★ 悲しいお知らせです・・。 迷子猫 チーコちゃん 訃報です。テーマ:迷子猫ちゃω

★* charmmy *★ ’room゚・:,。゚・:,。☆大切な命☆



《お星さまになった ☆まめ★ ジノバァさんから転載です》


すみません。いまちょっとショック状態から抜け出れないので転載だけで許して


ください。ご協力いただいたみなさま・・ほんとにありがとうございました。


新潟の チーコちゃん 虹の橋を渡っていました。。。。 合掌。 zinoba


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・・・・・・・・・・アンチョビレさん からの転載です・・・・・・・・・


2月17日。
アンチョビレ、柏崎に来ております。

ここにこうして来れているのも、皆さんの応援が後押しをしてくださったおかげです。
ありがとうございます。

本来ならば、リンクしてくださった方、メールをくださった方に直接報告するべきことなの

ですが、取り急ぎこのブログで報告させていただきます。


たくさんの応援を頂いたのですが、残念ながら悲しい報告になってしまいました。

チーコは、行方不明になった翌日の朝の7時頃、チーコの庭の少し向こう、いつもなら

行かないようなところで倒れていたところを発見されていました。


そこは直線距離で100mもあったでしょうか・・・。


あるお宅の門を入った玄関前のところで、綺麗な姿のまま倒れていたそうです。


そのお宅は70過ぎの奥さんが一人で暮らしていた家だそうで、困った奥さんは

ご近所の方に相談され、その方がチーコのその後の処理をしてくださったそうです。


猫ともさんが作ってくださったチラシをコピーし、ポスティングを始めてまだ20軒にも

ならないところで、たまたま雪かきをしていた男性に声を掛け、チラシを渡したところで

そういう話になってしまいました。


今日の柏崎は寒波の影響で雪が積もっています。
だけど、私がポスティングを始めると、雪はやみ寒さもいくらか和らいだので、

近隣の方もポツポツと雪かきのために外に出てきていたのです。


その男性が処理した猫がチーコかどうか確かめるために、何枚かの写真を家に取りに

行き、再度そのお宅にうかがったら、今度は一緒に処理をしたという奥様が応対をして

くださり、奥様との話でチーコで間違いない・・・ということになりました。


大きな体で、洋猫の顔をしてたとなれば、チーコ以外にありません。
毛色も同じとのことでした。


皆さんには、たくさんの応援や励ましやアドバイス、居ても立ってもいられないと

ポスターやチラシまで作っていただいたのですが、このようなとても残念な結果に

なってしまいました。


コピーをしたコンビニの店長さん、酒屋の方、チラシを受け取ってくださった方は、

とてもいい方ばかりで、こちらの方々も何年ぶりかに雪道を歩く私の励みになりました。


そして、チーコの遺体を処理してくださったご夫婦にはとても感謝しています。

チーコの遺体を白いタオルで包み、新聞紙で覆って処理をしてくださったそうです。
犬を亡くしたことがあるので、とても辛い気持ちがよく分かると言ってくださり、チーコの

死に関わったので、一週間は喪に伏すつもりで毎日お祈りをしてくださっているそうです。


父にもどうか気を落とさずに…という言葉までいただきました。


見知らぬチーコのためにここまでして頂いて、私としてはチーコの死は残念では

あるけれど表せないほどの感謝の気持ちでいっぱいだったのですが、逆にチーコの

亡き骸がないことを詫びるような方でした。


この場を借りて、自らチラシのコピーをやってくださりポスターも大きく引き伸ばして

入り口のすぐ脇に貼ってくださったセブンイレブンの店長さん、一家三人で店先出て

くださった酒屋の方、そして、チーコが倒れていたお宅の奥さん、チーコの処理をして

くださったご夫婦に、改めてお礼を言わせていただきます。


ありがとうございました。


そして、何より、このブログを見てくださった皆さん、チーコと父と私を心配してくださった

皆さんに感謝をいたします。


チーコは元々父の山の畑に置き去りにされていた猫でした。

父に拾われ、その後は私の実家ではなく、実家から徒歩3分くらいのところにある、

父の妹(私の叔母です)の家で、寝食以外のことは一日のほとんどを叔母の家で

過ごす父と、叔母、それと叔母の猫たちと、私が「猫屋敷」と呼ぶ猫仕様の家とその

周りの広い広い猫庭で、本当に幸せに暮らしていました。


月日が経つうちに、猫屋敷の猫たちも天寿をまっとうし、チーコも寂しかっただろうと

思います。今では、父の猫のチーコと叔母の猫のはなちゃんしかいなくなった猫屋敷

ですが、二度にわたる地震を経験させられたり、泌尿器の手術で体に穴が開けられた

りもしたけれど、それでも、その後のチーコも幸せだった思います。


最期にチーコが巡り合った方も本当に優しい心の方で、本当にチーコは最期まで幸せ

だったと思います。


そして、最期にここでこうして皆さんに私達を引き合わせてくれたチーコに、私は感謝を

したいと思っています。


本当に、皆さん、ありがとうございました。
チーコは天に昇ってしまったけど、チーコはここでこうして皆さんに応援され、私達を皆さん

に引き合わせてくれました。これをこれからの励みにして、父と叔母にも一日でも早く元気を

取り戻してほしいと思っています。


私も今、父と叔母から「待つ」という心の張りを奪ってしまったのではないか?と自問自答

しています。この答えを少しでも見つけられるようにしたいと思っています。


こんな私どもですが、これからも、どうぞよろしくお願いします。


追々、皆さんのところにうかがって、お礼を言いたいと思っています。
今しばらく時間がかかるかもしれませんが、どうぞお許しください。


皆さん、本当にありがとうございました。
応援してくださった皆さんのことは、チーコも忘れないと思います。
残された私達も、皆さんをことを一生心の宝物にしていこうと思っています。


本当に皆さん、ありがとうございました。