期待に胸膨らませて2週目へ。




2週目はどしどし面接。

一次面接はふるい落とすために複数面接だったり、サシでも5分だけだったりという一撃離脱戦。

隣の人の話が面白いんで、複数面接は好きなんですけどね。

一次から最終まで複数面接の企業もあれば、全てサシの企業もあります。

これはきっと採用方針にかかわっているのでしょう。

私が内定した企業は全て、一貫して複数面接の企業でした。

なんででしょ。




そして一次面接で落ちる落ちる。

たいていの企業はメールで連絡が来るので、ヤフーメールから携帯への転送機能を使ってメールを常時チェック。

人生で初めて真剣にiモードを使いました。

でも面接連絡が来ない来ない。




商社受けてる友人と話をしようもんなら「俺連絡来たよ」てなことを聞いて落ち込むかも知れません。

この時期は周りの会話にもびくびくモノです。

この時期、気合入れて就活してるのはたいてい商社志望。

どこに敵がいるかわかりません。




商社の面接は大体3回。

一次、二次、最終です。

一次で商社は2つ以外全部落ち、その二社は最終まで行きました。

メーカーは大体4回くらいかな。

なんとなく1社が最終まで行き、二次まで順調に進んできた企業が1社ありました。

それが3週目の状況。




で。

「ボクはどこにも受からないんじゃないか。きっと要らない子なんだ。もうだめだ。ウワーン」

となるわけで。

メールを気にしすぎてノイローゼ。

夜は死んだように眠り、3月のように涙も出ません。枯れ果てた。




このときの心境

「内定を くれる会社が いい会社」

なぜ都々逸…?

これは一面の真理なんですよね。

自分を評価してくれる会社は、何かしら自分と相通じるはずなのです。




わらにもすがる思いで3社の最終面接を終えた4週目。

メーカー1社から「内定出したらうちに来ていただけますよね?」という電話。

うれしいことに初内定。

実はこの会社、二次面接で「御社が第一志望です」といっときながら、

三次面接で「御社は第一志望群です。商社と迷ってまして。テヘ」と

調子乗ったことを言っちゃったんですね。

うそをつくなら突き通せよ、って感じでした。

いや失敗失敗ww

最終ではもちろん、、「御社に行きます」とキバヤシ断言。





初内定が射程内ということで、人事からの電話ではもちろん、「御社に行きます」と答えました。

そこで人事部長とご対面。

内々定通達式というらしく、もはや儀式。

予想外の質問は皆無。

「うちに来ていただけますか」

「はい」

「あなたを、内々定です」




そのメーカー、内定第一陣がわれわれだったらしく、第一陣でその日は飲み会。

中華をたらふく食いました。

と思ったら、商社の最終で一緒だった子が。

隅のほうで顔を寄せ合い、

「この会社に決める?」

「…悩んでる」

という会話を繰り広げる。




と思ったら商社1社からも内定のご案内。

これがまあ、運命の鉄問屋なわけです。

内定が射程内ということでもちろん、「御社に行きます」。




やはり最終面接は儀式かと思いきや一部企業ではそうではないようです。

最終まで行った企業の中には最終面接の倍率が一番高いというとこもありました。




鉄問屋に行くと

「ホントにうち来る?」

「行きます」

「採用人数少ないから逃げられると大変でねぇ」

「大丈夫です」

という会話を繰り広げました。

本当に逃げられると危ないらしく、かなり聞かれました。

が、ここは「行きます」の一手。




20分ほど押し問答をして、やっと人事部長さんが現れました。

そこでがっちりと握手。

と思ったら人事部採用チームの皆さんがなだれ込んできて部屋一杯の社員さんと握手。

この会社の恒例行事らしいです。




鉄問屋はその日に飲み会はありませんでしたが、代わりに社内を案内してもらいました。

鉄問屋は説明会も軽く1回行っただけ、事業内容は面接に来て初めてパンフレットを読むというひどいものでしたww

会社に来てもすぐに正面の会議室に通されるので、オフィスを見るのは初めて。




私と人事のお兄さんの2人でオフィス見学。

見渡す限り人、人、人。

そしてパソコンと電話。ザッツオール。

オフィスを案内し終えて、人事のお兄さんがくるっとこちらを振り返り、

「ここが世界に繋がってるんだよ」

と誇らしげに語ったのが印象的でした。




残りの商社1つは連絡が来ず、残念ながら落選。

もういいやと選考中の会社は切りました。

で、マナイタに残ったのがメーカーと鉄問屋の2社。




ここで就活開始以降初めて、「選ぶ立場」というものに立たされました。

4月第4週、月曜日にメーカーに内定し、火曜日に鉄問屋に内定。

就活に苦しんだ身からすれば一刻も早くどちらかに決め、後進の席を空けてあげたい。

両社からの圧力も受け、その週はいろいろと考えました。




総合商社へ行って機械を扱いたいと思っていたら、機械を扱うメーカーと、機械を扱わない商社に内定したという結果に。

結論から言うと鉄問屋に行くことに決め、金曜にはメーカーに電話で断りを入れました。

理由はといいますと、以下に示すとおりいくつか。




①一番大きい理由は「自分の目指す将来像にどちらが近いか」、でした。

「どちらがいい会社か」といわれるとどちらもいい会社なわけでして。

かたや世界に冠たる機械メーカー。

その名声は世界中にとどろき、遠く異国のプラントや高速鉄道にも引き合いが来るほど。

工場は日本中にあり、世界で活躍する余地も十分。

かたや知る人ぞ知る鉄問屋。

業界人なら一目も二目も置くプレゼンスをもち、バックには総合商社が控えます。

鉄というビッグな業界の真ん中にあり、海外勤務、子会社出向は当たり前。




どちらもいい会社なんだから、自分の将来像により近いのはどっちか。

ここで、「世界を旅する商売人になりたい」という将来の夢が利いてきます。

ラノベ『狼と香辛料』をご存知でしょうか。

アニメにもなりましたが、かの作品の主人公である行商人のやっていることはまさに商社の全体像です。

町から町へ旅し、情報を集め、儲かりそうなものを買って売る。

儲け話には一口も二口もかむ。

そういう姿に憧れたんですねー。




メーカーだと「事務屋」という言い方をされます。

さげすまれているわけではないのですが、どうもメーカーの主役は技術者(であるべき)だという意識がありました。

特に内定したのは産業機器を扱う重電メーカー。

マーケティングが鍵を握る消費者向けの弱電メーカーではありません。

メーカーに入れば、事務屋に落ち着いてしまいそうでした。

納期を守り、経費を見張り、誇りを持って製品を売る。

そこに何か飽き足らないものを感じました。




②モノをもたない誇り

①とも繋がるのですが、商社はモノを持つのが仕事ではありません。

メーカーでは巨大な工場、すばらしい製品が社員さんの誇りです。

でも商社には何もありません。

見学したときにあったのは人と、人をつなぐモノだけ。

そこで働く人の強烈な誇り、「ここが世界と繋がっている」という言葉に感銘を受けました。

そんな場にいれば何か面白いことができるのでは。

そう思いました。




③社員さんの人間性

メーカーの社員さんは一言で言って「実直」という印象を受けました。

納期や経費を守って製品を納める仕事ですから、実直さが当然求められるわけです。

一方、商社の社員さんには「期待感」を感じました。

この人についていけば何か儲け話があるんじゃないか、何かでかいことをやってくれるんじゃないか。

そう思わせる人間的な面白さを感じました。

高校の同窓会幹事会でお世話になった商社の方からそういった印象を強く受け、人間的に惹かれたわけです。




④規模

メーカーは日本有数の規模。

同期は文系だけで200名に上ります。

鉄問屋は16名。

1人あたりの重要性が高いかなと思いました。




⑤他人の意見

いろんな人に意見を聞きました。

鉄問屋を勧めた人にはついぞお目にかからなかったです。

友人には「メーカー行くべき」「お前はメーカー向き」と言われました。

親は「自分で選びなさい」といいながらもメーカーに行ってほしそうでした。




ここで尊敬する方々に意見を聞きまわってもよかったのですが、しませんでした。

尊敬する方々はみなお忙しく、急な判断には差し支えるというのが一つ。

「aとbがあって、これこれこういう理由でaにしようと思うんです。どうでしょう?」という風に尊敬する方には伺ってきたので、今回もひとまずの回答を出したかったというのが一つ。




私は

「人の意見はどんな意見でも喜んで聞く。

 でも決定は自分で責任を持って下す」

という信条を持っています。

結果的に、鉄問屋を選んでみんなの意見をぶっちぎることになりました。




人生に責任を取るのは自分ですから。

意見をくれた皆さんには感謝しています。

大変参考になりました。




でも揃いも揃って鉄問屋を勧めなかったので、何かいいことがあるだろうと。

なくても自分の選択だと。

逆に闘志湧きました。

その時点でもう答えは出てるやんって感じですが。




こんな理由と経緯から金曜日にメーカーにお断りの電話を入れました。

電話をかけずにウジウジしていた私の最後の背中を押したのは委員会室のN野君でした。

「坂田さん、答え決まってんなら早く電話かけましょうよ」

「サーセンww今かけます」

ということで委員会室で即行ダイヤル。




メーカーの人事のおじさんは怒ることもなく。

大変悲しそうな声で「商社行っても頑張ってください」といってくれました。

ジンときて、心から「ありがとうございました」と言って電話を切りました。




この瞬間。

私の就活は幕を閉じました。。。




ただ、ただ。

莫大な安堵感がありました。

そして間近に迫った五月祭の準備へと駆け出して行きました。




その後ゆっくりと就活の整理を始めました。

棚1段にあふれていた企業パンフレットはほぼ処分。

すっきりして気持ちよかったです。

登録していたリクナビ、マイナビを退会。

メールがストップし、本当に終わった気になりました。

お世話になった人には気がついた時に報告メールを送るようにしています。




そして就活で苦労した分、後進に何かを伝えようと思いました。

TNKで講演したりもしましたが、文章で文字通り就活を総括したかった。

そんな思いから就活戦記の筆を執りました。




~完~

外資証券に2社とも落ちたのが1月末。

その頃には、私は1つの決心をしていました。

「徹底的に自分を見つめる」こと。

たとえ遠回りになっても、もやもやとした気持ちで就活するのはもうこりごりでした。




選考でうまく行かないことはもちろんでした。

就活中ということで後輩に進捗など聞かれるのがきつかったです。

落ちても軸を持って進んでいれば言いようはあるのですが、なんとなく受けた企業に落ちたことを話すのは辛いことこの上ない。

12月にTNKの2年生が引退する総会があり、就活ですさむ心を引きずって参加しました。

飲み会では偉そうにアドバイスしたり、状況を説明したりしていましたが。

帰りの電車で同学年の友人相手に泣きました。

強烈な自己嫌悪に押しつぶされる体験でした。




『絶対内定』

以前から何人かに進められ、購入していた本です。

自己分析ワークシートが大量に載っており、真面目にやれば自分をほぼ完璧に振り返ることができます。

夏からちょこちょこやっていたのですが、真剣に取り組む気になりました。




が、これが何より難しい。

まず締切がないので切迫感が湧かない。

日ごろ久しくやらない「考える」ことをするので疲れる。

テストが近い。

そんな理由で遅れながらも、少しずつすすめていきました。




その時期、再び五月祭の運営に携わり、渉外局長という一部門を旗揚げし、しかも長なんぞになってしまったのです。

仕事が忙しいことはもちろん、精神的にも辛かったです。

尊敬する先輩ならば「タイムマネジメントはお前の仕事だろ」と一喝されると思いますがww




自己分析をすると自分の醜い面が出てきて非常に情緒不安定になります。

特にまだ結論に達していない段階では暗いトンネルを手探りで歩いている状態でした。

2~4月は大変情緒不安定でした。

夜ベッドに横になると涙が溢れてきて止まらないのです。




そのとき助けになったのは2年の3月に参加したワークスの経験でした。

課題をひたすらに考えてブレークスルーした経験。

アレがあったからこそ、「必ず答えは出る」と信じて自己分析を続けることができました。





話を2月はじめに戻しましょう。

私は4つのことをほぼ同時にこなしていました。

①期末試験の勉強

②五月祭渉外局長の仕事

③シコシコ自己分析

④説明会への出席、OB訪問




だからエライとか大変とかじゃなくて。

いろいろ絡み合ってるんすよ。

感覚が鋭かったんで、この時期の体験は何なりと人生に影響を与えてると思います。

で、印象深いエピソードをいくつかあげます。




その1。五月祭の仕事でのこと。

協賛金を集める仕事をしてたのですが、「パンフレットに広告載せるよりもイベント自体に協力してもらえば?」というアドバイスをある方からいただきました。

そこで思い浮かんだのが企業の方をお呼びしての講演会。

お世話になっている先生に相談に行ったところ、「実は同じようなことをこちらも考えていた。ぜひやろう」とのお言葉。

これはうれしかったです。

営業としては初歩の初歩だと思いますが、自分のアイデアから企画が生まれ、金が生まれるという期待に胸が膨らみました。

営業っていいものだなぁ、と。

結局そのアイデアは折り合いがつかず頓挫したんですけどね(苦笑




その2。とある社会人の方に相談に乗ってもらったときのこと。

私「自己分析しても自分のことわからないんです。ボクって実はすごくしょーもない人間なんじゃないでしょうか」

社会人「今までの君の人生を聞いてる限り、そんな投げやりな人生を送ってきたとは考えられないな」

社会人「人が決断するときというのは必ず過去のパターンを繰り返すんだよ。だから過去を振り返れば必ず君なりのこだわりが見えてくるはずさ。それがきっと君のヒントになる」

中二臭い相談に真剣に乗っていただいた方には感謝しきりなのですが。

心の奥にある「こだわり」こそが個性なんじゃないかなと思いました。

それってなんだろうと。自分のこだわりとは。

よく「長所とは」とか聞かれますが、あれも「こだわり」というか、「味」なんだと思います。

「あなたの長所は何ですか」→「あなたが仕事をしたらほかの人とは違うどんな味がありますか」

といっているんじゃないかと。

そう思うようになりました。




その3。とある社会人の方の相談に乗らせてもらったときのこと。

私「志望動機がうまくかけないんですー。どうしたらいいでしょー」

社会人2「まず会社の仕事の本質をつかみ、そこに魅力を感じるとアピールすること」

社会人2「今までやったことでわくわくしたことの共通点はあるか。それがきっと君のやりたいことだ」

社会人2「OBに会いまくれ!」

私「サーイエスサー」

えらくテクニカルな話ですが、大分参考になりました。

商社行って「うっす、アパレルやりたいっす」って言って「うん、君エビの輸入やってね」って言われたらどうすんねんという話。

当たり前っすね。よく考えると。

その後OB訪問をしまくることに。

OB訪問については後述。




その4。電通にて。

模擬面接をしてもらったのですが。

電通マソ「自己アピールはまず自分とは何かというキャッチフレーズを考えなさい。それに沿って自己アピール、大学時代打ち込んだこと、志望動機、入社してやりたいことを考えなさい」

電通マソ2「君は頭がいいんだからキレるオーラを出してしゃべってるとダメだね。最初にボク馬鹿ですー、みたいに自分を落として、その後自然に頭の切れを相手に悟らせるが吉だ」

アピールとはかくあるべし、みたいな。

さすが電通。恐るべし。

特に前半は誰でも使える。




あとは友人が商社志望で熱く語っているのを聞かされたとか。

コンサルを受けていると先輩に報告したら「プギャーwwお前はもっと理不尽な目にあう仕事をしろww」と叱咤されたとか。

高校の同窓会で商社に行った先輩にお世話になったとか。

偶然とあるメーカーの説明会に行ったとか。




そんな偶然→必然の積み重ねが自己分析と就活を左右していきました。

ぼんやりと「商社へ行きたい」と思うようになったのは2月の中ごろでしょうか。




商社はビジネスを作るビジネスという言い方があるとおり、企業とか商売の本質に近いところにあるのではないかという印象は以前からありました。

行きたいという気持ちが生まれたのはコンサルと外銀に落ちて、優先順位の次にあったから。

そういう側面も正直言ってあります。

が。

もちろんそれだけではありません。




世界中から情報を集め、ビジネスチャンスを形にする。

そういった商社の機能に惹かれたこと。

優しく気配りを忘れず、しかも利に敏い。

そういった商社の人間に惹かれたこと。

一方で、扱う商材にこだわりがなかったこと。




商社に行けば何か自分の理想とする未来像にあえるのでは。

そういった期待から、商社への興味が深まっていきました。




「商社へ行くならほかのメーカーも見たほうがいい。いっそのこと知ってる企業全部エントリーしちゃえ」

という暴挙をしたりもしました。




OB訪問は20~30人くらいはしたでしょうか。

総合商社を中心に、証券、広告などなど。

最初はOBに仕事のことを聞くのですが、何回も訪問してると聞き飽きてきます。

おんなじ会社の人にあってたらそりゃそうです。

違う会社、業界の人に話を聞くか。

逆にこっちの話を聞いて論評してもらうか。

そうしないと意味がない。

後者のつわものはエントリーシートを添削してもらったり、模擬面接をしてもらったりする。

私もやれればよかったのですが、なかなか自信を持ってエントリーシートをかけるだけの自己分析が間に合わず、訪問はグダグダの回が多かったです。




優しくご飯をおごってくれて、頷いてくれる人もいれば、厳しく突っ込んでくれる人もいます。

突っ込んでくれる人は少ないんですよね。

突っ込んでくれといえばいいんだと今になれば思います。

数少ない厳しい人はとても参考になりました。




OB訪問でも若手とベテランの話はぜんぜん違います。

そして、ベテランはどの業界の人でも話が似ています。

若手はやはり就活チックな話をしてくれます。

今すぐ参考になるけど、よく考えると眉唾みたいな。

それの最たるものはいわゆる「内定者」と呼ばれる人たちですね。

ベテランは例えば「就活なんて運。人生は会社に入ってからがスタート」

などという内容は深いけど、今すぐにはちっとも役立たないアドバイスをくれます。

もちろん例外もたくさんあります。




3月は

昼前に跳ね起きる

→OB訪問

→喫茶店で鬱々と自己分析

→コーヒー飲みすぎで吐き気

→泣きながら寝る

というまさに地獄の生活。

その中でも貴重な出会いをしたり、偶然訪れた説明会が重要な意味を持ったりしてきます。




自己分析をする中で、自己嫌悪に陥ります。

自分はこんなにちっぽけなやつだ。

つまらない学生生活を送ってきたんだ。

打ちのめされて遂にメールを送った相手がなんと父親。

かなり病んでいる精神状態を、就活の愚痴っぽくして送ったのだが。。。




即座に電話で返事。

なんという心のうちを読む即レス。

ええ。

その週末、両親が東京へ飛んできましたとも。




ひっじょーに珍しく親とまじめに仕事の話などしてみた。

特に父親とは人生初。

「まあ、就活は自分の現在解を見せるところだしー。理想の自分でありすぎる必要はないかー」との境地に至る。

ダメでも後悔の内容やってみようと。

TNKで好評を博した『現在解』という言葉はここで生まれたのです。




自己分析が完成したのは親が帰った翌日。

3月31日のことでした。。。

コンサルの選考時期が早いというのは定説です。

最初の関門である試験の申し込みは9月に始まるファームもあります。

※ファームとはConsulting Firmのこと。意味は「会社」。コンサル業界ではコンサル会社のことをよくファームと呼びます。




とりあえずコンサルを受けてみようと思いました。

コンサルは企業の問題解決を請け負います。だから仕事はいつも修羅場ばかり。そんな環境で自分を鍛えることができるはず。

そんなことを考えました。

まあこれが間違いの元なんですね。

嘘は言ってないんだけど、コンサルにはどういう人がいるとか、ほかの選択肢とかを全然考えない浮き足立ったアイデアなわけです。

そして脆弱なアイデアを突き通せるほどの突飛な能力も経験もない、と。




よく「コンサルに行きたいんです」という話を後輩から聞きます。

先日先輩からも聞きました。

コンサルは選考が早いので一足飛びに受けることが多いかもですが、できれば落ち着いていろいろ考えた方が誰にとってもいいかと。

私の印象ではコンサルに行く人は、一途に「考えること」に長けている人。学者みたいで、ちょっと世間離れした学生っぽい人。

そして非常に個人主義的だと感じました。仕事を通じて何かを成し遂げるというよりも、自分をどこまでも高めることが好きな人。

話していて私はそういう印象を受けました。

(コンサルタントの方やファームを批判する気は全くありません。ただの私見です)




自分を高めることはどんな仕事でもできることですし、「何事かをなしたい」という思いが具体的ならば、それに関係あることをしたほうがいいのでは。

夏にインターンした証券会社のお兄さんにそう言われました。

今では私もその通りだと思います。




話はずれますが、同じ会社の違う方に

「いろんな業界を知りたいっていって金融業界に来る人いるけど

 10年たって知ってるのは金融業界だけなんだよね」

といわれたことも思い出深いです。

漫然と過ごしていればどの業界でもそうなのでしょう。




当時は「いいな」と思ってコンサルを受けたわけです。

コンサルは外資系ファームと日系の総合研究所の2種類あります。

私が受けたのは外資系ファームでした。

有名なのはマッキンゼーとBCGです。

大企業の戦略策定にアドバイスするのが主な仕事…と思っていいはず。ゆえに「戦略系」と呼ばれます。

日系でもDI(ドリームインキュベーター)とCDI(コーポレートディレクション)の2社は戦略系に位置づけられます。




ちなみに総合研究所はシンクタンクの側面がもっと強い。

政策提言をしたり、政府の委員会に出たり。

システムで稼ぐ割合が多いのも総研の特徴。

中小企業からも仕事を取るので、プロジェクトの規模は千差万別…らしい。




コンサルの選考の話に戻ると、まず説明会に行きました。

ファームは各社趣向を凝らしてスマートでクールなファーム像を説明してくれます。

やっぱり個人主義的で良くも悪くも「クール」なんですよね。




続いて選考の第一関門、筆記試験。

筆記試験がないファームはDIくらいでしょう。

この筆記試験が難しいのなんのって。

コンサルは「自分頭いいぜ」と思う人たち、つまり偏差値高い大学の人が受けるわけで、その人たちを振り落とす試験はバキバキの減点方式。

多くの会社で採用されているSPIなどではなく、オリジナルのエラく難しい問題が出るのです。

みんなぼろぼろ落ちます。




筆記を通過しても第二関門が待っています。

それがグループディスカッションです。

何かお題を出されて、制限時間内に数人で話し合って結論を出して発表する。

その過程を採点官が見ていて採点するわけです。

練習などすればコツがつかめるらしいのですが、あいにくそんなことをやらなかった私はうまく行ったり、行かなかったりでした。

孫氏に曰く「敵を知り、己を知らず」の状態だったのです。




グループディスカッションを通過すると第三関門、ケース面接です。

有名な「電柱は日本に何本ある?」みたいな問題を出されて、その場で答えるものです。

これもやり方を知って練習すればできるようになるらしいですが。

案の定無知な私は撃沈と相成りました。




結局、数社受けて全滅となったある朝。

朝からファームの筆記試験に遅れそうになって走っている間に、ふと考えました。

「私は本当にコンサルに行きたくて急いでるんだろうか。

 どこかに行かなきゃいけないっという恐怖感、

 コンサルが格好いいという思い込みにせきたてられてるんじゃなかろうか」

そう思った私は急に焦っている自分がバカらしくなりました。




以前から無意識に疑問を感じていたからでしょう。

コンサルへのこだわりはすっぱりなくなりました。

以後コンサルは受けていません。




ここでゆっくり将来を考える気に…なれたらよかったのですが。

実はこのとき11月。

外資系証券会社の選考が迫っていました。

やめておけばいいのに、再び私は衝動的に就活の波への向かっていくのです。




元々私はそんなに金融に興味があるわけでもありませんでした。

いわゆる「いろいろな業界と仕事ができる」という風聞から、なんとなくいいかもしれないと思っていたくらいです。

金融のインターンも「流行の外資系なるものを見てみんとす」の方針が第一で、「企業金融の授業が意外に面白かった」が第二の理由というものでした。

ですから、外資系証券会社の選考も「意外と自分は金融に向いてるのかもしれない。受けてみよう」というのが本音でした。




外資系証券をリストアップしたりしたのですが。

コンサルでの経験から、流石に全部受けるのはやめようと。

インターンで縁のあった会社ともう1社を含めて2社に限って受けました。

ちなみにガソリン・スタンドという会社と、モビル・スーツという会社でした(両方仮称)。




外資証券というのは部門の独立性がとても強いところです。

私の受けたガソリン・スタンドという会社では「デスク」というまとまりがあり、このデスクの中で採算を取り、人を採用することになっていました。

(ほかの会社では違う呼び方をするかもしれませんが、便宜上ここではデスクと呼びます)

デスクはまるで小さな会社のようでした。

デスクのトップはデスクマネジャーと呼ばれ、デスク全体に責任を負います。

デスクマネジャーは「パートナー」という位に就き、会社全体の経営に参画します。

取締役みたいなもんです。




外資証券に入ると、普通同じデスクの中にい続けます。

デスク単位で採用するのですから当たり前です。

デスクは10~20人くらいからなるので、新しく採用した人がデスクになじめなければ即、仕事に差し支えます。

そういうワケで外資証券はデスク全員が採用候補者と面接し、採りミスが万が一にもないようにするのです。




デスクが会社とすればデスクマネジャーは社長。

10~20人からなる会社を想像すれば当たり前ですが、人事、給与、渉外など権力はデスクマネジャーに集中します。

会社全体の人事部は研修などしかしません。

外資証券では上司に逆らえないという描写が『ザ・外資』などに出てきますが、そのためです。

にらまれるとジ・エンド。

逆に言うと、そうならないために部門全員で面接するのです。




日系企業にあるローテーションをしてゼネラリストを育てると言う発想はありません。

これはよく考えれば当たり前でしょう。

外国企業の日本支社なのです。

効率よく稼がなければ支社自体なくなってしまいます。

欧米は本国でさえそういう要求がきついのです。




という訳で「できる人を引っ張ってくる」発想が徹底しています。

新卒でも中途並みの能力(を発揮するだけの高いポテンシャル)が求められます。

外資証券がどこか図抜けた人しかとらないのはそのためだと思います。




私が受けた時にはモビル・スーツ社は残念ながら個人面接前でアウトでしたが、ガソリン・スタンド社は1部門個人面接に進みました。

会議室がガラス張りで、しかも仕事から丸見えなのにはびっくりしました。

30分ずつ立て続けに面接官が入ってくるのですが、出て行った後も気が休まりません。

結局、進んだ部門もキーパーソンとの面接が不出来でアウトとなりました。




受けた感想として。

留学生の受験者が多かったことが印象的でした。

留学して、日本に残ってまで仕事をしようという人はやはり経済的リターンを強く求めるのだと思います。

それは当然です。

それに語学、生活習慣からもアドバンテッジを持っていることが多いですし。




最後に外資証券のキャリアパスなぞ付け加えて終わりにします。

外資証券はコンサルと同じく3階層に分かれています。

・アソシエイト(アナリスト)

・ヴァイス・プレジデント

・マネージング・ディレクター




アソシエイトはヒラです。

『投資銀行残酷日記』でサル、奴隷と呼ばれる人たちです。




ヴァイス・プレジデントは中間。

VPと略されます。

アソシエイトで振り落とされずに数年間残れるとなれるらしいです。

日本語にすると副社長ですが、それほど偉くはないです。




マネージング・ディレクターは幹部。

MDと略されます。

デスクの中心的役割を果たします。

その中でデスクマネジャーを務めるマネージング・ディレクターは特にパートナーと呼ばれます。

会社によってはMDとなると個室が貰えるらしいです。

MDはただ長年務めるだけでなく、「稼げる」ことが絶対条件とのことです。

きっとVPとMDの差はマリアナ海溝より深いのでしょう。